何故、あの場所にいる?
今日はなかなか、手応えのある魔獣だった。
火属性の耐性があったらしく、最初の一撃では終わらなかった。
まあ、それでも水尾さんの敵ではなかったのだが。
彼女の主属性は確かに火属性だが、それ以外の属性も満遍なく強いのだ。
森の中で火属性魔法は基本的に推奨されないが、水尾さんほどの命中精度が高ければ、全く問題はない。
あの人、木々の隙間からでも、火魔法を狙い撃てるんだ。
しかも複数を同時に。
それなら、得意魔法を多用することに異論はない。
だが、今回の標的だった「獅子型魔獣」は火属性魔法に耐性があったのだ。
そうと気付くと、すぐさま、水尾さんは地属性の拘束魔法を使い、光属性の魔法で貫いた。
オレがやったことなんて、その後の解体を含めた後処理ぐらいだ。
しかも、水尾さんが指定の場所で拘束魔法を使ってくれたから、その後処理もかなり楽だった。
やはり、事前準備は大事だ。
それだけで、余計な作業工程が減ってくれる。
ふとある方向を見た。
「なんで、あんな所にいるんだ?」
思わず、顔を顰めてしまった。
今日は桜に似た花を見に行くと聞いていたのに、あの場所にいるのはおかしいだろう?
「城なんか見て、どうした?」
後ろにいた緑色の短い髪の女性から声を掛けられる。
「いや……、ちょっと気になって」
城下にいなくても、高台にあるあの城はよく見える。
「あ~、大気魔気の調整が上手くいっていないっぽいからな」
「え?」
「あ? それで、見ていたわけじゃないのか?」
水尾さんは不思議そうな顔をした。
「ちょっと気になる気配があっただけですよ」
「気になる気配?」
そう言いながら、水尾さんは目を細めて城を見る。
魔気を感じ取る識覚能力に、視力は関係ないが、遠くを見るために、気分的な行動なのだろう。
「なんで、あんな所にいるんだ?」
「さあ?」
その建物のすぐそば……というより裏手側に、何故か見知った気配を感じたのだ。
「今日は花見に行くって話だったよな? あんな所に花があるのか?」
「オレはローダンセ城に行ったことはないので分かりません」
「まあ、普通は城の裏側なんかに用はないよな」
城の裏から出入りする人間など、そこで働いている人間ぐらいだろう。
もしくは、出入りを許可されている商人などの業者か。
「ところで、大気魔気の調整が上手くいっていないってどういうことですか?」
「あ? ああ、城ってどの国も例外なく大気魔気が濃いところに建てられているものなんだが、あの城は濃いままなんだよ」
「例外はないんですよね?」
例外なく大気魔気が濃い場所に築城したのなら、特におかしな話ではないと思うのだが違うのか?
「ヴァルナは、大気魔気が濃い所に城を建てる理由は分かるか?」
「魔力の強い人間を集めて、大気魔気の調整をさせるためでしょう?」
それがどんな仕組みになっているのかは分からないが、確かそんな話だったと思う。
だから、国で一番大気魔気が濃い場所に、国で一番魔力が強い人間を置いて、調整させるって話だったはずだ。
なんとなく、空気清浄機みたいだよな? ……とは思った。
大気中の塵を取り除いて、人体に影響のない空気にする感じだから。
薬も過ぎれば毒となる。
本来、魔気は身体に良い存在であるはずだけど、あまりにも濃すぎる場所では、体調を崩すらしい。
尤も、オレはそんな状態になったことがないのでよく分からんが。
「そして、あの場所は大気魔気が濃い。それがどういう意味なのかは分かるか?」
「空気清浄機が、仕事していないと言うことでしょうか?」
「今、何か微妙に変じゃなかったか? その……、言葉の響きみたいなものが……?」
「気のせいでしょう」
うっかり心の中で思っていたことを口にしてしまっただけだ。
それでも、口から出た声は、ちゃんと「王侯たち」だった。
「まあ、仕事をしていないって言うか、魔法を使っていないんだろうな。契約の間も、使わないと魔力溜まり……、大気魔気の濃度が増し過ぎて気分が悪くなったり、頭痛がするようになる」
「そうなんですね」
「そうならないようにするためには、定期的に王族が契約の間で魔法をぶっ放すのが一番だって聞いた。尤も、4歳以下の子供だと王族でも、周囲の大気魔気よりは契約の間の魔気は濃いから当てられることはあるらしい」
この辺りは、オレが全く知らない知識だ。
「5歳以下は契約の間を使うと危ないのですか?」
「その辺りは魔力の強さにもよるけどな。王族専用の契約の間を使用するのはあまり推奨されなかった。我が国の場合は、王族の幼少期専用の契約の間が別に準備されていたが、他国はどうなんだろうな」
確かに魔法国家アリッサムは世界のどこよりも大気魔気が濃い場所だったとは聞いている。
今はその大気魔気の濃かった場所は、アリッサムという国と共に完全に消失し、砂漠しかないらしい。
「オレ、3歳で城の地下に放り込まれていますけど……」
あえて、どこの国とは言わない。
盗聴防止の魔法具を互いに付けてはいるが、オレの知らない手段を持っている人間がいないとも限らないのだ。
「……幼少期専用の部屋ではなく?」
「最近、里帰りした際に、主人も使用した場所なので、あの国は特に区別をしていないんじゃないですかね」
「いろいろツッコミたい」
「そこはご容赦を」
水尾さんとしては、なんでそんなことになっているのかを聞きたい所だろう。
オレたちがセントポーリア城下に行っていたことは知っているが、まさか、セントポーリア城に行っていたとは思わなかったはずだ。
いや、オレも挨拶だけのつもりだったんだがな~。
なんで、城下の森だけでなく、セントポーリア城に滞在することになったんだか。
「主人は里帰りを楽しんだか?」
「どうでしょう? 楽しんでくれたなら良かったのですが……」
楽しいことばかりではなかっただろう。
数日ほど、高熱出してぶっ倒れた。
城下の森では歌っただけで不思議現象起こした。
オレも使えない「識別魔法」を使えるようになった。
本当に、ハプニングもトラブルも、絶えなかったのだ。
「楽しませなかったのか?」
人聞きが悪いことを言われた。
「オレは楽しかったけれど、主人が楽しんだかは別の話でしょう?」
本当に楽しかったのだ。
一生分の思い出を貰えた気がした。
―――― ヴァル
あの甘い声は今でも耳に残っている。
たった一日だけのオレの恋人。
ここで名乗るための名前を考えた時、「ヴァル」という言葉を入れたいと思ってしまったほどに。
「そんな顔をしているのに、本当に良いのか?」
「何のことでしょうか?」
水尾さんの問いかけの意味を掴みかねて問い返す。
「今日だって、主人よりも私の方に来た。本当は、残りたかったんだろ?」
「ルーフィスが残っているから大丈夫ですよ。あっちの従者が一人なのに、ゾロゾロついていくわけにはいかないでしょう?」
兄貴がいれば、問題ない。
主人の側にいるだけが、オレの仕事ではないのだ。
いや、それは後付けの理由だな。
やっぱり、あまり見たくはないのかもしれない。
あの主人が別の男に向けて、笑っている姿を。
「そろそろ戻りましょうか」
「ああ」
ここでいつまでも城を見つめてぼんやりとしていても仕方がない。
あの城が、大気魔気が濃いという部分も気にはなったが、それはオレが考えることではないだろう。
それにあの場所に兄貴がいるなら、そのことにも気付いているはずだ。
大気魔気が濃いならば、周囲の人間たちにも少なからず影響がある。
常に、主人の身体に変調がないよう、細心の注意を払っている兄貴のことだ。
原因と対策を取らないはずがない。
そして、オレたちは城下に戻った。
「あ……」
「お?」
何かに包まれる気配があった。
それは、本当に一瞬と言っても良いほど短すぎる時間。
水尾さんも同じものを感じ取ったらしい。
だけど、それが何の気配であるか。
それは誰よりもオレが一番知っている。
「城も城下も、それなりに結界があるはずなんだけどな」
水尾さんが苦笑した。
先ほど感じた気配は、魔法というよりも、聖女の守護の方に近いものだった。
随分、器用になったと思う。
ここは確かに城下ではあるが、主人が今いる場所からは、結構な距離があったというのに。
それでも、あの主人はオレたちのために、祈ってくれたことが分かって、いろいろと複雑な思いを噛み締めるのだった。
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