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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 弓術国家ローダンセ編 ~

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Unknownな彼女

 改めて思う。

 俺の前に現れた女性は何者なのかと。


 警戒心が強いはずの従僕が、あんなにも表情豊かに、会話をしている。


 笑うことはあった。

 周囲には子供っぽい笑みを、俺には胡散臭い笑いを。


 それは明らかに作られた顔だった。

 だが、驚き、怒りなどの内面から表れる感情はそう簡単に見せることはない。


 あの精霊族は見た目どおりの年齢ではない。


 何よりも「水鏡族」はその姿を変えることができる。

 そんな種族に外見など些細なことだ。


 今は、()()()()()()()()()()()、十代前半の容姿をしているが、その実、前当主夫人よりも年上だとは聞いている。


 その事実を確認する(すべ)はないが、良くも悪くも嘘を口にしないヤツである。

 人間よりもずっと長い寿命である精霊族ということもあって、恐らくは本当のことなのだろう。


 俺との付き合いは三年を超える。


 それでも、その間に攻めるどころか、挑むような会話など、俺相手にもしたことはないだろう。

 ヤツの言葉の端々から、かなり楽しんでいる様子が伺える。


 それにしても、俺が不勉強なだけか?

 それとも、彼女の教養が深いだけか?


 信じられない話が先ほどから次々と飛び出している。


 しかも、それに対してヤツも驚きを交えながらも応じている。

 そして、彼女の話、考え方について全く否定しない。


 寧ろ、事実として受け入れ、さらに言葉を付け加えて返し、それが新たな話題へと繋がっていく。


 そのことに驚きを隠せなかった。

 それらは何処で得た知識なのだ?


 ヤツは分かる。

 俺と出会う前からの知識があるのだ。


 それも、前当主夫人よりも長く生きているのなら、その三分の一も生きていない俺の知識よりも、ずっと積み重ねてきたものがあることは理解できる。


 だが、彼女は違う。

 出会った時の年齢に偽りがなければ、俺と同じ年齢であるはずだ。


 しかも、庶民だと本人は言っていたし、トルクスタン王子殿下もそのことは否定しなかった。


 自分が知らないだけで、他国は庶民に至るまでそれだけの教育をされていることが普通なのか?

 だから、「学舎」に興味を持った?

 他国に比べて、この国の教育が足りていないと思って?


 いや、あの精霊族は先ほど言っていた。


 あの大気魔気に関する知識を普通はそこまで持っていない。

 彼女の知識を今も知る者は、王族の一部か、上神官以上の神官、そして、寿命の長い精霊族ぐらいだと。


 そのことから、誰もが持っているものではないことは分かる。


 先ほど彼女自身から告げられた「暗闇の聖女」……。

 恐らく、友人……、いや、前に言っていた家庭教師(ガヴァネス)の通称だと思う。


 俺は聞いたこともなかったが、セヴェロは知っていたから、名前の知れた人物であることは間違いない。


 いずれにしても、彼女がかなりの教養を持っていることに変わりないのだが。


 そして、その背後にいる侍女に対しても、驚きを隠せない。


 セヴェロよりも先に、第三者がこの場に立ち入れないような対策をとっただけでなく、念を入れてここでの会話が漏れないような措置を施していたという。


 それだけでなく、この場での会話に対して驚くこともなく、主人の背後に立って、その気配そのものを完璧に消している。


 さらに、彼女からの確認に対しても、淀みなくこの国の王族たちの年齢を(そら)んじ、俺だけでなく、精霊族で情報収集にも余念がないセヴェロすらまだ掴んでいない王族たちの状態まで知っていた。


 この国の王子、王女は他国と比べてもかなり多いというのに。


 魔力に不安がある人間が多いためらしいが、はっきりとした陛下のお考えは分からない。

 何故、あんなにも庶子を増やし続けているのかは、誰も本当の理由を知らないのだ。


 尤も、深い理由があるのだと思い、咎めることもせず、皆、粛々と従っている。


 ―――― ただ盲目的に従うのは、誤った道を進ませても問題ないと見放していることになるとは思いませんか?


 真っすぐな黒い瞳は、俺を咎めるでもなく、自身の考えを口にしただけだった。


 あの彼女の言い分も分かる。

 それが正論であることも。


 だが、それでも幼少期の俺に拒むことなどできるはずもなかった。


 当時、三歳になってもいなかった。

 そんな時期に王族どころか、育ててくれている親にすら逆らうことなどできる子供などほとんどいない。


 三カ月に一度、当主に引き摺られるように登城させられ、妖し気なお茶を飲まされた後に真っ暗な部屋に閉じ込められる。


 部屋の明かりの点け方も知らず、自分で照明となる魔法も使えない。

 意識が混濁するほどの濃密な水の気配に、何度も溺れる自分を幻視していた。


 あれが、彼女たちの言う「大気魔気の調整」というのなら、そうだったのだろう。

 大陸中の水が自分の身体に押し入ろうとしている気がしたのは、錯覚でもなかったらしい。


 何故、自分が選ばれたのかなんて、都合が良かった以外の理由があるはずもない。


 魔力が強く、かつ、王族にも当主にも逆らえない立場の人間。

 精神は脆く、暴走しやすいため、社交も難しい。

 生きていても目障りで、死んだところで問題のない存在。


 それが、このローダンセのロットベルク家第二子。


 だが、その不思議な行為も、俺が魔力を暴走させ、第二王女殿下を害したことによって終わった。

 それ以後は、王女への償いのために国中の魔獣退治をしろという命令に変わったけれど。


 それでも、この人間界からこの国に一時的に帰ってくる時は、必ず、数時間(数刻)は、城で過ごしていた覚えがあるが。


 それを知ったら、彼女はどう思うだろうか?

 セヴェロと同じように俺のために怒りを覚えてくれるか?


 それとも、国のためなら仕方ないと他の人間たちのように従うことを強制させるだろうか?

 どちらも違う気がする。


 彼女は正論を口にしても、強要はしない。


 そして、その意見を綺麗ごとだと、偽善だと切り捨てても、そこに哀しみはあっても、憤ることもないだろう。


 深みに嵌る。

 囚われる。

 あの真っすぐな黒い瞳からは逃げられない。


 俺の眼よりも数段上の魔眼だ。

 分かりやすく異性の心を惑わせる「魅惑」ではなく、気付いたら雁字搦めにされている「魅了」。


 さらに、その仕草には品があり、ふと見せる表情は人の心を掴んで離さない。

 知識は、長く生きる精霊族すら驚くほど多岐にわたり、仕事ぶりも有能。


 魔力は俺を凌駕し、他者の魔力が暴走しても逃げることなく落ち着いて対処できる。

 適応力が高く、状況判断も早い。


 何より、上に立つ者としての意識を強く持っていながら、下に伏す相手への気遣いも十分すぎるほどにある。


 セントポーリアの王子殿下が他国まで手配するわけだ。

 ()()()()()()()()()()()


 男としては、劣等感を刺激される可能性が高いが、それらを呑み込めば、素晴らしい伴侶が手に入る。


 これほどの女性をトルクスタン王子殿下は、よくも俺なんかに託そうとしたものだ。

 その気になれば、セントポーリアの王子殿下以外の王族へ嫁すこともできるほどだとお世辞抜きで思う。


 身分こそないが、それらはカルセオラリアの王族と養子縁組するだけで解決する話だというのに。

 

 だが、この国の王族に……、とは思わなかった。

 これだけの女性が、身も心も磨り潰され、骨の髄まで利用されてしまうのは見るに堪えない。


 利用されるのは俺だけで良い。

 俺までで良い。


 それ以上は過分だ。


 あの黒い瞳は、綺麗なモノだけを映して欲しい。

 この国の王族など目に入れる必要はない。

 桜の花(ヴィーシニャ)を見て、感涙するほどの美しい心のままでいて欲しい。


 俺のような人間が、そう願うこと自体など、烏滸がましいとは思うけれど。


 ふと、彼女が、俺の心を読んだかのようなタイミングで、斜め上にあるヴィーシニャを見ながら、何故かその動きを止めた。


 その黒い瞳が揺れたが、そのまま自分の両手を身体の前で握り、その目を閉じる。

 その横顔すら目が離せない。


 まるで、()()()()()()()()()()()()()()()ような姿。

 

 それは5秒にも満たない時間だっただろう。

 だが、周囲の時を止めるには十分すぎた。


『シオリ様……?』


 あの無神経な精霊族すら戸惑うように声を掛けた。


「ああ、ごめんなさい。ちょっと疲れが出たみたいです」


 疲れ?

 今の姿が?


「気の抜けた顔だったでしょう? お恥ずかしい限りです」


 そう言いながら、恥じらう姿を隠すように顔を俯かせる。


 あれが……、気を抜いた顔?

 周囲が息を呑むような、精霊族すら目を奪われたようなあの姿が?


 深みに嵌る。

 囚われる。

 興味を惹かれる。


 それなのに、何人(なんぴと)たりとも手が届かないと錯覚してしまう。


 桜が綻ぶような笑みは清らかで、桜が咲き誇るような華やかさを携え、桜が散るような儚さを持つ。

 この国のヴィーシニャではなく、人間界の桜のような女性。


 だから、何度でも思ってしまうのだろう。


 彼女は一体、何者なのか?


 そんな疑問を。

今回の表題は「U.N.Knownな彼女」と迷いましたが、無難な表題にしました。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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