入場
「これから、どうしますか?」
一応、アーキスフィーロさまに確認してみる。
「舞踏会で一曲だけ踊れば、参加したことにはなると聞いています。申し訳ありませんが、それまでお付き合いください」
アーキスフィーロさまは俯きつつ、そう答える。
「承知しました」
どうやら、社交をするつもりはないらしい。
まあ、わたしはそれでも良いけれど。
周囲を見ているだけでも、暫くは時間が潰せそうだ。
人が多く、見ているだけで飽きない。
だけど、先ほどから不躾な視線が痛いぐらいに刺さっているのは分かる。
視線は凶器だ。
さり気なく見られているならともかく、ガッツリ見られているのだから、鈍いわたしでも流石に分かる。
始めは、わたしが白いからかと思ったけれど、視線はその横にいるアーキスフィーロさまが独り占めしているようだ。
まあ、アーキスフィーロさまは顔が良い。
そんな人が正装しているのだ。
誰でも視線を送りたくなるだろう。
わたしなど、どんなに目立つ衣装を身に纏っていても、美形の付け合わせにしかなれないのだ。
料理には付け合わせは大事だとわたしの護衛は力説しそうだけど。
そう考えると思わず笑いが出てしまう。
だが、当のアーキスフィーロさまは、周囲を見ないようにしている。
床に目を落とし、時折、わたしの方にだけ視線を送っていた。
例の「魔眼」のせいだろう。
見るだけで、女性を狂わせるなら、目を合わせるわけにはいかないから。
これって、なんとかならないかな?
水尾先輩や真央先輩、雄也さんや九十九がこの国に来る前から身に着けている「存在を希薄にする眼鏡」のように「魔眼の能力を封じる眼鏡」みたいなのがあっても良いと思うのだけど。
このままでは、アーキスフィーロさまが女性に話しかける時は、完全に自分の目を見せないか、鏡のように磨いた盾越しでしか会話ができなくなる気がする。
ただの不審者だ。
会話が弾む気もしない。
そろそろルーフィスさんに相談しても良いだろうか?
でも、お節介と思われる?
外に出ず、完全に部屋の中に閉じ籠っていた時期ならともかく、本日社交デビューである。
今後、外に出る機会は増えることになると思う。
あの国王陛下も、登城させたいようだったから。
そうなると、対策はやっぱり必要だよね?
「お疲れではありませんか?」
アーキスフィーロさまからそう声を掛けられたので……。
「少しだけ、疲れました」
一応、そう答えた。
本日の疲労の主な原因は、先ほどのでびゅたんとぼ~るだとは思う。
だけど、それをこの場で口にするのは憚られた。
悪意ある解釈をされたら、王族に対する不敬な発言ともとられてしまいそうだから。
だけど、あれだけ振り回されたら、ほとんどの人は疲れると思う。
寧ろ、気絶したかった。
先ほどから、こちらに向けられる視線の中には好意的だとは思えないものも混ざっている気がする。
コソコソと何やら言い合っては、クスクスと含み笑いや、蔑んだり、憐れむような視線を送る人もいるのだ。
うむ!
実に空気が悪い。
浄化しても良いかな?
全部吹き飛ばせば、すっきりしそうだと思って、想像だけに留める。
実際、それができてしまいそうだから気を付けねば!
少なくとも、この場には、アーキスフィーロさまを越える魔力所持者はいないと思う。
老いも若きも男も女も。
この場にいるのは、ほとんど貴族とその連れであるはずだ。
それなのに、一人としてヒリつくような肌の感覚がない。
これは水属性だから?
それとも、抑制石とかで押さえきっているために、わたしが感知できていないだけ?
周囲を見渡してみる。
やっぱり、この場には、アーキスフィーロさまを越える魔力を持っている人がいない。
集中して、自分なりに未熟ではあるが、感知に全力を注いでみたけど、気のせいではないだろう。
アーキスフィーロさまは抑制石を身に着けているが、それでも、今、この場にいる誰よりも魔力が強い。
わたし?
自分の魔力の強さについては、はっきりと分からないのだ。
そして、本日の抑制石は補整下着に縫い込んでいる。
その数は……、全部で57個。
かなりの数である。
ドレスコードのある今回は、抑制石のついた装飾品を身に着けることができないから、小さめの石を、数で勝負となっている。
どこで、準備したのだろうか?
一応、補整下着は下着なのだ。
それも結構、可愛らしかった。
例によって、更衣魔法で身に着けられたけれど、それでも、その補整下着を手に入れた経緯は気になる。
しかも、魔石が縫込まれている特別性だ。
頭の中に「お手製」という単語が走り去っていく。
深く考えたら駄目な気がした。
今更ながら、ルーフィスさんは本当に、謎が多い人だと思う。
そんな風にいろいろ考えている時の大きな音は心臓に悪い。
驚きの声が出そうになった。
身体が揺れたことは許して欲しい。
突然、ファンファーレが鳴ったのだ。
それも、某競馬ゲームで聴いたことのある音だった。
本物の馬の名前を使用した育成ゲームである。
まさか、今から、馬を走らせるわけではないよね?
気付けば、先ほどの楽器コーナーにたくさんの人が座っていた。
いつの間に来たのだろうか?
そして、事前の音合わせとかはしないようだ。
まあ、床に楽器を置いているぐらいだからね。
そこから始まる……何故か、聞き覚えのある行進曲。
確かヨハン・シュトラウス1世作「ラデツキー行進曲」。
先ほどでびゅたんとぼーるで「美しく青きドナウ」を踊ったが、あれはヨハン・シュトラウス2世の作品だった。
オーストリアの作曲者が好きなのかな?
いや、それでも王族の入場に、行進曲はないと思う。
良い曲だけど、行進曲って確か、足並みを揃えるための曲だったはずだ。
そのために、運動会、体育祭とかの入場行進にも使われるが、今回、城という場所もあって、なんとなく軍隊の行進としか思えない。
しかも、記憶に間違いがなければ、この曲は、戦勝祝いのために作られたはずだ。
一体、どこに攻め込んだ後なのでしょうか?
それでも、フェリックス・メンデルスゾーン作「真夏の夜の夢」内で演奏される「結婚行進曲」よりはマシだったと思うしかない。
あの曲は、舞踏会会場が結婚式場に変わってしまう。
それを不意打ちでやられたら、吹き出さない自信はない。
でも、この曲も結構な破壊力である。
これを護衛が聞いていたら、いつものようにキレの良いツッコミが聞けたかな?
音楽には詳しくなくても、「ラデツキー行進曲」は、わたしでも知っているぐらいに有名だからね。
でも、思った以上に人間界の影響を受けていると思う。
先ほどの円舞曲にしても行進曲にしても、人間界のクラシック音楽をそのまま使っているのだ。
著作権とか……、世界が違うし、クラシックと呼ばれている曲のほとんどは、作曲者たちがかなり昔に亡くなっているから問題ない?
模倣から、編曲、独創になれば良いのだけど、難しいかな?
さて、王族たちが行進……、もとい、入場し、国王陛下から、開会挨拶のお言葉。
先ほど、あれだけわたしをぶん回したというのに、実に元気の良い四十代後半である。
だが、言葉は短い。
国内の「ヴィーシニャ」がほぼ満開という時候の話から始まり、ちょっとした国の近況報告のみで終わった。
世界会合の時、ストレリチア国王陛下の開会挨拶は長かったから、この世界はそう言うものだと思って、覚悟をしていたのだけど。
「それでは、今宵も楽しんでくれ」
その言葉と共に、再度、ファンファーレが鳴り響く。
だけど、またもあの競馬ゲームの音楽に似ていた。
いや、あのゲームに使われていたファンファーレはどれも、かっこいいし、好きだったけど、それはどうなの!?
会場の真ん中で、思いっきりそう叫びたい。
さて、本来は、国王陛下の挨拶の後、王族のファーストダンスがあるらしい。
だけど、今回は違うようだ。
ファーストダンスの前に、他国からの客人を紹介するそうな。
……嫌な予感がすると言って良いですか?
この世界には転移門という便利な移動手段がある。
どんなに距離があっても、世界中が一瞬で繋がるのだ。
だから、どこかの国からのお客さまが当日に来てもおかしくはない。
そして、またもファンファーレ。
さらに、またも行進曲。
その名も、ヨーゼフ・フランツ・ワーグナー作「双頭の鷲の旗の下に」。
またもオーストリアの作曲者ですね。
オーストラリアの作曲者強い。
だけど、王族の入場曲、こっちの方が良かったんじゃないかな?
こちらの方が迫力あるよ!?
そして、国王陛下の背後から現れたのは、予想通り、焦げ茶色の髪、琥珀色の瞳を持つ、アーキスフィーロさまのご親戚でした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




