登城
うわあ……、と声に出さないまでも、感嘆した。
アーキスフィーロさまから手を引かれて、ロットベルク家の簡易転移門の青い光を潜り抜けた先にあったのは、人間界のプラネタリウムを思い出すような、天球を模した部屋だったのだ。
壁から丸型の天井に散りばめられている光の粒の数々。
その一つ一つが瞬いている。
天球だと思ったのは、その光の粒の並びだった。
見覚えのある星の配列を見つけたからだ。
この三年間、何度も、夜空を見上げる機会があった。
だから、一等星の特徴的な並びがあるものは、覚えている。
……というか、雑談ついでに護衛から教えてもらったことがあったのだ。
人間界みたいに星々に纏わる神話や物語は知らないけれど、星座と呼ばれる境界線があると言っていた。
でも、そのほとんどの正式名称は知らないらしい。
この世界には、人間界のように国際的に研究されている天文学がないため、国によって名称が違うし、それらをいちいち覚えるのが面倒だそうな。
だけど、星の並びは覚えているってところは、酷く、彼らしいよね。
そして、一度、意識すれば、不思議なモノで、星の並びがそう見えてくる。
勿論、地球から遠く離れているため、その並びは人間界とは全く違う。
北極星はないし、カシオペア座とか、オリオン座、夏の大三角形みたいに有名なものは何一つとしてない。
ただ、北にも南にも、地球で言う北極星のように全く動いて見えない星はあるようで、彼は勝手に「北極星」、「南極星」と呼んでいるらしい。
……大雑把にも程がある。
そして、「南極星」って、確か、人間界にはなかったはずだ。
「綺麗……」
その光を見ながら、我慢しきれずにそれだけを呟く。
「シオリ嬢」
「ああ、申し訳ありません。この部屋の見事さに目を奪われてしまいました」
声を掛けられるまで、ぼーっと見惚れていたことに気付く。
さぞ、気の抜けた間抜けな顔をしていたことだろう。
ここは、転移門の部屋だ。
あまり長居をしてはいけない。
他にも使用者がいる時に、困るからね。
「いえ、大丈夫です」
アーキスフィーロさまはそう言ってくれるけども、声をかけさせたことは申し訳ない。
今回、わたしの役目は、アーキスフィーロさまの相方かつ、自分自身の御目通りのための初舞台舞踏会に参加すること。
そして、その後の舞踏会で、アーキスフィーロさまの横に並んで、一応、相方を務めることである。
セヴェロさんが言うには、その舞踏会で何を聞かれても、「婚約者候補」であることは口にしない方が良いらしい。
王族には伝えていても、他のお偉い方々は納得しない可能性があるそうな。
庶民の成り上がりを嫌がる人は、どこの世界にもいる。
しかも、魔力の強いアーキスフィーロさまの婚約者ならば、選んだ伴侶によっては自分たちの立場を脅かす存在となるだろう。
出る杭は打たれる。
そして、その杭が出る前に、徹底的に打ち付けておく。
偉い人はそんな考え方らしい。
つまり、わたしは本日、滅多打ちにされる可能性が高いそうだ。
でも、打つ前から、曲がっている杭を果たして、まともに打てますかね?
まあ、好きなだけ打っていただきたい。
できれば、正面からだと助かる。
婉曲的な表現など分からないから。
本日、セヴェロさんも、ルーフィスさんも、ヴァルナさんもいない。
つまり、わたしたちには従僕や侍女など、付き添い人がいない状態である。
理由は簡単、貴族ではないから。
本来、侍女って身分が高い人がなるらしいけど、わたし自身が庶民だ。
だから、身分のない庶民の女性を、トルクスタン王子が侍女として押し付けた体になっている。
わたしからすれば、この上ない二人なんだけどね。
貴族令息であるアーキスフィーロさまの婚約者候補でなければ、庶民であるわたしも舞踏会に参加する必要などない。
だが、王家から許可が下されてしまったのだから仕方ないよね。
それだけ、アーキスフィーロさまに城に来て欲しいらしいってことでもある。
それに、多分、ロットベルク家から、わたしの魔力が強そうだということが、伝わっているだろう。
わたしは知らなかったのだけど、毎回来る、王家からの登城要請の中に、婚約者候補を見せろという言葉が追加されるようになったらしいから。
それも、わたしが婚約者候補となった次の日からだったらしい。
それでも、アーキスフィーロさまは拒んでいたのだからある意味、凄いとは思う。
断り文句は、自分の魔力が暴走する危険性が増したこと、自分の眼に加えて、婚約者候補となった女は身分がないため登城できないこととしていたそうな。
わたしは、この時、登城に身分が必要なことを初めて知った。
他の国で一度も言われたことがなかったから。
先例、法律重視のお堅い国であるセントポーリアすら、何も言われなかったが、よく考えれば、ほとんど極秘入城だったことに今更気付きましたよ。
それ以外の国では王族の友人枠で入り込んでいる。
ルーフィスさんの話では、それらは本当に国によるそうだ。
そして、王族からの要請があれば、庶民でも応じなければならないとも聞いている。
但し、今回のように舞踏会を含めての招待となれば、貴族令息令嬢の相方として認められた時ぐらいだから、実質、婚約者扱いだとも言われた。
そのために、今回は王族たちに顔を売っておく良い機会だとも言われている。
王族に顔を知られた「婚約者候補」ならば、そう簡単に横槍を入れることはできなくなるということだろう。
口約束のようなものではあるが、王族が、わたしの魔力の強さに気付く前に、互いの意思で交わされたことが大事らしい。
自分の所有物とした人間が、何らかの形で奪われることがあれば、王族が利用したがっている高魔力所持者がどうなるか予測はできない。
これまで、何も欲しなかった人間が、自分の意思で、わたしという人間を、婚約者候補として認めたのだ。
多少の不自然さはともかく、少なくとも、婚約者候補となった女性に下手な手出しはできない。
それでなくても、王命すら拒絶するような人間なのだ。
その扱いを間違えれば、どうなるか予測ができないだろう。
実はそこに、互いの利害関係が一致しただけという裏があったとしても、それを知る者はいない。
しかも、その口約束には、他国の王族が絡んでいる。
それも、簡単に言いくるめることができないような性格の王族だ。
さぞ、頭が痛いと思う。
この時点でこの国の王族は、わたしにもアーキスフィーロさまにも下手に手出し、口出しができないことを意味する……、らしい。
その辺り、なんとなく……、しか分からない。
ただ、分かることは、思ったより、この国において、アーキスフィーロさまは重要な位置にいて、かつ、当人は無意識にそれを理解しているってことだろうか。
普通に考えても、貴族令息が王命の拒否、拒絶って難しいことは分かる。
わたしだって、王命……、というより、王族による一方的な命令が嫌で、国から逃げ出したわけだしね。
それでも、国内にいながらもそれを貫き通しているというのが、ある意味、ロットベルク家……、いや、アーキスフィーロさまの力なのかなとは思う。
「シオリ嬢」
「はい」
「ここから出たら、好意的な視線は恐らくないでしょう。できるだけ、貴女を護るつもりですが……」
そこでアーキスフィーロさまは言い淀んだ。
心配してくれているんだろうね。
「わたくしなら、大丈夫ですよ。絶対的な味方がいますから」
「絶対的な……味方?」
アーキスフィーロさまは不思議そうにわたしを見た。
どうやら、分からないらしい。
この場にいる、最大の味方を。
「アーキスフィーロさまはわたしの味方をしてくださるでしょう?」
できる限り、護ると言うのはそういう意味だと思う。
勿論、ずっと側にいることは難しいだろう。
アーキスフィーロさまはこの国の貴族令息である以上、他の人とのお付き合いはあるだろうし、流石に面と向かって行われる王命の拒絶まではできないはずだ。
それに、わたしだってお手洗いとかで、少しだけ場を外す時もある。
そんな機会は、悪意ある人からすれば、絶好の狙い目かもしれない。
でも、そんな事情がない限り、側にいて護ってくださると信じているのだ。
「はい。勿論」
「それに、わたしもできる限り、あなたを御守りします」
わたしは胸を張る。
「貴女が……?」
「ちゃんと女性除けは務めさせていただきます」
もともとそんな側面もある契約だ。
まあ、アーキスフィーロさまを狙うような人は、わたしみたいなちんちくりんなど歯牙にもかけないだろうが、人目のある所で仕掛けられるなら、こちらだって対応はできる。
伊達に、高位の方々に揉まれていません。
それなりに心臓を育ててきました。
「それは心強いことですね」
「そうでしょう?」
わたしの言葉にアーキスフィーロさまが笑みを零す。
だから、わたしも笑った。
そんな穏やかな時間は、扉を開けた途端に消えてしまうのだけど。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




