男と女のバランスゲーム
「連絡手段についてはいかが致しましょう?」
「は?」
一瞬、雄也の言葉の真意を掴みかね、バルディアは思わず短すぎる言葉で聞き返した。
「意外ですか? 貴女方としても、ミオルカ王女殿下の今後の動向は気になると思ったのですが……」
それだけ、雄也の言葉は思わぬ方向からきたのだ。
「通常の携帯通信珠では大陸間の通信が難しいようですが、特殊な中継器を使うことによりその点を解消することができることは確認しています。お望みならば、いくつか手持ちにあるので差し上げることもできますが……」
「……何の罠ですか?」
言葉を取り繕う余裕もなく、バルディアは思ったことを口にしていた。
「分かりませんか?」
雄也は今度こそ不敵な笑みを浮かべる。
「私は精度の良い目と耳が欲しいだけですよ。他国にいては聞こえにくい情報もある。それに城内だけではなく、噂話程度で良いので外からの言葉も欲しいと思っていまして……」
それは、言外に城内の言葉を聞く目と耳は既に持っていると匂わせていた。
「こんな郊外の村で、貴方が欲するような情報が手に入るとは思えませんが」
「セントポーリア城下に一軒、処分しようと思っていた空き家があります。陛下に話を通しますので、そこに貴女が信用できる方を派遣するというのはいかがでしょうか?」
生活をするならば、こんな外れた場所にある村より、中心国の城下町の方が誰だって住みたいに決まっている。
バルディア自身はこの村に残り部下たちが暴走せぬよう監視する役目があるために、自身が赴くことは無理ではあるが、他の騎士とその家族を送り込むことぐらいはそう難しくはないだろう。
何より、この国の王の後見というお墨付きまでいただけるのだ。
立候補制にすると収集がつかなくなりそうな気すらした。
「そこまでの待遇、ただではないでしょう?」
これまでの不始末もあるのだ。
このような甘い話に惑わされてしまうようでは話にならない。
「王女殿下の御身で十分すぎると思いますが?」
バルディアは一瞬、言葉に詰まった。
だが、仮にも聖騎士団の部隊長として、その言葉で首を縦に振るわけにはいかない。
「王女殿下の御身は、お預けするだけです。貴方がたに差し上げるわけではありません」
「貸付料という言葉もあります」
「王女殿下をこの取引に巻き込むことは私の意思に反します。私物ですが、魔力を多分に含んだ宝石、希少価値の高い魔法書がここにあります。これでいかがでしょうか?」
そう言いながら、バルディアは隠し持っていた虎の子を放出することにした。
国を出る時に、母とともに抱え込んだ僅かな財産。
だが、それであの王女を守れるなら少しも惜しくはないものである。
「通信珠等の対価としては、この宝石は高い。城下の住居の手配にこの魔法書も少し……。情報提供までしていただくのに少々、いただきすぎですね」
彼は本当に情報国家のようなことを言う。
損をしないのだから何も考えずに受け取れば良いのにとバルディアは思うのだが、そういった人間もいることも知っているので、その辺は仕方がない。
「でしたら、我らが王女殿下の御身をお守りください。貴方の主のように過剰な護りはいりませんから」
「あの方に守りなどいらない気がしますが……」
雄也は苦笑する。
寧ろ、護られる気さえしてしまった。
「確かにあの方はお強い。我ら聖騎士団が束になっても敵わないでしょう。しかし、それは魔法に関してのみ。それ以外では酷く脆い部分もあるのです」
雄也は考える。
それでも貰い過ぎだと彼の頭は言っていた。
こちらとしては一人増える負担は確かにあるが、同時に自分以上の魔法の使い手という護衛が一人増えることにもなるのだ。
自分たちが護る対象が異性である以上、行き届かない部分もクリアできるし、魔法に関しては知識も情報量もかなりのものとなるだろう。
そして、何より他国とはいえ王族しか知りえないようなことを知っている可能性は高いのだ。
そんな雄也を見てバルディアは微笑む。
「王女殿下のお食事。久し振りに拝見しましたが、手持ちの財産が乏しい我らにはあの世話は難しいでしょう」
ボソリとバルディアは口にした。
即座に思い起こされるここ数日の食事量。
そこから瞬時に計算される食費。
そして、それらがかなり凄い数字になったのは雄也の気のせいか?
「なるほど……。妥当かもしれません」
交渉中の彼にしては珍しく、目を伏せ、搾り出すような声で返答した。
自分でも感情を見せ過ぎだとは思うが、これについては仕方もない。
「しかし、そこまで我々を貴方は信じられますか? この破格な待遇に見合うだけの働きができると?」
そう言うバルディアも迷っているのだ。
彼女からすれば、雄也から示されている条件が良すぎて、相応の働きをしなければならないという重圧も生じる。
「確かに他国のために動いてくださるかは分かりませんが……、自国の王女殿下のためには尽くしてくださるでしょう?」
「我が国の王女殿下の身の安全と引き換えということでしょうか?」
「いえ……、多大な食費の肩代わりと思ってくだされば」
「ぷっ!」
突然の言葉にバルディアは思わず吹き出してしまった。
先程の彼女の言葉があってのことかもしれないが、このタイミングで彼がこんな言葉を言うとは思っていなかったのだ。
緊張状態だった所に思わぬ方向からの緩和。
このやり取りが勝負だったなら、この時点で完全に勝敗が決したと言えよう。
「参りました」
バルディアは両手を軽く上にあげながら、改めてそう言った。
「城下には私が信頼を置ける者とその家族を派遣しましょう。ちょうど相応しい者がいます」
「既に決まっているなら、その方の名前を伺ってもよろしいですか?」
「カガート=ジムリア=ガナパーグ。四番隊副隊長である彼なら間違いはないでしょう」
「ああ、あの方なら……」
雄也は納得すると同時にあることに思い当たる。
「しかし、副隊長を外しても大丈夫ですか?」
「はい。彼もその奥方も善良な人間。私はともかく、彼らをこの村に付き合わせることにはかなり抵抗があったのも事実ですから」
「確かに彼らは新婚でもありますし、ここで集団生活をするよりは城下の方でゆっくり過ごした方が良いかもしれませんが、彼らだけですか?」
特に伝えたわけでもないのに、副隊長夫婦がまだ新婚だと知っている辺り、恐ろしくもあったが……、もう、今更、バルディアは驚かなかった。
「彼と奥方だけで問題ありません。多くに託すより少数の方がお互いに都合も良いでしょう?」
「不公平とかそう言った話にはなりませんか?」
「なりませんよ。城下に住まわせること自体を周囲にも伏せさせます。カガートの奥方は侍女経験もある。立ち回りについては夫より上手いかもしれませんね」
バルディアは要領の良い副隊長の妻を思い出して、苦笑する。
「……では、彼らにお願い致しましょう。但し、夫人に関してはあまりご無理をされないようにお伝えしてください。せめて、安定期まではお健やかにお過ごしくださるとよいのですが……」
「は? あん……てい?」
雄也の言葉にバルディアの思考が停止した。
「この村から城下までなら転移魔法で私が送ることができます。それ以外に必要なことは……。環境が何度も変わるのは好ましくないでしょうが、この村よりは確かに城下の方が安心だと思いますよ」
「その話から予想するけど……、もしかしなくても、マイルは、妊娠中?」
「え? はい」
バルディアの言葉に、雄也は素直に答えた。
「私、聞いてない」
「状況が状況だけに言い出せなかったのではないでしょうか?」
「…………カガートめ。道理で、最近、落ち着きが無いと思っていたら」
「素が出てますよ、隊長殿」
先ほどから、雄也の前だというのにバルディアの言葉は崩れている。
「今更、貴方に取り繕っても仕方がない。いろいろと理解した。カガートに事情を話して、とっちめてから、派遣任命する」
「不穏な単語が混ざっていた気がしますが」
これから大事な任務を請け負ってもらう以上、穏便にしてほしいと雄也は思った。
「家族の健康状態を隊長に報告しないなんて、怠慢でしょう? マイルだって知らぬ仲でもないのに」
「落ち着くまで、ご心配をおかけしたくなかったマイルさまの気持ちもお察しください、隊長殿」
そう言いながら、雄也は薄い光を保つ珠を二つ差し出す。
「これは……?」
「こちらの方が高感度の通信珠です。これは貴女がお持ちください。城下に送り込んだ副隊長からの言葉を私に伝えていただければと思います」
「副隊長から直接言葉を受け取る方が良いと思うのですが……」
間に自分を挟むことで、情報がねじ曲がって伝わることを考えない青年には見えないが、バルディアは確認する。
「それでは貴女に王女殿下の様子をお伝えできないでしょう?」
雄也は不思議そうにそう答えた。
「私が不利な情報を隠す可能性を考えないのですか?」
「情報のやり取りで多少の取捨選択があるのは当然でしょう。それに、目と耳が一つというわけではないので、全てを伝えてくださらなくても大丈夫ですよ」
「一体、何種類の目と耳をお持ちなんですか?」
どこか呆れたようなバルディアの問いかけに……。
「それは企業秘密です」
口の前に人差し指を当てる雄也。
その仕草を見て、バルディアは肩を竦めるしかなかった。
当然といえば当然の話ではある。
そして、バルディア自身が同じ立場ならば絶対に教えないだろう。
今回の契約はいくつかある中の一つでしかないのだ。
そして、それは情報伝達の選択によっては、情報元の信用に関わってくるということにも繋がっている。
他と情報量が違ったり、内容に相違があれば、真偽はともかく、それだけで信用の下落は避けられない。
10ある中の1つぐらいが誤った情報だったり、隠匿したとしても、その他の9つを審議すれば良い。
彼が言う「大丈夫」ということは、そういう意味なのだろう。
「本当に、敵に回したくない人ですね」
バルディアは心底そう思った。
「お褒めに預かり、大変光栄です」
雄也は一礼する。
そんなちょっとしたやり取りすら余裕が感じられ、あの王女があそこまで警戒していたのも頷ける。
そして、同時に。
あの王女の見る目は確かだと、バルディアは思ったのだった。
次話は本日22時更新予定です。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




