閉じたものを開きましょう?
「オレたちはお前を見つけてたんだって。ただ確信が持てなかったって何回言わせるんだよ」
九十九はさらに苛立ったようにそう言った。
「じゃあ、なんで確信を持てたの?」
「昨日のことだ。普通の人間があんな奴等に狙われる理由もないだろ?」
「あ……でも、あの三人は依頼されて……。……って、まさかその後に出てきた人がまさか、わたしの……?」
顔も存在も知らなかったお兄さんがあの人ってこと?
でも、全然、似ていない。
髪の毛、派手だったし、なんか偉そうだったし。
「アレはお前の兄貴じゃねえぞ」
そして、九十九もあっさり否定する。
「へ? でも、さっきの話からするとそうなるんじゃないの?」
「一応、お前の兄って男のツラは、オレたち兄弟も知っている。でも昨日の奴は、オレも初めて見た」
「そうなんだ……。じゃぁ、あの人も依頼されたのかな?」
わたしはそう言いながらも、それはちょっと違う気がした。
あの紅い髪の人は、他人からの命令で動くようなタイプには見えなかったから。
もっと偉そうな感じで……、多分、命令されるよりする側だと思う。
「さぁな」
九十九もその辺りは分からないようなので、肯定も否定もしない返事だった。
「でも、九十九は確信は持てなくても、わたしたちを見つけてたって言ったよね? ……ってことは、小学校の時から?」
「そうなるな」
「じゃあ、わたしのどこが魔界人に見えたの?」
そんな昔から……、「魔界人」として見られていたのは何故だろう?
「どこが……って?」
「だって、わたし、魔法を使ったことなんて一度もないんだよ? 九十九が、そう思った理由って何?」
「だから、昨日の……」
「それは『確信した時』なわけでしょ? その前の段階、『こいつは魔界人だ』って思ったのはなんで?」
もしかして、わたしが知らない間に、知らない力が漏れ出して……とか?
それはファンタジーのお約束だ。
もしくは、未知の力が微妙に覚醒を……?
「勘」
一人で盛り上がっていたわたしを現実に引き戻すかのように、九十九は、あっさり、はっきり、きっぱりと言い切った。
「は?」
ここで短く問い返したわたしに罪はないだろう。
「勘だよ、勘。特に理由なんてねえ」
ちょっと待って。
その理由は予想外過ぎる。
しかも雑!
「勘……って。違ってたらどうするところだったの? あなたたち兄弟の10年間が、無駄になるんだよ?」
「魔界人の勘をそこらの人間の勘と一緒にするなよ。ただの人間よりはよっぽどか当たるんだぞ」
「そりゃ、そうなんだろうけど……」
魔法使いの勘。
それは魔法の一種と言われても不思議ではない。
だけど、それにしたっていい加減すぎる気がするのは気のせいだろうか?
もっと明確な、しっかりした証拠ってやつがないと、わたし自身は納得できず、モヤっとする。
「兄貴は、すぐには信じなかったんだけどな」
「そうなの?」
「そう。オレの粘り勝ち」
「こ~ゆ~のって勝ち負けの問題じゃないと思うんだけどなあ……」
九十九が、どんな粘りをしたのかは気になるところだけど……。
「姿、形が魔界人と酷似している人間は珍しくはない。だから、始めは兄貴も信じていなかったんだよ。『魔力』も感じない人間が『魔界人』だなんて」
「『魔力』って……?」
そういえば、昨日の3人も言っていた。
わたしからも九十九からも「魔力」というものを感じないって。
「まあ、この場合は、広い意味で『魔法の力』ってやつだな」
「そのまんまなんだ」
「……悪いかよ」
「別に悪くはないよ。でも、確かに、わたしは魔法を使えないことは認める」
少なくとも、わたしが記憶している限り、そんなものを一度も使ったことはない。
「そこだ」
「へ? どこ?」
「なんで、お前たちからまったく『魔力』が感じられないんだ?」
「え? それは……」
「昨日のヤツらも言ってただろ? ただの人間でも、少しぐらいは『魔力』が感じられるものだって。オレは、ヤツらにバレないように、必要になるまでは完全に封印していただけだ」
つまり、本来の九十九には、「魔力」というものがあるらしい。
「でも、何万人に一人かはまったくないこともあるって言ってたよ」
「それが2人。その確率は……?」
「一億分の一じゃなかったっけ。……って、2人?」
「オレたちが捜していたのは2人。はっきり言えば、お前たち親子のことだ。それがどちらからも『魔力』を感じられなかったのは変なんだよ」
ああ、母からもその「魔力」ってやつを感じないのか。
「でも、親子だし。確率としてはありえるんじゃないの?」
「親子だからおかしいんだよ。二代続けて『魔力』が全くない確率なんて、赤の他人同士よりも、もっと低いんだ」
「でも、わたしたちは魔法なんて使えないよ?」
確率は無ではない。
一億分の一よりもさらに低くても、それでも完全にゼロではないはずだ。
「だから、オレたちも判断に困ったんだよ『魔力』を手がかりに捜そうとしたのに、どちらからも何も感じられないんだから」
「『魔力』を手掛かりに捜したの?」
魔法使いの発想ってなんだか不思議だね。
普通は、外見とかの特徴で判断すると思うのに。
「容姿が似てるってだけでは確信には繋がらない。似たような顔は何人もいるし、何より、見た目は魔力以上に誤魔化すこともできる。そこで兄貴は『親子二代で魔力がまったく感じられない』のが逆に変だということで様子をみることにした」
「変……って……」
なかなか酷い言われようだ。
「そこでオレたちも考えたんだが……、お前たちは追っ手から身を隠すために『記憶』と『魔力』を封印したんじゃないか?」
「……記憶と魔力を、封印?」
なんじゃそりゃ?
「お前は、5歳以前、間違いなく『魔法』を使えたんだよ」
「え? なんで?」
5歳以前って、覚えてもいないのだけど?
「……当時、使っていたことは複数の証言があるから」
「そんなこと言われても、すぐには信じられないよ」
魔法とか封印とか……、漫画や小説、ゲームの設定なら嫌いじゃない。
いや、むしろ、大好き! って言いきれる。
なんとなく、その響きが格好良いから。
でも、だから自分がその立場になったと言われても……、昨日の出来事がなければ、簡単に信じることはできなかったと思う。
今でもまだ半信半疑って状態だし。
「そうだとしても、だ。5歳だぞ? その頃の記憶が全くないのも変だろ? オレなんか、もっとガキの頃のことを、結構、覚えてるぞ? 親父が死んだ日とかな」
「確かにそうだけど。……って、……え? 親父……って?」
ちょっと待って。
今、さりげなく重要な秘密が明かされてしまった気がするんだけど?
「あれ? 言ってなかったっけ? オレたち、もう親父もお袋もいないんだ。親父は……、確かオレが3歳ぐらいの時、熱病にやられて、お袋は流石に覚えてねえな。オレを生んで割とすぐに死んだらしいから」
普通なら、重くて暗いはずの過去を、ごく普通の日常会話のように話されてしまった気がする。
「知らない! 聞いてなかったよ!」
だけど、聞かされた方はあまり自然に受け止めきれなかった。
これまで九十九はいつも明るくて、そんな暗い過去が潜んでいる素振りを一度も見せたことがなかったから。
確かに、小学校の頃、参観日などの学校行事には、それらしい存在を見たことはなかったんだけど……。
さっきから、九十九の身内に関しては「兄貴」しか話題には出てこなかった。
だから、てっきり両親は魔界で生活しているんだって勝手に思い込んでいたのだ。
「そうか? ま、たいしたことじゃないし」
「でも……」
わたしは無意識に九十九を傷つけてしまったんじゃないんだろうか?
こういった話ってかなり内面に踏み込んだことになっちゃうよね?
「今は、オレより、お前の話。こっちの方がお前にとっても大事だろ?」
そう……なんだろうか?
確かに、わたしにとっては大事……なのかもしれないけど、それでも、こう、モヤモヤっとしたものは残っている。
なんかわたし、さっきからモヤモヤしてばかりだ。
九十九は両親がいなくても、こんなにも普通にしているのに、わたしは見たこともない父親の行動を気にして、勝手にイライラしたりして……。
そのことが、ちょっと恥ずかしく思えた。
「で、本当に封印されてるなら、それを解けばいい話だ」
「は?」
話題は戻ったけど、その方向は明後日にかっ飛ばされた気がする。
「お前の5歳以前の記憶と魔力。それを解放するって言ったんだよ」
そう言うと、九十九の指先が光りだした。
うわ!
本当に魔法っぽい!
いや、そんな呑気なことを考えてる場合じゃない。
その封印の解放ってやつを、今、ここでやるってこと!?
いや、彼が言ってる意味は分かるんだよ?
閉じこめたものは、ちゃんと開きましょうって話だよね?
ファンタジー好きだし、漫画だけじゃなくて神話とか昔話でも封印とか解き放つとかいう言葉や状況は出てくるから知識としては知ってるつもり。
でも、なんでいきなりそうなるの!?
「え? ちょっと、待って。まだ、心の準備が……」
「抵抗するならしてもいいぞ。この家は結界が張ってあるから、多少のことじゃ壊れない」
「いや、そ~ゆ~んじゃなくて……」
大体、魔法使い相手に、わたしがどんな抵抗ができるって言うのか!?
しかし、そんな風に心で突っ込んでいる間に、わたしの腕に向かって、九十九の指が青白く光ったかと思うと……。
「破封魔法」
そんな九十九の声と共に、部屋全体が激しく光る。
昨日の光ほどではないけど、その眩しさに思わず目を閉じたのだった。
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