正装
『うわあ~、シオリ様。お綺麗ですね~』
部屋を出て、いつものようにアーキスフィーロさまの書斎へと向かったが、そこにいたのは、満面の笑みを浮かべたセヴェロさんだけだった。
「セヴェロ様。私はこの国出身ではありませんので、念のため、ご確認をお願いできますか?」
ルーフィスさんがセヴェロさんにそう言った。
『あ? ああ、そうか~。あまりにもルーフィス嬢がこの国のことにお詳しいので、失念しておりました。服については、十分で……、いや、その……、御守りは……、白だから大丈夫……か?』
どうやら、わたしの左手首にある御守りがドレスコードに引っかかるかもしれないようだ。
銀色の鎖に、白い法珠がいくつも付いている御守り。
「この御守りの存在に気付くほど、法珠の気配に敏感な方が出席されるのでしょうか?」
『いませんね。大丈夫です』
ルーフィスさんの質問にセヴェロさんはあっさりと結論付けた。
「精霊族なら気付くのではないですか?」
セヴェロさんもそうだけど、精霊族の血を引いている人間は、法力や神力の気配に敏感である。
『気付いていても口にしませんよ。そして、その御守りは、普通の人間には完全に視えないものでしょう? 白の法珠なんて、ボク、初めて見ましたよ』
確かに、普通は見ることなんてできないだろうけど……。
「わたしは普通の人間じゃなかった?」
そんな部分が気になってしまった。
同時に、ぶっふぉ~っと凄まじい何かが噴出されるような音。
『し、シオリ、様……、がっ!? 普通? 普通? ふつ~?』
大笑いしながら、床を転がるセヴェロさん。
何かがツボに入ったらしい。
だが、かなり、酷いことを言われている気がするのは気のせいか?
「さて、シオリ様。気にせず、アーキスフィーロ様の元へ向かいましょうか」
「セヴェロさんは……?」
回復を待たなくて良いのだろうか?
まだ全身で床掃除をしているのに。
「アーキスフィーロ様をお待たせしております。セヴェロ様にも、ご理解いただけることでしょう」
ルーフィスさんは笑みを深めた。
ここは逆らってはいけない場面だと判断して、素直に従う。
アーキスフィーロさまは、いつもの書斎ではなく、その隣の控えの間にいるらしい。
控えの間をルーフィスさんがノックしてくれる。
「はい」
応答があったので、ルーフィスさんに促されて、そのまま、進み……、時間が止まった。
眩しい!?
最初に思ったのは、そんなこと。
アーキスフィーロさまは、えんび服に身を包んでいた。
漫画やアニメでしか見たことがないかった黒く長い裾のジャケットは、確かに燕の尾のような形をしている。
前のボタンは留められていないが、着崩している感じもない。
白いベスト、白いシャツ、白い蝶ネクタイ!?
まさか、ネクタイが蝶ネクタイだとは思わなかった。
わたしはてっきり、あの仕組みがよく分からない、ロングなネクタイかと思っていたのだ。
あれ?
あれって、正装じゃないの?
人間界だけ?
でも、よく似合っていると思う。
でも、一番の違いは、髪型だった。
前髪を撫で上げて、オールバックにして固めている。
なんとなく、オールバックってオジサンなイメージがあったけれど、ツヤのある黒髪には凄くあっていた。
うん!
黒のえんび服とこの黒髪は、滅茶苦茶合っている!!
誰か、紙と筆記具をください!!
いや、美形の正装は本当に眼福である。
拝んで良いですか?
「シオリ様。今は、いろいろと我慢してください」
そして、付き合いの長い侍女さんには、わたしの感情がモロバレらしい。
おかしい。
顔には出していないのに。
頭の中では、まさにお祭り騒ぎ状態だけど。
「ああ、申し訳ありません」
わたしが正気に返るより先に声がかかった。
「あまりにもシオリ嬢がお綺麗だったので、言葉を失っておりました」
アーキスフィーロさまは、手を差し出しながら、そう言った。
うん。
お貴族さまは、本当にお世辞が見事だと思う。
「お褒めの言葉、ありがとうございます。アーキスフィーロさまもとても、魅力的です」
いつもと違って、不思議な色気があると言いますか。
いや、うん。
改めて、紙と筆記具をわたしにください。
そんな阿呆なことを考えながら、でも、顔には絶対に出さないようにわたしは手だけを差し出す。
アーキスフィーロさまが、わたしの心を読めない人で良かったと心底思う。
今のわたしは、全身、白い。
ドレスだけでなく、顔もいつも以上に濃い化粧だ。
白って膨張色だよね?
太って見えないかな?
いや、ここまで上半身がぴったりしたドレスだから、上半身は逆に体型の誤魔化しができない気がする。
いや、逆に考えれば、胸がそこまで大きくない方が似合うドレスってことで!
肩部分にも布地があるから、ずり落ちる心配もないしね!!
「それでは、向かいましょうか」
この世界には移動魔法と呼ばれるモノがある。
そのため、城に向かう時は、馬車などの乗り物など使わない。
だけど、流石に城内には移動魔法防止の結界があるらしい。
では、どうするか?
高貴な方々の各ご家庭には、簡易の転移門があるらしい。
その転移門を使えば、城内の転移門に行けるようになっている。
そこから会場入りするそうな。
そして、帰りは各自、外に出た後、移動魔法で自らの屋敷まで戻れとなっていとのこと。
誰もが移動魔法を使えるわけではないから、そのために、移動魔法を使える人を雇うとかなんとか。
転移門を使えば、城内の王族たちには来たことが伝わる。
まあ、結構な音と気配だからね。
同じことができる聖堂の聖運門の方は静かなのに、どうしてだろうと毎回思う。
それはさておき、つまりは、各自、邸内にある転移門までは移動しなければならないわけだ。
今回、わたしたちは、舞踏会前にある初舞台舞踏会にも参加することになるため、早めに向かわなければならない。
わたしは貴族ではないけれど、ロットベルク家が認めたアーキスフィーロさまの婚約者候補となったので、扱いは貴族に準ずるとかなんとかで、国王陛下の面前でご挨拶が必要となるそうな。
要は、いろいろなところでアーキスフィーロさまの相方として、城を含めて顔を出すことになるから、その前に一番、偉い人に挨拶しておけって話らしい。
勿論、まだ候補でしかないことは事前に伝えている。
だが、王族たちがその存在確認をしたいと言われたそうな。
虚偽だと困る、と。
それって、仲介、かつ、立会人として証言してくれているトルクスタン王子を馬鹿にしているのでは? と、思うのはわたしだけだろうか?
そして、ちょっとビックリしたのは、今回のことはわたしだけの話で、アーキスフィーロさまはそのエスコート役としての参加かと思えば、この方も、初舞台舞踏会の参加者ということである。
つまりは、二人してデビュー戦を一緒に飾ることになるのだ。
何でも、この世界に戻ってきてから、一度も舞踏会に参加したことがなかったらしい。
この世界の社交デビューは15歳以後。
それはどの国も共通している。
だが、この国は独自に初舞台舞踏会というものを行うのだ。
初舞台舞踏会自体がここ十数年のものではあるそうだけど、少なくとも三年以上、社交をしていないってことになるらしい。
まあ、つまり、その間、一度も登城をしていないってことでもある。
それだけ、あの部屋から出ていなかったのに、なんで、ヴィーシニャの花が咲くところは知っていたのかは不思議だ。
ワルツだけは踊れるそうだけど、わたしと踊ったことはまだない。
嫌がられたのだ。
いや、あれは拒否された?
練習の申し出をしたら、しっかり練習をしてから舞踏会に臨みたいと言われたのだ。
それならば、二人で練習した方が良いと思うのだけど、セヴェロさんが言うには「小さな男の矜持」というやつらしい。
さて、その「小さな」はどちらにかかっていることやら?
でも、そう言われた以上、食い下がることもできない。
わたしもその間は、ルーフィスさんに練習相手をしてもらった。
どちらで?
女性の姿から男装するのは、一体、何の装いになるのでしょうか?
いや、それでも、ちゃんと13歳雄也さんではないのだ。
あれはどう見ても、ルーフィスさんの男装姿としか言いようがない。
でも、こう!
男子中学生感が凄かった!!
いや~、少年好きに走りたくなるおね~さまたちの気持ちが少しだけ分かってしまった。
因みに、ヴァルナさんとは一度も練習していない。
今回は、身長差があまりないために、変な癖を付けない方が良いだろうと当人の方から断られたのだ。
確かに、今のヴァルナさんはわたしと身長差はあまりない。
ダンスをするために、わたしが踵の高い靴を履けば、目線はほぼ同じである。
だから、理屈としては分かる。
でも、ダンスのパートナーをお願いしては、フラれてばかりなので、微妙にショックを受けていたわたしの気持ちも理解して欲しい。
だから、ルーフィスさんが相手してくれて本当に良かった。
流石に三死は辛すぎるからね。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




