男と女のワンサイドゲーム
目の前にいる青年に、連れていた国民たちのほとんどは自分たちの身内だったということを知られてしまった以上は、下手な弁解をしても仕方がないだろう、とバルディアは理解した。
この村に共に来たバルディアの母親のみならず、現在、不明である父親の名まで知っていたのだ。
恐らく、彼の言うことは大袈裟ではなく、既に、自分たちの全てを把握されていると考えるべきだろう。
もし、仮に、バルディアを脅す目的であったとしても、数十名の中からピンポイントで調べ上げる方が逆に難しい。
こうなってしまえば、どんな無体でも受け入れるしかなかった。
但し、それが王女に害がない範囲でという条件が付けられるのだが。
あの王女は、バルディアたちアリッサムの人間にとっては数少ない希望の光なのだから。
村長や領主たちと彼らの領域で対峙した時よりも、仮宿とは言え、自分の部屋として使っている一室で涼やかな笑みを浮かべている青年との会話が油断できないことはよく分かっていた。
いや、先ほどまでは理解していたつもりだったと言うしかない。
そして、同時に、このままこの青年に自分たちの大切な王女を委ねて良いものかも判断に迷ってしまう。
バルディア自身は、あの小さな少女が鍵だと踏んでいたが、どうやらそうではなかったらしい。
この様子では、あの少女自身の意思で決めたと思われるようなことも、実は彼が裏で操っている可能性も否定できなくなったからだ。
もしも、あの少女自身が言い様に誘導され、既に彼の思惑にはまっていたとしたら?
何も持たない身に近いが、彼の目的をある程度見抜いて、王女だけはなんとしても護らなければならない、とバルディアはそう思った。
「そこまで調べておいて、我が父母の名を出したということは、それなりの要求があるからでしょう?」
「いえ、特には。直属の部下の名はともかく、貴女自身がその身内の方々の名まで全てご存知かは分かりませんでしたから」
まずは探りを入れてみたが、手応えはあまり感じられない。
ただ、上手くかわされたことだけはよく分かった。
確かに、バルディアが今回初めて対面した人間もいたが、彼女自身もそこまで確認していないわけでもない。
しかし、困ったことに今の言葉だけで、彼は全ての人間たちの名を調べ上げているということだけは確認できてしまった。
バルディアにとって悩むべきことが増えた形となる。
出会って一週間と経たぬような時間で、聖騎士団の人間たちの名はともかく、その身内まで調べ上げる速さと技術はどうなっているのか。
しかも、ここは城の書庫のように資料が豊富な場所ではなく、国境の近くにある小さな村でしかないのだ。
何を使って調べ、その裏付けまでとっているのか、バルディアには見当もつかなかった。
「貴方は、セントポーリアに仕えているようにみえて、実は情報国家の人間ですか?」
思わず、口からそんな言葉が出ていた。
その質問は雄也にとっても意外だったらしく、暫く考え……。
「いえ、私自身は情報国家に行ったことは一度もありません。」
そう答えた。
彼の言動からその背後に見え隠れしている何かは、情報国家の人間たちにとてもよく似ている。
だが、仮に彼が情報国家の人間だったすれば、逆に、簡単にその堅い口を割るはずはない。
情報国家の者たちは会話好きな人間が多いように見えるが、それは相手の口を開かせるための技術であり、自分の領域には踏み込ませないように誘導しているのだ。
だから、まっすぐ追求をしようとしても無駄だとバルディアは悟った。
寧ろ、本当に情報国家の人間だったとしたら、無理に情報を引き出そうと深追いを続ければ、逆に虎の尾を踏みかねない。
それは、どの国にもある程度共通された認識だった。
例え、情報国家を相手に勝算がある気がしてもそれは気のせいだ
だから、決して、かの国に喧嘩を売ってはならない、と。
一応、補足をしておくが、雄也は本当に情報国家イースターカクタスに足を踏み入れたことは一度もない。
この国の王子を始めとする他の人間たちに連れられて、色々な国を訪ねてはいるが、かの国だけは様々な理由や要因が重なって、行く機会に恵まれていなかったのだ。
その言動から、バルディアと同じように過去にも彼を情報国家の人間ではないかと疑う者がいないわけではなかったが、そう匂わせるだけのものを彼は身につけているだけの話であって、彼自身は情報国家との繋がりをきっぱりと否定している。
「本当に私たちに対する要求はない……と?」
「そうですね。確かに先程の言葉には少々私情を含んだものがなかったことは否定しません。ですが、貴女方の状況を鑑みれば、それらの行動に納得できなくもない。王女殿下の心身を案ずればこそ、我らのような人間を試すのは道理に適うことでしょう」
雄也はにこやかに答える。
「本当に少々ですか?」
「はい。尤も、愚弟の働きが悪ければ、それも変わっていたかもしれませんが」
不敵な笑いを浮かべるでもなく、先程までと変わらず穏やかな笑みを崩さない雄也の姿は、空恐ろしく感じられる。
バルディアとしては、あの時、少年が付き従っていなければ、もっと分かりやすい結果だったのではと多少なりとも思わなくもなかった。
そして、もしかしたら、あの少年の存在に救われていた可能性もあったことに今更ながら気付く。
中心国の王族である以上、結界のない場所ならば、少しぐらいの高さで死ぬことはないだろう。
仮に、法力国家によって強固な封印をされていたとしても、それでも身を護ろうとするのが体内に潜む深層魔気という存在だ。
何らかの形で自身の魔力を奪われていたり、魔法を使いすぎて魔法力や体力そのものを消耗していたりするならともかく、通常の状態ならば、王族の魔気というものはかなりの護りを発揮するようになっている。
そして、それだけの魔力の下地はあの少女にもしっかりあることを、前もって確認する機会があったのだ。
もしかしたら重傷を負ってしまう可能性はあったが、それでも致命傷には至らないであろう絶妙な高さの崖を話し合いの場に選んだのだった。
バルディアが、あの少年が近くにいることを許したのは、彼が治癒魔法の遣い手ということを知っていたからに過ぎない。
致命傷ではなくても、重傷のまま放置してしまえば、王族であってもいずれは死に至ることは誰にだって分かる。
そして、バルディア自身は治癒魔法の遣い手ではない。
連れている部下の中に遣い手はいたが、それを施す相手があの少女だとわかった時点で、その部下は懸念を示す可能性もあった。
つまり、あの少年が一番、事情説明も早く済み、こちらが頼まなくても治癒魔法は率先して行うだろうと、色々と好都合な存在だったのだ。
しかし、あの時、彼があの場にいなかったらどうなっていただろうか?
もしくは、僅かでも、彼女が傷を負ってしまっていたら?
「いずれにしても、済んだことについては良いでしょう。こちらとしてもあまり時間もありませんし」
そんなバルディアの心境をよそに、雄也は言葉を続ける。
「貴女方に対して、特別な要求をするつもりはないのですが、私から確認を一つ、よろしいでしょうか?」
やはり……と、バルディアは思った。
青年が、本当に何の目的もなければ、わざわざこんな時間の誘いを受けるようなことはないだろう。
何を要求されるかは分からない。
そんな緊張感からバルディアの手にじっとりと汗の感覚がしていた。
かつてアリッサムの城内で、聖騎士団長と対峙した時よりも自分が緊張していることが分かって、バルディアは少しだけ口元を緩める。
そうして、バルディアは覚悟を決めて、穏やかな笑みを浮かべ続ける黒髪の青年と改めて向き合ったのだった。
次話は本日18時更新予定です。
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