【第116章ー ギラギラな新生活 ―】開戦準備
この話から116章です。
よろしくお願いいたします。
「でびゅたんとぼ~る?」
初めて聞く単語にわたしは目をパチクリとさせた。
「社交デビューとなる舞踏会のことを『初舞台の舞踏会』と言われています」
「はあ……」
ルーフィスさんの言葉にもわたしは気の抜けた言葉を返すことしかできなかった。
社交デビューという言葉自体ははなんとなく聞いたことがある。
現代の日本設定だったけれどバレエを題材にした少女漫画で、その家のお嬢さんが社交界にデビューという言葉があったはずだ。
主人公が綺麗なドレスを着ていた。
その時は「?」だったけれど、今はなんとなく、高貴な人の大人の仲間入りみたいな印象がある。
「この世界では人間界と異なり、社交デビューを祝うような儀式はこれまでありませんでした。ですが、この国には舞踏会と呼ばれる社交の場があり、必然的に『初舞台の舞踏会』も開かれることになったようです」
丁寧に説明されてもやはりピンとこなかった。
「成人式に社交ダンスが必須である国と言えば理解できますか」
「できました!!」
それは分かりやすい。
社交デビュー……つまりは、成人式ってことか。
「この国の舞踏会は全て、王城で行われます。国営行事ということですね。ですが、貴族限定の舞踏会は二カ月に一度、開催され、その前に国王陛下の面前でご挨拶をし、パートナーとともに、ダンスを披露する場を設けているそうです」
「……国王陛下の、面前で、ご挨拶?」
ナニソレ?
「その『初舞台の舞踏会』は他の貴族たちが参加する舞踏会より2時間ほど前、まだ明るい時間帯に開催されると伺いました。これらについて、何かご質問はございますか?」
「疑問しかありません」
「それではその全てにお答えしましょう」
ルーフィスさんはにっこりと笑みを作った。
「その話を今、わたしにした理由は何故でしょうか?」
「それはこれから、シオリ様が参加されることになるからですね」
「うぐっ!!」
いや、それぐらいは分かっていたけど!
早朝から叩き起こされた上、朝ごはんを食べた後、お風呂に行ってくださいと言われ、素直に身体を磨いたけど!
「真っ白……」
見事に真っ白なドレスも着せられたけど……。
上半身はぴったりフィット。
肩や鎖骨がしっかり見える仕様で少し、恥ずかしい。
下半身はダンスで着るような広がりがあるもので、それも落ち着かなさを強調している。
円舞曲を綺麗に見せるためだろう。
まるで、ウエディングドレスだ。
ヴェールはないけれど。
いや、ウエディングドレスなら、もっと裾が長いかな?
踊ることがメインであるためか、くるぶしまでは隠れているけど、ズルズルと引き摺るほどの長さではない。
この丈のスカートは、リプテラでダンスを学んだ時にも着ていたし、ストレリチア城にいた頃にワカからも着せられたことはあった。
いや、ワカからはもっと長いスカートも着せられたことがあるけど……、アレはコスプレだったか。
「『初舞台の舞踏会』のドレスコードは全て白で身を包む必要があります。そして、白の舞踏会ドレス、長手袋は必須です」
そう言いながら、ルーフィスさんはわたしに長い手袋を差し出した。
正装時に手袋をすることは分かる。
神子装束の時も特に決められていないけれど、薄い手袋を渡されることが多い。
神装の時はしなかったけど、あれは儀式の内容的にそうなるだろう。
お湯をかける時に手袋は邪魔だ。
ルーフィスさんが持っているその手袋はかなり長い。
実際、身に付けてみなければ分からないけれど、肘を越え、肩までありそうだ。
肘より長い手袋を付けたことはあるけれど、ここまで長いのは多分、初めてだろう。
世界的に有名なアニメ映画のシンデレラが着飾った時に、やたらと長かった手袋をしていた覚えがあるが、それに似ていると思った。
でも、今、着せられているドレスは肩も脇もばっちり見えるものだから、長さ的には丁度良いのかな?
タンクトップよりももうちょっと肩部分は太目でしっかりしているけど、ノースリーブワンピースよりは、ちょっと細い。
いずれにしても、肩を出す機会なんて夏でもあまりないから落ち着かなかった。
「人間界の『初舞台の舞踏会』を参考にしているようですが、花飾りを持ったり、小さな冠を身に着けはしないみたいですね。情報を集めましたが、イギリス、フランスどころか、アメリカの様式が混ざっている辺り、発案者は本場を知っているわけでもないようです」
それは、ルーフィスさんにはその知識があるってことですね?
イギリス、フランス、アメリカの様式の区別なんて、普通、できるものなのだろうか?
個人的には、社交ダンスがイギリスで、宮廷ダンスとなればフランス、アメリカは……ラテンダンスなイメージがある。
でも、そんな話ではないよね?
アメリカにもそのでびゅたんとぼ~るってあるのかな?
まあ、恐らく、ローダンセの人たちは他国滞在期間に人間界の……、それも日本にいたみたいだからね。
社交界はともかく、そのでびゅたんとぼ~るについては、日本で情報を得ることってかなり難しいだろうとは思う。
それでも、やりたかったんだろな~と思えば、なんとも言えない気分になる。
今、この国にいる高貴な人間で、ワルツを踊れないのは恥となるらしい。
それは王族が気に入ってしまったことに他ならない。
王族が推奨したから、高貴な方々を含めてそれに異を唱えることができないのだろう。
社交ダンスがこの国に受け入れられて十数年。
歴史としては浅いが、それでも、高貴な人たちには浸透し、さらに次の世代へも引き継がせる勢いではある。
これはこれで、この国の歴史にはなっていくのかもしれない。
「男性は何を着るのですか?」
普通に考えれば、タキシード……かな?
なんとなく、とある少女漫画に出てきた仮面をつけた人を思い出す。
「Tailcoat……、失礼、燕尾服ですね」
「えんび服……」
燕の尾みたいに二股に分かれている服だっけ?
ネクタイは赤?
あ~、知識が全くないから、このあたりがさっぱりだ。
「そして、人間界では男性に『初舞台の舞踏会』のような儀式はありませんが、この国は、男性も同じように行うらしいです」
人間界は女性限定だったらしい。
そうなると、男性も白ネクタイ?
本格的に結婚式みたいだ。
そう言えば、この世界で結婚式ってまだ見たことがない。
葬送の儀はあるのに……。
「燕尾服であるため、タイは白。女性と異なり、白手袋は短いものを使用します。人間界の結婚式などでは、男性の手袋は身に着けず、手に持つものらしいですが、この国では身に着けるようですね」
「手袋を手に持つ?」
少女漫画で見たことがあるけど……、それはなんでだろう?
なんとなく、写真を撮る時だけだと思っていたけれど、違うのだろうか?
「結婚式で外すのは、不戦の誓いらしいですよ」
「何故に!?」
あれ?
不戦?
手袋って決闘を申し込む的な何かじゃなかったっけ?
寧ろ、好戦的なイメージしかないのだけど?
「そうですね。ここでお答えしてもよろしいのですが、それについては、またの機会にしましょう」
「へ?」
あれ?
教えてくれないの?
「いつか、シオリ様がご結婚される時にお教えしましょう」
「先が長すぎる!?」
「そうですか? あっという間だと思いますよ」
クスクスと笑うルーフィスさん。
「ぐぬう……」
なんか悔しい。
そして、答えが分からないままなのは、モヤモヤっとする。
だけど、この世界で人間界の風習など分かるはずもない。
でも……。
「そんなに長い間、お付き合いしてくださるのですか?」
それが、ちょっとだけ嬉しかった。
わたしの結婚なんて……、かなり先の話だ。
多分、どんなに早くても、5,6年ぐらい先だと思う。
「はい。この関係が続く限りは、ずっとお側にいるつもりですよ」
ルーフィスさんはそう言いながら微笑む。
「それとも、ご迷惑ですか?」
「いいえ!!」
わたしは力強く叫んだ。
「すっごく! 嬉しいです!! ありがとうございます!!」
「そこまで喜ばれると、私も嬉しいです」
わたしの言葉にルーフィスさんも喜んでくれた。
それが、さらに嬉しかった。
だから、気付かなかったのだ。
この時、雄也さんが、口にしていた言葉の本当の意味が。
この人は、一体、どこまで予想していたのだろうか?
主人公が着ているドレスはデビュタントらしく真っ白なボールガウン。
タンクトップのスクエアネックタイプです。
肩ひもなしや片側のみは、性格上、無理だと判断しました。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




