洗礼
「ひいっ!?」
あれ?
既視感?
いや、転移門の部屋から出てすぐに出会った案内人とは別の人だった。
本当に皆同じ反応をするってことかな?
「デビュタントボールの会場はこちらで間違いないか?」
アーキスフィーロさまがそう確認すると……。
「ひえっ!? え? デビュタント……? え?」
扉の前に立っていた人は、一瞬、何を言われたかが分からないと言う反応をした後に……。
「はい! こちらが、デビュタントボールを行う『藍玉の間』でございます!!」
そう力強く返事をした。
「ここで間違いなかったようだ、シオリ嬢」
「はい」
案内人がいなくても、迷わず目的地に来ることができるって凄いと思う。
「え? あ? ロットベルク家第二令息殿?」
「なんだ?」
「その方は?」
扉の前に立っていた人は不思議そうにわたしを見た。
「連れだが? 既に王家には話が通っている。今日の私のパートナーだ」
「パートナー!?」
何故か、驚かれた。
「何か問題でもあるのか?」
「いえ、失礼しました。可愛らしいパートナー様ですね。しかも、彼女もデビュタントですか?」
「そうだ」
わたしが、全身白尽くめだったから、分かりやすいようだ。
「承知しました。それでは、御二方。中へお進みください」
そう言いながら、一礼する。
最初こそ悲鳴を上げられたけど、案内人よりはマシだったようだ。
扉が開かれる。
「今宵、良い夢を。可愛いお嬢さん」
その扉を通り抜ける時、先ほどの人から声を掛けられた。
でも、何故にわたしだけ?
アーキスフィーロさまにはないの?
そして、お嬢さんって何!?
わたし、一体、幾つに見られているの!?
でびゅたんとぼ~るの参加者だから、まさか、この世界の成人したてほやほやな15歳と思われた!?
そう思ったけれど、ここで振り返って確認するわけにはいかない。
真っすぐ前を見る。
アーキスフィーロさまの横で笑うために。
「アーキスフィーロ」
わたしとアーキスフィーロさまが「藍玉の間」に入ると同時に、呼びかけられた。
アーキスフィーロさまは貴族令息である。
それをいきなり、ファーストネームで叫べる人ってそう多くはないだろう。
しかも、ここはでびゅたんとぼ~るが行われる場所。
社交デビューする人間のほとんどは、15歳だと聞く。
ここに案内された人たちなら、わたしたちよりも若いだろう。
もしくはそれ以外の……、そこまで考えて、わたしはドレスの裾を持って礼を取った。
アーキスフィーロさまも部屋の奥にいる人に向かって頭を下げる。
先ほどの声に聞き覚えがあったことを思い出したのだ。
同時に……。
―――― クリストファー=ティスラ=ローダンセ様だ。
その名前を口にした護衛の声が記憶に蘇る。
世界会合の時に、あの部屋にいたローダンセの国王陛下の名前だ。
確か、でびゅたんとぼ~るでは、国王陛下の面前でご挨拶と聞いていたけれど、まさか、いきなり会うなんて思わなかった。
これって、待たせていたってこと!?
「そこでは碌に声も届くまい。二人とも側へ」
そんな言葉がかけられる。
確かに、ここは入り口から離れていない。
声はかなり離れたところから聞こえているので、それなりに距離があることが分かる。
「シオリ嬢。ゆっくりと顔を上げて、私の手を」
「はい」
ゆっくりと身体を起こして、差し出されていた手に乗せる。
正面を見ると、ステージのように高くなっている場所で、国王陛下が立派な椅子に座っており、その左隣には母ぐらいの年齢の綺麗な女性がいた。
多分、正妃殿下かな?
そして、その二つの椅子を囲むようにして、若い男性が五人、同じく若い女性が二人並んでいる。
その中で、見知った顔を見付けてしまった。
黒い髪、茶色の瞳。
あの頃よりも背が高くはなっているし、大人っぽくなっている。
さらに言えば、かなり豪奢な衣装を身に纏っているし、髪型もそれに合わせているけれど、間違いないだろう。
あちらも、わたしに気付いたのか、目を見張っている気がした。
そうなると、国王陛下を囲んでいるのは王子、王女だと思う。
壁の方には他にも人がいることに気付く。
それなりに年を重ねたお偉方っぽい人が並び、その近くには騎士っぽい服を着た人たちもいる。
恐らくは近衛兵だろう。
だが、既に配置されている人たちを除いて、人がいない。
つまり、このでびゅたんとぼ~るの参加者っぽい人たちが、わたしたち以外いなかったのだ。
「行きましょうか」
アーキスフィーロさまの言葉に頷く。
ゆっくり、ゆっくりと国王陛下の座っている場所へと向かい、ステージのような場所から少し離れたところで止まり、礼をして、言葉を待つ。
この国は、基本的に上から下に言葉をかけるだったはずだ。
暫くして……。
「ようやく顔を出す気になったか、アーキスフィーロ」
そんなお声掛けがあった。
「面を上げよ、アーキスフィーロ。そして、シオリ嬢」
国王陛下が、わたしの名前をご存じだった?
それも、この国の貴族でもない娘の名を?
いや、伝わっていても、その名を覚えているかは別の話なのだ。
わたしは庶民だから、覚える価値は無いと判断されていると思っていたのが、正直な所である。
だが、促された以上、顔を上げないわけにはいかない。
顔を作って~。
顔を作って~。
準備ができた後、ゆっくりと顔を上げた。
初めてまともに見るローダンセ国王陛下は、四十代後半だと聞いているけれど、やはり、この世界の人たちって若く見える。
そして、高位の方々は、例外なくお顔がよろしい。
焦げ茶色の髪の毛を後ろで纏め、紺色の瞳を切れ長で、少々、冷たい印象があるが、美形だ。
その横にいる正妃殿下もお綺麗だし、その周囲を囲む王子、王女たちも顔が良いけど、異母兄弟姉妹であるせいか、皆、あまり似ていない。
種類の違う美形たちだ。
確か、ローダンセの王子、王女は皆、母親が違うと聞いている。
だけど、こんなに似てないっていろいろ複雑そうだ。
いや、この世界は親子兄弟姉妹でも、似てないことは珍しくないって分かっているのだけどね。
「そう意外そうな顔をするな、アーキスフィーロ」
国王陛下はニヤリと笑う。
「お前の頑なな心を動かしたという令嬢に、興味を惹かれぬわけがあるまい?」
ぬ?
わたしの話?
「お戯れはそれまでに願います、我が敬愛すべき国王陛下」
「よく言う。再三の登城要請を無視しておいて。もう少し、敬え」
揶揄いを含んだ言葉だが、責めている様子はない。
思ったよりも好意的ですらある?
これが手なら、とんだ狸だ。
そして、王族は得てしてそんなものだとわたしは知っている。
親しみやすそうな雰囲気を醸し出していても、油断がならない存在なのだ。
「シオリ嬢」
「はい」
まさか、名指しされるとは……。
「面倒な男に気に入られたようだが、不自由はないか? 古き体制のロットベルク家は居心地が悪かろう。そなたが望めば、城へ上がることも許すぞ?」
へ?
城へ上がる?
えっと……?
居心地云々の話をされているってことは、行儀見習いってことはないよね?
もう既に、嫁ぐ(かもしれない)ロットベルク家にお世話になっているのだから、不要だろう。
「陛下……」
ぬ?
横にいるアーキスフィーロさまの気配に不穏なものが交じり始めた気がする。
周囲がそれを見て、顔色を変えた。
つまり、これは口説かれていた!?
いやいや、落ち着け。
一国の王ともあろう御方が、臣下の息子の嫁候補に、そんな迂闊なことをするはずがない。
何より、この人からはタヌキの気配しかない。
キツネよりはマシか。
同じイヌ科の雑食でもキツネの方が肉食度は上だったはずだ。
「陛下、発言させていただいてもよろしいでしょうか?」
「許す」
「身に余るお言葉、光栄にございます」
そう言って、頭を下げた後……。
「ですが、わたくしは、既にカルセオラリア第二王子トルクスタン=スラフ=カルセオラリア殿下の立ち合いの下、ロットベルク家第二令息アーキスフィーロ=アプスタ=ロットベルク様と約定を交わした身にございます。御心を叶えられないことをお許しくださいませ」
丁寧にお断りの言葉を述べさせていただく。
確かに、ちゃんとした婚約者でもないし、口約束でしかないけれど、それでも、カルセオラリア王族の立ち合いの下に交わされたものではあるのだ。
そこは、しっかりと言葉にしておかなければならない。
―――― ご自分の御気分で、カルセオラリアを敵に回しますか?
簡単に言えば、そういうことだからね。
「あっさりフラれてしまったぞ、エルドヴィア」
「年甲斐もなく、ご自分の子供たちよりも若い御令嬢を口説くからですよ、みっともない」
やはり、横にいたのは正妃殿下「エルドヴィア=クルツ=ローダンセ」さまだったらしい。
そして、この遣り取りから、本気ではないことが分かる。
周囲も諫める様子がなかったからそんな気はしていた。
だけど、思ったより、正妃殿下が親しみやすい性格のご様子。
「……陛下?」
だが、アーキスフィーロさまはどこか茫然とした声を出す。
展開についていけなかったのだろう。
「悪い。アーキスフィーロ。お前と、シオリ嬢を試した」
「試す……?」
「悪いが、今のはデビュタントボールの洗礼とでも思ってくれ。この場にいる者たちを餌に、それぞれの反応を確認している」
つまり、餌になるのは陛下だけでなく、正妃殿下、王子や王女殿下たちも含まれるってことか。
いや、もしかしたら、この場にいるお偉いさんたちや、近衛兵も含んでの茶番もあるのかな?
いきなり、王命でパートナーを解消して一緒になれとか言われても普通は困るよね?
社交デビューをするような年齢の貴族なら、ほとんどが婚約者同士で来るだろう。
ああ、でも、わたしたちのように同じタイミングで社交デビューとは限らないのか。
片方は、この洗礼を知っていて、口外しないように言い含めている可能性はある。
「改めて、若き二人を歓迎しよう」
わたしたちを試したタヌキな王さまは、ぬけぬけと、そう言いながら、手を挙げたのだった。
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