深慮
「ところで、シオリ嬢」
「はい」
「アーキスは、気が利かない男だが、いろいろ大丈夫か?」
その琥珀色の瞳はいつになく、真剣である。
「紹介してくださったのはトルクスタン王子殿下だったでしょう? それも分かっていらしたのではないのですか?」
だから、わたしは、アーキスフィーロさまが気の利かない殿方とは思っていないけれど、そう答えた。
「いや、分かっていたつもりだったが、実際、シオリ嬢への接し方を見ていると、思ったよりも酷いことが分かった。何より、女性に対しても、男と同じように扱っている気がする。女慣れしていないことは分かっていたが、あそこまで酷いとは思わなかったのだ」
「大丈夫です。十分、気遣って、良くして頂いていると思っています」
真面目だけど、不器用な人だと思う。
でも、優しい人だ。
あの人なりの範囲で、十分、大事にされていると思う。
「だが、こんな時に女性を一人にするような男だぞ?」
なるほど。
こんな時にこんな場所で、女性を一人にするのは、トルクスタン王子にとっては良くないことらしい。
「でも、この舞踏会とはそういう場だと聞いています。交流のため、お互いの連れとは離れることが自然らしいですよ?」
「そこが理解できん。大事な女性が着飾って他の男の前に立つなら、俺は片時も離れるつもりはないのだが……」
それは付き合いたてのカップルが思う理想的な図だ。
だが、冷静に考えれば分かるように、それでは社交ができないと思う。
男性には男性の、そして、女性には女性にしかできない話もあるだろう。
「護衛ではないのに、そこまで張り付かれるのは嫌ですよ」
その護衛だって、いつでも一緒というわけでもなかった。
必要な時は、側にいてくれたけれど、基本的にあの護衛兄弟は、ずっと一緒にいるわけではない。
部屋にいる時とかは、ちゃんと一人にしてくれたのだ。
「やはり、俺がシオリ嬢を娶った方が良かったか」
なんか、とんでもないことを言い出しましたよ、この王子殿下。
「御冗談を。わたしにトルクスタン王子殿下のお相手など、務まりませんよ」
「シオリ嬢なら十分だと思うが?」
この王子さまは、何も考えずにそんなことを言ってくれている。
いや、考えて、悩んだ上で、ちゃんと結論を出してくれていることも分かっているのだ。
普通なら、わたしのような面倒な境遇の女を妻になんて望まない。
他国の庶民が産んだ王族の血を引く私生児。
それだけで、厄介ごとの気配しかないのだ。
直接、言ったことはないけれど、トルクスタン王子はわたしがセントポーリアの王族の血が流れていることに気付いている。
そして、その血の面倒な立ち位置も。
だから、ワケありではあるが、自分の目が届きやすい従甥に嫁がせようとしてくれたのだ。
それでも、その従甥に護る力がないと分かれば、また手を伸ばしてくれる。
助けようとしてしまう。
だから、わたしはそれに甘えるわけにはいかない。
彼にはそれ以上に護らなければならないものが多いのだから。
「わたしよりも、ルカさんとリアさんを大事にしてあげてください」
「大事にしているつもりだが?」
確かに。
ちょっと過保護気味なほど大事にしていると思っている。
だけど……。
「わたしは、第三夫人になるのは嫌です」
我儘かもしれないけれど、それはちょっと嫌だった。
王族として、後継者を得るためには正室だけでなく、側室も必要だってことは理解している。
だけど、契約結婚ならともかく、普通に求婚されて、三番目なのはかなり複雑だろう。
「は?」
だが、トルクスタン王子は目を丸くする。
「第三? いやいや、シオリ嬢を娶るなら、正妻以外はあり得ないし、何より、俺は側室を作る気はないぞ?」
あれ?
そうなの?
ちょっと意外だ。
トルクスタン王子は女性が好きみたいだから、ローダンセ国王陛下ほどではなくても、複数人、抱え込むと思っていた。
「しかも、第二でなく、何故、いきなり、第三なのだ?」
「え? トルクスタン王子殿下には、既にルカさんと、リアさんがいますよね?」
どっちを正妻にするつもりかは分からないけれど、わたしはそう思っていた。
常に側に置いている辺り、とっくに囲い込んでいる状態と言っても良いだろう。
「は? いやいやいや? ヤツらにそんな予定はないぞ。そもそも、アイツら、俺の横で大人しくしているような女じゃないよな?」
「そうですか?」
意外と男性を立ててくれそうだとは思う。
少なくとも、真央先輩はウィルクス王子殿下に対してはそうだった。
「シオリ嬢? 普通の女性は、男に向かっていきなり皿を投げたり、魔法をぶっ放したりはしないからな?」
「あれはトルクスタン王子殿下に非があるのでなんとも言えないところですね」
いきなり魔法ぶっ放しは、わたしもやっちゃうので気を付けたいところではある。
「それにしても、そうか……。シオリ嬢の目にはそう映っていたのか。俺がマ……、リアとルカを……? ありえないな」
「ありえないのですか?」
それも意外だ。
トルクスタン王子は二人のことを大事にしているし、好意も持っていると思っていたのに。
「シオリ嬢は知っているだろうが、リアは、問題なく義姉になると思っていた。兄上と仲睦まじい様子を見ていたからな。そのことを疑いもせず、二年以上過ごしていたのだ。今更、そんな気になれるはずがないだろう?」
確かに真央先輩はウィルクス王子の婚約者だった。
だから、その弟であるトルクスタン王子と……となれば、いろいろ複雑な感情になってしまうのは分かる。
「ルカの方も……………、その……、まあ、俺には無理だ」
「ルカさんの方が問題はなさそうな気がしますけど?」
真央先輩の方は、兄の婚約者であっても、水尾先輩には関係ない話だ。
兄弟がそれぞれ他国の王族姉妹と結婚しようとすれば、まあ、立場とかパワーバランス的なものは発生するかもしれないけれど、既に、その心配はなくなっている。
「あの魔法大好きな女は、俺を全く見ていないからな」
「あ……」
あ~、そういう意味か。
興味、関心的な話。
それは確かにそうだ。
水尾先輩はトルクスタン王子のことを憎からず思っているだろうけれど、それ以上に、関心を寄せている相手がいる。
それが恋とか愛とかなのかは分からないけれど、少なくとも、トルクスタン王子よりは好意が大きいだろう。
―――― ズキッ
そうだね。
想い人がいる相手と無理に結婚しても、どこかぎこちなくなってしまうことは避けられないとは思う。
そういった意味では、真央先輩も似たようなものだ。
あの先輩の方がもっと手強い。
相手は亡くなった人だ。
過ぎ去ってしまった過去は、いつだって必要以上に美化される。
目に見える現実より、見えなくなってしまった過去の方が思い出は補整されて、必要以上に輝いて見えるから。
「そんな理由から、俺は、アイツらを嫁にする気は全くない」
その言い分は理解できる。
だけど納得はできない。
「それならば、アーキスフィーロさまのお相手をどちらかにすれば良かったのではないですか?」
先にわたしにすすめた理由が分からない。
貴族に守ってもらう方が良いのはわたしだけでなく、国が亡くなってしまった水尾先輩と真央先輩も同じだ。
年齢の問題も、たった数カ月の話である。
彼女たちとアーキスフィーロさまの年齢は学年にすれば、一学年差でも、実際、一年も離れていないのだ。
「わたしよりも、魔力が強いお二人ですよ? 条件は同じだと思うのですが……」
「勿論、考えたよ」
あら?
考えたのか。
「だが、無理だ。リアもルカもまだ諦めていないからな」
「諦めて……いない……?」
何の話だろうか?
好きな人のこと?
「魔……、いや、没落した家の再興」
「――――っ!?」
その言葉に息を呑む。
なんとなく、そんな気はしていたが、トルクスタン王子の口から聞かされると、それが思い違いではないことに気付かされる。
いつか、アリッサムを復活させるというとんでもない夢を、水尾先輩も真央先輩も、まだ諦めていないことに。
だから、水尾先輩は魔法を磨き続けているし、真央先輩も行く先々で書物を読み込んでいる。
そして、二人がまだ見つかっていない自分たち以外の王族である女王陛下と王配殿下を探し続けていることも知っている。
だから、わたしたちも「元」王族とは決して思っていない。
今も、マオリア王女殿下はアリッサムの第二王女で、ミオルカ王女殿下はアリッサムの第三王女として扱っている。
「前々からそんな気はしていたが、家の跡地を見たからだろうな。二人とも、もっとその思いが強まったようだ。だから、その願いのためにも、アイツらを下手な国や家に縛りつけたくはない」
それらを知ると、トルクスタン王子の気持ちも分かる。
実家より婚家を優先するのが、この世界の考え方だ。
他国の貴族に嫁げば、その家のことを考えるしかなくなる。
「だから、俺は、二人のどちらかを妻に……、というのは考えられないな」
目の前で笑っているこの方は、カルセオラリアの王族だ。
下手な貴族よりも、もっと、婚姻相手を縛り付けることになってしまう存在。
「まあ、アイツらが望むなら、勿論、考えなくもないぞ? だが、俺の方から、あの二人に全てを諦めて、俺の所に来いと言いたくはない。だから、アイツらだけは考えられないってことだな」
その言葉は、いや、これ以上はわたしが突っ込んだらいけない部分だ。
「いろいろ考えているんですね」
「少しは見直してくれたか?」
「はい。とても」
本当にいろいろ考えていたのだ。
自分の考えの浅さが嫌になる。
トルクスタン王子は、ちゃんと二人のことを考えて、向き合って、その上で、ちゃんと結論を出していたのに。
「その上で、シオリ嬢」
「はい」
「アーキスフィーロにフラれたら言ってくれ。その頃には、俺も貴女を護れる基盤は整えているはずだからな」
焦げ茶色の髪の御仁は、茶目っ気のある言葉で、わたしにそう言ったのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




