相方
「本来なら、何組か同時にデビュタントボールを迎えるのだが、直前で辞退申し出が相次いだのだ。つまり、今日のデビュタントボールに関しては、お前たち一組だけとなる」
壁で見守っていたお偉いさんの一人がそんな風に説明してくれた。
この場に、わたしたち以外の人がいなかったのは、どうも、キャンセルが多かったらしい。
だが、直前で全員、辞退したというのなら、集団ストライキというやつだろうか?
いや、そんなことをしても意味はないよね?
でびゅたんとぼ~るは、この国の社交デビューの場とされていて、次回行われるのは二カ月後の舞踏会だと聞いている。
つまり、キャンセルすれば、その分、社交デビューが二カ月も遅れてしまうことになってしまう。
女性はともかく、お城で仕事をしたい高貴な男性なんかは大打撃だ。
いや、お城で女官や侍女を希望していても、十分、困るのか。
10歳未満の王族の遊び相手としてならともかく、15歳以上となれば、仕事として登城する以外、城に来ることはできなくなるらしい。
つまり、一人前として認められるまでが遅くなるし、遠くなってしまうわけだ。
だから、申し合わせて皆でドタキャンしたところで、当人たちの利があるとは思えないけれど、それなりの理由があるのだろう。
まあ、わたしには関係のない話だけど。
「だが、アーキスフィーロはともかく、その令嬢は踊れるのか?」
説明してくれたお偉いさんからジロリと睨まれた。
まあ、庶民ですからね。
「私よりは踊れると思いますよ、フェロニステ卿」
アーキスフィーロさまがわたしの代わりに答えてくれたことで、この人の名前の一部が判明する。
しかし、フェロニステ……?
ああ、この方が宰相さまか。
お名前は、アストロカル=ラハン=フェロニステさまだっけ?
それで、アーキスフィーロさまを呼び捨てにしているわけだね。
でも、王族もだけど、宰相閣下まで出てくるなんて、結構、でびゅたんとぼ~るって大掛かりなイベントらしい。
……学舎よりもこちらの方がお金かかってそうなんだけどな?
「まあ、良い。その腕前を見せてもらおうか」
少し不機嫌そうにフェロニステ卿はそう言った。
これが、宰相閣下か。
ちょっと顔に出し過ぎ?
それとも、これもお試し?
判断できないな~。
「さあ、シオリ嬢」
「はい」
手を出されたので、そのまま一緒に部屋の中央に行く。
まさかの公開処刑……、もとい、注目を浴びた状態でのダンスとは。
いや、場所が変わるだけだけど。
でも、アーキスフィーロさまと合わせるのは初めてだった。
そこがちょっと心配な部分である。
部屋の中央で基本姿勢。
高さは、おっけ~っぽい。
これまでの練習相手たちよりも、アーキスフィーロさまの背はやや低い分、体勢としてはマシかもしれない。
でも、ルーフィスさんよりは高いか。
そして、思ったよりも密着している。
まあ、アーキスフィーロさまに張り付くのは初めてではないから、あまり気にならなかった。
静寂の後、音楽が鳴り始める。
良かった。
練習したことがある曲だ。
ウィンナ・ワルツの代表曲であり、オーストリア第二の国歌とも言われるヨハン・シュトラウス2世作曲「美しく青きドナウ」。
ゆっくりとした弦楽器の入りから広がっていく優雅な音。
同じメロディーが何度も繰り返され、分かりやすい三拍子のリズムが耳に心地よい。
まるで合唱のような盛り上がりを見せる曲だと個人的には思っている。
これまで、わたしの相方となった方々はリフトを入れて回転したこともあるが、初めて組む人間相手ではそれはしないだろう。
どんなに治癒魔法が使える人たちがこの場にいたとしても、王の御前でリフト失敗とか目も当てられないから。
ステップも基本の組み合わせらしいし、一歩一歩はそこまで大きくない。
右回転ステップ、左回転ステップとかのタイミングも、曲を知っていれば、難しくなかった。
寧ろ、これは楽!!
そう思うと、自然と笑みが零れる。
わたしの相方を務めてくれた方々が求めていたレベルが、少しばかりおかしいこともよく分かった。
そして、周囲に人がいないのも良い。
多少、大きな動きでも、人に当たらないのだ。
他の宮廷ダンスは習っていないから分からないけれど、円舞曲は、フロアを大きく使う。
一組しかいない場でも、こうなのだから、舞踏会になれば人を避ける技術も必要かもしれない。
本来、動きは男性側が誘導するって聞いていたけれど、アーキスフィーロさまはそこまで円舞曲がお得意ではないことも分かった。
セヴェロさんは上手だと言っていたが、もしかしたら、わたしを乗せるためにそう言っていたのかもしれない。
相手の足を踏まないように下を見てしまう気持ちも分かるけど、そうなると、動きは小さくなっちゃうし、猫背にもなるよね。
好きなように動いてくれたら、多分、このテンポなら合わせられるけど、今、話しかけたら混乱しそうだ。
でも、せっかくだから、回転の時に、自分でちょっと派手に動こうか。
ドレスの裾を持って、わざと広げるように回る。
だけど、下品にならないように気を付けてっと。
うん。
一ヶ月しか練習していない割に、マシじゃないかな?
まあ、「神舞」でも散々、似たような動きをしているからね。
「神舞」は、どちらかというと、バレエっぽいけど。
時間としては長くない。
5分もなかったことだろう。
この世界の人たちが踊り慣れていないこともあるだろうけど、それでも、全身運動である。
人前と言うこともあって、かなり体力を消耗したようだが、わたしは最後の決めポーズまで頑張った。
でも、思いっきり、息を吐きたい。
呼吸を整えたい。
―――― パチパチパチ
ぬ?
拍手?
そう思いながら、軽く息を整える。
「見事だ、シオリ嬢。我が国の淑女たちでもそこまで踊れる者はそう多くない」
国王陛下は最初から最後まで見守っていたらしい。
曲の途中で椅子から立ち上がったから、そのまま退室なさったかと思ったよ。
事前情報では、このでびゅたんとぼーるで国王陛下は途中で退室されて、その後に行われる本命の舞踏会のために休憩されると聞いていたからね。
でも、一組ぐらいなら、見てくれるのか。
「お褒めの言葉、ありがたく存じます」
わたしは礼をする。
この後は、王族の誰かと踊るんだっけ?
年齢的に、正妃殿下のお子さまである二つ上の第四王子殿下か、その下で同じ年の第五王子殿下かな?
個人的には面識がある第五王子殿下だと助かる。
やっぱり、知らない人よりは見知った人の方が良い。
まあ、踊っている時に何か言われるかもだけど、それぐらいは応じよう。
アーキスフィーロさまの方のお相手は、三つ上の第一王女殿下より三つ下の第二王女殿下かな?
ヴィバルダスさまの婚約者だから将来は義姉になるわけだよね。
年下だけど。
でも、気のせいだろうか?
なんとなく、その第二王女殿下から、すっごく睨まれている気がする。
それも、アーキスフィーロさまではなく、わたしに対して。
背中辺りがゾワゾワしているから、向けられているのは敵意で間違いないか。
うっかり、魔気の護りを出さないように気を付けなければならない。
「アーキスフィーロ。お前は、第一王女シルヴィエと……、いや、エルドヴィアと踊れ」
まさかの正妃殿下!?
そのご指名に対して、周囲が騒めいたのが分かる。
いや、第一王女殿下は、自分の名前が呼ばれた瞬間、顔を蒼褪めた上、息を呑んだように見えた。
そして、直後、正妃殿下に変更されたので、ホッとした顔になったのだ。
つまり、アーキスフィーロさまを怖がっているってことか。
王族だよね!?
魔力が強く暴走しやすい相手が怖いのは分からなくもないけれど、そこまで露骨に顔に出してまで嫌がらなくてもよくない?
あれ?
アーキスフィーロさまが正妃殿下と踊るってことは……。
「シオリ嬢は、私がお相手しよう」
まさかの国王陛下!?
いやいやいや!
勘弁してください!!
冗談ですよね?
「陛下……。それは……」
アーキスフィーロさまも断りたいようだ。
「お前の相手ができる女はエルドヴィアぐらいだ。それならば、シオリ嬢のお相手は私と言うことになるよな?」
ならないと思います。
貴族令息であるアーキスフィーロさまのお相手が正妃殿下というだけなら、百歩譲って分からなくもない。
ご指名されかけた第一王女殿下は顔面蒼白になったし、第二王女殿下は今もわたしを睨んでいる。
だが、わたしの相手が国王陛下?
この国の頂点?
いろいろおかしくはないですか? このタヌキ陛下。
なんだろう。
情報国家イースターカクタス国王陛下に対してもこんな風に考えなかったのに、このローダンセ国王陛下に対しては、するするっと考えてしまう。
いや、イースターカクタス国王陛下も肉食動物っぽいけど、タヌキとかキツネじゃなくて、ホッキョクグマって感じがするんだよね。
囚われたら食われるしかない印象。
いや、現実逃避している場合ではない。
断り文句は……ないか。
全ては、この国の頂点である国王陛下が望まれたこと。
それを正当な理由もなく拒否などできるはずがない。
何を企まれているかは分からないけれど……。
「光栄に存じます、国王陛下」
そう答えるしかないのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




