遠謀
この方は、一体、何度、わたしに求婚してくださるのでしょうか?
「アーキスフィーロにフラれたら言ってくれ。その頃には、俺も貴女を護れる基盤は整えているはずだからな」
茶目っ気のある笑みと言葉で、トルクスタン王子はそんなことを言ったが、そのアーキスフィーロさまを紹介したのはこの方だったと記憶している。
それなのに、そんなことを言うのは不思議だった。
「トルクスタン王子殿下はどこまで、本気なのでしょうか?」
「俺は常に本気だが? シオリ嬢のことは好ましいし、妻になってくれたら嬉しいと思う」
おおう?
わたしの、結構、失礼な問いかけに対しても、笑いながら答えてくれた。
「ただな。何度、求婚しても無駄なことも分かっているのだ」
「え……?」
「ルカと同じだな。シオリ嬢も俺を全く見ていない」
胸がドキリとした。
水尾先輩と同じ。
その言葉は、本来とは別の意味に聞こえたのだ。
トルクスタン王子に対する好意の話ではなく、自分が向けている好意の話と重ねられた気がするのは深読みしすぎだろうか?
「だけど、覚えていてくれ。シオリ嬢がアーキスフィーロからフラれても、俺は友人として貴女を護ろう」
その気持ちは純粋に嬉しい。
でも……。
「そんなに何度もフラれる、フラれるって言わないでくださいよ。本当にそうなりそうで落ち込むじゃないですか」
わたしとアーキスフィーロさまの関係は、互いの身を護り合うための契約である。
お互いを婚約者候補とすれば、面倒ごとを避けられると思い、そんな申し出をしたのだ。
だから、アーキスフィーロさまはわたしを「愛することはできない」と先に宣言しているし、わたしもそれを承知している。
だけど、アーキスフィーロさまの方が、この関係に我慢できなくなれば、トルクスタン王子が言う「フラれる」未来もあり得るのだ。
「ああ、悪い。だが、これぐらいは言わせてくれ。俺だって、何度もシオリ嬢にフラれているのだからな」
トルクスタン王子がそう冗談めかして笑うから……。
「御心に添えず、申し訳ありません」
わたしも笑いながらそう答えた。
「それにしても、公衆の面前で、結構な話をされますね」
先ほどから、第三者の耳に届けば、誤解を招きそうな台詞の応酬だろう。
まだ公言はしていないけれど、わたしはアーキスフィーロさまの婚約者候補である。
そして、今回の舞踏会の相方として、参加しているのだ。
だから、先ほどのトルクスタン王子からのお言葉は、かなり問題発言と言っても過言ではない。
いや、トルクスタン王子のことだから、ちゃんと対策はとっていると思うけれど、それにしては、魔法の気配を感じないのだ。
だから、ちょっとだけ不安になった。
トルクスタン王子は時々、うっかりミスを犯すこともあるから。
だけど、彼は空属性の王族である。
うっかりがなければ、その能力を疑うことはない。
空間や結界については、雄也さんや水尾先輩すら一目置くような存在なのだから、わたしには分からないような手段があることも知っているけど、不安になるのは仕方ないよね?
「会話については、この魔法具で遮音している」
そう言いながら、トルクスタン王子はいつも身に着けているイヤリングを差す。
あれは、魔法具だったのか。
そう言えば、意外とトルクスタン王子は装飾品を身に着けている。
魔力は王族だから、弱いわけではないけれど、わたしほど抑制石を付ける必要はないのだ。
だけど、あれが全て身を護るための魔法具だったらしい。
総額はいくらだろう?
毎度ながら同じようなことを考えてしまう。
カルセオラリアは世界有数のお金持ちの国なので、とんでもない金額であっても驚くことはないだろう。
最も、金額そのものには驚いてしまうと思うけどね。
「それに、今一度、シオリ嬢の後ろ盾が俺であることを周囲に誇示しておいた方が良いだろうと思ってな」
ああ、なるほど。
ロットベルク家第二令息の相方だけでは弱いと思って、しっかりと、周囲にアピールしてくれているのですね。
わたしは護られているな~。
それも、過保護なぐらいに。
「お気遣い、ありがとうございます」
「気にするな。シオリ嬢にはそれだけの価値も恩もある」
そんな大それたことをした覚えはないのだけど、それがトルクスタン王子の気持ちならば、遠慮なく受け取ろう。
「あのアーキスフィーロを引き取ってくれた礼という意味もある」
「わたしは、別にアーキスフィーロさまを引き取った覚えはないのですが……」
そんな犬猫みたいな扱いをされても困る。
それに、互いに利害関係で契約しているだけなのに。
「いや、十分、飼いならしている。ヤツは社交の場に出てきたのは、一歩どころか多大なる前進だからな」
なんで先ほどから、アーキスフィーロさまの扱いが愛玩動物なのだろうか?
引き取るとか、飼いならすとか……、せめて、人間扱いして欲しい。
「このまま、シオリ嬢がアーキスを変えてくれると良いのだが……」
「アーキスフィーロさまを変える……ですか?」
「頑なだろ? しかも、口数も少なく不愛想。気も利かない。自虐が過ぎる。素材は良いのにそれを活かすことをしない。何より、ずっと殻に閉じ籠っている」
おおう。
従兄殿は従甥に対して、とても辛辣です。
「久しぶりに会った時、ますます、それらが酷くなっていると思ったのだ」
それでも、それらの言葉は心配からくるものだと思う。
「でも、わたしにできることなんて限られていますよ?」
「それでも良いのだ。少しでも、アーキスが変わることができるならば」
特殊能力はあると思う。
一言魔法、神力は多分、普通ではできない。
だけど、それで人を変えることなんてできないだろう。
一言魔法で、性格矯正?
そんなもの、正しい基準もわたしには分からないし、個人的にはアーキスフィーロさまの性格が悪いとは思っていない。
確かに、トルクスタン王子の言っている面もあるかもしれないけど、それは許容できる範囲だ。
始めから、わたしたちが来た時から、客として応対する意思があった。
その時点で、他者を拒絶する意思はないと言える。
単に、体質から部屋を出たくないだけで、あの部屋にいる間は何も問題なかった。
それに、当人が気にしている魔力の暴走もまだ一度しか見ていないのだ。
それも、精神的に揺さぶられた結果だった。
頻繁に起こると聞いていたので、正直、一日、一回ぐらいのペースで起こると思っていたから拍子抜けしている。
不愛想?
表情の変化は分かりにくいけど、恭哉兄ちゃんも割とそうだし、リヒトもそうだった。
もしかしたら、精霊族の血が入ると、そうなりやすいのかもしれない。
いや、その割に、セヴェロさんは表情豊かすぎるけど。
それに、中学の時よりはずっと分かりやすいし、思ったより、話す人だったんだな~って思っている。
本当に気が利かない人は、わたしに「ヴィーシニャ」を見に行こうなんて誘わないと思うのです。
しかも、夜間限定のものを見せるためだけに、苦手な城にも来てくれた。
これまでずっと避けていた社交をすることになるのも承知で。
そこまで気遣われているのに、気が利かないとは思わない。
「まあ、婚約者候補となった以上、力を尽くす所存です」
「それは頼もしい」
わたしの言葉にトルクスタン王子は笑った。
この方は、何故か、かなり、わたしを高く評価してくれている。
だから、何度も求婚してくれるのだろう。
そのたびに、お断りするのは申し訳ないが、トルクスタン王子にはもっと良い人がいると思うので、これからも断り続けよう。
そんな風に思っていた時だった。
「王女殿下!!」
「お待ちください!!」
そんな聞き覚えがある声が聞こえてきたかと思うと……。
「この売女のクソチビが!!」
そんなヒステリックな声も聞こえてきたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




