戦闘開始
王族も強引だが、その頂点はもっと強引である。
そんなことは知っていたけれど、まさか、自分が関わるなど、思ってもいないのだから、心の準備などできるはずもない。
セントポーリア国王陛下も、意外と押しが強いし、イースターカクタス国王陛下は強引の権化だ。
ストレリチア国王陛下は直接の面識はなくても、やはり、あのワカの父親だと思う話をいっぱい聞いている。
カルセオラリア国王陛下は老成という言葉に相応しい強かさをもっていた。
その上で、本日、ローダンセ国王陛下の情報が新たに追加されたわけで。
「老齢たる我が手を取ってくれるか? 可憐な白き花よ」
さらりと言われたが、「白き花」ってわたしのことですか?
いや、確かに白い服を着ているけど、花とは一体……。
「陛下はまだそんなご年齢ではないのでは?」
とりあえず、問題なさそうな方を答えておこう。
四十代後半ならば、まだまだ働けると思う。
この世界は人間界よりも肉体年齢も若いのだ。
「いや、そろそろ隠居の年だ」
それとなく、手を差し出しながら、譲位を仄めかされても困る。
「さて、デビュタントボールの儀と行こうか」
ああ、この国では、儀式扱いなんですね。
「失礼ながら、陛下の手を取ったところで、何か起きたりしませんか?」
いきなり何かに巻き込まれても困る。
「周囲が煩くなるかもしれん」
それはどういう方向で?
今、この場で煩くなるだけなら良いけど、これ以降に騒がれるのは嫌だ。
「意外と警戒心が強いのだな」
そう言いながら、強引に手首を掴まれる。
思わず喉まで出かかった悲鳴をなんとか呑み込んだ。
ここで叫ぶわけにはいかない。
どんなに強引でも、相手は一国の王だ。
魔気の護りが反応しなかった以上、国王陛下にわたしを害する意思はないことは分かる。
それでも、やはり、突然の行動は怖い。
「あれだけのモノを見せられて、大人しく帰すと思うか?」
小声で、耳元で囁かれた。
へ?
わたしは、この王さまに一体、何を見せた?
あれ?
まさか、数日前、この城のすぐ傍でこっそり、「聖女の守護」を使ったことがバレた?
いや、見知った気配を感じて、それが二人ともちょっぴりお疲れモードだったから、疲労回復させたいな~って思っただけなのですよ?
「先ほどの円舞曲。小柄なそなたなら、リフトもできるだろう?」
この王さまは真顔でとんでもないことを言い出した。
この場合の「リフト」とは、相手を持ち上げて踊る動作のことだ。
バレエ、フィギュアスケート、アイスダンスを含めたダンスの共通用語だと思う。
「私はアレがやってみたい。エルドヴィアを始めとして、パートナーになった女には皆、拒まれた」
「ですが、リフトは慣れない相手では難しいですよ?」
確かに、わたしはリフトをやったことがある。
だけど、それはいろんな意味で慣れた相手だったからだ。
初対面で行うのは無理だと思う。
「つまり、やったことはあるな?」
「ありますが……」
どうしよう?
どう断れば良い?
「ならば、来い」
そう言いながら、さらに強引に手を引かれた。
わたしは体勢を崩しかけるが、なんとか転ばずに済んだ。
「陛下!!」
流石に、アーキスフィーロさまが叫ぶ。
「アーキスフィーロ。これで、登城要請を拒み続けたことは不問とする」
ここで、それを持ってくるか!?
このタヌキ陛下!!
「シオリ嬢へのお戯れはそこまでにされてください」
それでも、アーキスフィーロさまは一歩も退こうとしなかった。
「ほう?」
そこで、何故、嬉しそうな顔をなさるのでしょうか?
この時点で嫌な予感しかしない。
「へ、陛下!! お付き合いしますから、これ以上、アーキスフィーロさまを苛めないでください」
わたしは思わず、そう口にしていた。
失敗しても頭の骨が折れない限りは死ぬことはないだろう。
ここは王城だ。
治癒魔法の使い手はいると思う。
リフトをやる以上、気遣ってもくれるはずだ。
ただ、怪我に繋がるほどの危険な状態になった時、身を護るために、自分の魔気の護りが出ないとも限らない。
それに、そんな危機に瀕した時、わたしの護衛たちが全く動かず、気付くこともないなんてことがあるだろうか?
安全には細心の注意を払おう。
「始めから素直になっておけば、私もこんな手段はとらない」
「無茶を言わないでください。陛下からの申し出という時点で、わたしは恐縮していたのですから」
寧ろ、全力で断りたかったけどね!!
多分、先ほど、アーキスフィーロさまと踊った時にやったターンが原因だろう。
楽しくて、ちょっとやり過ぎた。
それが、この国王陛下の琴線に触れてしまったらしい。
この様子だと、人間界から持ち込まれた舞踏会……、円舞曲は、この国王陛下が気に入ってしまったんだろうな。
だから、国営行事となってしまった……と。
この国に、心底同情したい。
そして、わたしは、部屋の中央に立たされた。
周囲が固唾を呑んで見守っているのが分かる。
なんなのですか?
この……、先ほどまでと全く違った種類の緊張感。
わたし、社交デビューしたばかりのぺいぺいなんですけど!?
しかも、すれ違いざまにさり気なく正妃殿下から「御武運を」なんて嬉しくないお言葉をいただきましたよ!?
わたしは今から、何と戦うことになるの!?
答え。
国王陛下でした。
流れてきた曲は、フレデリック・フランソワ・ショパン作「華麗なる大円舞曲」。
ファンファーレのような出だしから始まり、軽やかな曲調だが、先ほどのゆったりした「美しく青きドナウ」に比べてかなりテンポが速い。
だが、この選曲の理由はすぐに理解することになる。
―――― ひょええええええっ!?
いきなり、始まりから、大振りされた。
これ、わたしの知っている振付と絶対、違う!!
しかも、一つ一つの動きが大きく、力強く、わたしの身体がぶんぶん、くるくると振り回される。
―――― ちょっ!? リフトじゃないのに浮いてる!?
頭の中に「プロレス技」という、ワルツとは一切、関係がないはずの謎単語が過る。
覚えたステップ、意味がない!!
それでも、国王陛下は大変、楽しそうにわたしの身体を振り回しておられます。
ああ、これ。
皆、逃げるわけだ。
だが、今更、気付いても遅いし、選択肢などなかった!!
「上げるぞ」
その言葉の意味を理解するより先に、わたしの身体が宙に放り投げられる。
ああ、確かにリフトって、投げるものもあった気がするけど、こんなに滞空時間は長くないと思う。
落とされることはなかったが……。
「もう一丁!!」
まさか、二度も宙を舞うとか思わなかった。
なんだろう?
一人で胴上げされている感じ?
そして、抱えられて浮遊魔法は何度か経験があるけれど、身体を放り投げられるって、滅茶苦茶怖い。
ジェットコースターとかフリーフォール系の絶叫マシンに乗った時のように、お腹がひゅっとなる。
そう言えば、護衛は何度もわたしにふっ飛ばされているな~。
それって、こんな感覚なのかな?
そうだとしたら、本当にごめんね。
これは、かなり怖いよね!!
明後日の方向に思考を飛ばしたくなるのに、現実があまりにも衝撃的すぎて、脳みそが散歩することすら怖がっている。
そして、これだけの目に遭っているというのに、わたしは、意識を失うほど、か弱くはないらしい。
さらに言えば、わたしの身体は「魔気の護り」も出さない。
身を護るべきは絶対に今じゃないかな!?
そして、ようやくフィニッシュ。
5分くらいの曲なのだろうけど、体感30分はあった気がする。
そして、いろいろなものをごっそりと持って行かれた。
あれだけしっかりとセットしてもらった髪がよれっとなっているのが分かる。
簡単に崩れないように編み込みまでしっかりされていたはずなのに。
向き合って、終わりの礼。
国王陛下は大変、すっきりした顔をしながら……。
「楽しかったぞ」
そんな言葉と……。
「私と踊って、最後まで意識を失わなかったのは、シオリ嬢が初めてだ」
そんな嬉しくない言葉をくださいましたとさ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




