休憩
「トルクスタン王子殿下のお連れの方々はどうされたのですか?」
負傷した足を休めるため、……という名目で、ダンスフロアから離れ、休憩の場でトルクスタン王子と向き合いながら、わたしは当然の疑問を口にする。
他国とは言っても、彼の身分は「王子さま」である。
本来なら、単独行動はしないはずなのだ。
「ヤツらは、トゥーベル王女に付き添わせた。流石に淑女に付き添いもなく、退場させるわけにはいくまい」
「いえ、それでトルクスタン王子殿下がお一人となるのは、ちょっと……」
確かに怪我をしている女性の方を優先させたいのは分かるけど、それで他国の王子殿下の付き添いを全部奪うのは違う気がする。
「いや、トゥーベル王女に付けたのは、リアとルカだけだ。流石に未婚の王女に治癒魔法を使えるとは言え異性の従者を付けるわけにはいかん」
つまり、九十九と雄也さんは付き添わせていないらしい。
「では、その異性の従僕たちはどこへ?」
少なくとも、二人とも近くにいないことは分かっている。
九十九は会場内の離れた場所にいるようだけど、雄也さんは多分、会場から出ているだろう。
だから、そういう意味でも、わたしはトルクスタン王子に尋ねたのだ。
まさか水尾先輩と真央先輩まで会場から離れていたとは思わなかったけれど。
「気になるか?」
「そうですね。気になります」
何故か、意味深な笑みを浮かべられたが、わたしが気にするのは当然だろう。
彼らは本来、わたしの護衛なのだ。
この会場に来た経緯もまだ聞いていない。
「俺も知らん。ヤツらは、一曲目を踊り、トゥーベル王女が負傷したことを知った後から姿が見えん」
「まあ、この舞踏会は、一曲踊れば、後は自由にして良いらしいですからね」
もともと社交目的の舞踏会だ。
いろいろな人と踊って交流を広げたり、親交を深めることが大事なので、次々に相方を変えても、誰も文句は言わないらしい。
本当に自由な国だけど、なんだかな~とも思ってしまう。
この国の円舞曲の姿勢って結構、張り付くのだ。
社交のためとは言え、親しくもない相手とはそんな距離感になりたくないと思うのは、わたしが固いだけだろうか?
「シオリ嬢の方こそ、アーキスフィーロはどうした? 俺が来る少し前に離れたようだが?」
「どなたかに呼ばれたようです」
わたしがそう答えると……。
「アイツめ……。こんな狼たちが犇めいている場所で、女性を一人にするとは……」
「お仕事なら仕方ないですよ」
これまで登城していなかったのだから、王族たちからチクチクと嫌味を言われる可能性はあると言っていた。
オオカミねえ……。
先ほどから集中している視線はそれなのだろうか?
まあ、わたしは白いドレスだ。
分かりやすく社交デビュー姿なのである。
良くない人たちに目を付けられてもおかしくないのか。
人付き合いのなさそうな若い女性に目を付けて、甘い言葉ですり寄ってくるような殿方の話は、何度かストレリチアにいた頃、ワカから散々、聞かされている。
普段、優しくされていないからコロコロっとなってしまうらしい。
まあ、わたしは普段から優しくされているし、甘い言葉など、どちらかというと、過剰摂取気味だから間に合っているけどね。
「仕方なくはない。特にシオリ嬢は本日、大変、愛らしい」
「それはありがとうございます。でも、ルカさんとリアさんもお綺麗でしたよ」
もともと綺麗だから、あのドレスを本来の姿で見たかった。
「ルカは嫌がったが、わざわざボールガウンと指定があるような場で、それに逆らうわけにはいかん」
あ~、やっぱり、水尾先輩は嫌がったのか。
ボールガウンというのは……、多分、このドレスのことかな?
周囲の人たちも生地や装飾品などの差はあるけれど、基本的には肩や荷の腕が剥き出しで、上半身はピッチリ、下半身はかなりふんわりというかビラビラとしたデザインのドレスばかりである。
「個人的にはこんな場にも連れて来たくはなかったが、シオリ嬢のデビュタント姿をヤツらに見せないわけにもいかん。だから、あの二人を残すよりは、と連れてくることにした」
「え?」
わたしのデビュタント姿を、彼らに見せたかった?
いや、雄也さんはルーフィスさんとして見ていたよね?
九十九はいなかったけれど。
だけど、わざわざそのために、水尾先輩と真央先輩が公の場に顔を出す危険を冒すのはちょっと申し訳ない。
「尤も、リアもルカも、シオリ嬢のその姿を見たいとずっと騒いでいたから、ある意味、丁度良かったのだが……」
それは嬉しいけど、恥ずかしい。
「だが、ルーフィスの化粧にしては濃くないか? それはヤツの趣味ではないだろう?」
「ああ、ちょっと崩れてしまったので、直していただいたのです」
やはり、分かるものなのか。
そして、この化粧は、ルーフィスさんの趣味ではないらしい。
「化粧が崩れるようなことがあったのか?」
「でびゅたんとぼ~るで国王陛下と踊りまして……。その結果、化粧と髪が崩れてしまっただけですよ」
「……何があった?」
ぬ?
トルクスタン王子の目つきが変わった?
「天井にぶん投げられました」
「あ?」
「他には、身体を小脇に抱えられて、激しく振り回されました。それ以外では、両腕を掴まれた状態で、その場で回転し、わたしの身体が宙に浮きました」
その全てが、荒々しく、人間界のプロレスっぽい技だと思った。
「この国の円舞曲という踊りには、そんな技術が必要なのか?」
トルクスタン王子は首を傾げる。
「この国で、唯一、国王陛下の相手役となるはずの正妃殿下は、『絶対に踊らない』と公言されているようです」
「なるほど」
どうやら、わたしの身に起きたことを理解してくださったらしい。
「ローダンセ国王陛下は、力に満ち溢れている方だからな」
トルクスタン王子は肩を竦めながらそう言った。
「だが、まさか、人前で女性の扱いもそんなに激しいとは思わなかったが……」
力加減を知らない人ってことなのは分かった。
それと、強引だし、相手の話を聞いてくれない気配もあった。
本当にこの国は、大丈夫なのだろうか?
「但し、それは表向きの顔だ」
「表向き……?」
「為政者としてのあの方は、冷徹で取捨選択も的確だよ」
その言葉で、ストレリチア城での会合を思い出す。
同じ意見に立っていたクリサンセマムの国王陛下が困ったように視線を送っても、決して助けようとはしなかった。
ずっと冷静に会合の流れを見て、時折、口を挟んでいた印象がある。
それだけに、先ほどの激しすぎる円舞曲には、大変、驚かされたのだけど。
「身内に見せる顔と外に向ける顔が違うのは当然だ。そして、あの国王陛下は何故か、アーキスを身内枠に入れている」
「……何故に?」
アーキスフィーロさまは間違いなく、ロットベルク家の人間だ。
母君にはまだお会いしていないが、父親にも、ヴィバルダスさまにも魔力はよく似ている。
だから、血縁というわけではないのだろうけど……。
「第五王子の命を助けたからだと聞いているな。だが、詳しくは分からん。俺は叔母上から、昔、そんな話を聞いたが、アーキスは功績を誇る人間ではないし、あの国王陛下から話を聞き出すのも骨だ」
意外。
あの国王陛下は王子の命を助けたアーキスフィーロさまに、恩を感じているっぽい。
だから、アーキスフィーロさまが命令に従わなくても許している?
でも、あの国王陛下は子供が多い。
さらに言えば、側室は子供ができたら、別れるとも聞いている。
もっと言ってしまえば、アーキスフィーロさまの婚約者候補だと知った上で、わたしのことまで口説こうとした。
まあ、あれは揶揄っていただけとは思うけれど、恩を感じている相手の連れに対してやっていいこととは思えない。
この国には、まだまだわたしには理解できないことが多い。
改めて、そんなことを思うのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




