国のために
『あ~、クソだ、クソだと思っていたけれど、こんなにもクソだったとは思わなかった』
冒頭から酷い言葉を吐くセヴェロさん。
「俺は、説明された後でもよく分からないのだが……」
アーキスフィーロさまは首を捻る。
どうやら、魔力の強い人間が、大気魔気を調整することができるというのがピンとこないらしい。
しかも、自分が知らない間にその一部を担っていたというのもどこか信じられないようだ。
まあ、無意識のことだ。
そこにいるだけで、惑星の安定に繋がり、日々の安寧となるなんて言われてもイメージしにくいのは当然だろう。
それでも、わたしだけでなく、信用しているセヴェロさんが同意しているから、なんとか呑み込もうとしていることは分かる。
『この国の王家がクソってことですよ!!』
「おい」
流石に王家を直接、口汚く貶すような言葉を連呼するのは聞き逃せないのか、アーキスフィーロさまが短くもはっきりと咎めると……。
『失礼。ですが、事実です』
「誰が聞いているか分からない。ここは俺の部屋ではないのだ」
気にしたのは王家に対する不敬な言葉よりも、周囲だったらしい。
『その点は大丈夫です。ルーフィス嬢が事前に、人除けと、防音の措置を施してくれています』
セヴェロさんは感覚が鋭いらしい。
ルーフィスさんは、この場所に来て、割とすぐに、人除けと防音の結界を張ってくれていた。
わたしたちがこの場所にいることを誰にも気付かれたくなかったのだろう。
ここが、考えている通りの場所ならば、割ととんでもない話だ。
なんて場所に連れてきてくれたのか。
いや、確かに人気は少ないだろうけど。
嘗血をしたために、前よりずっとルーフィスさんの気配を身近に感じている。
だけど、やはり、ヴァルナさんほどではない。
「ルーフィス嬢が?」
『そうでなければ、ボクだって、こんな場所で、こんな話題はしませんよ』
「それは手間をかけさせたな。ありがとう」
アーキスフィーロさまはルーフィスさんに頭を下げる。
「お気になさらないでください」
そして、ルーフィスさんは微笑む。
「私たちがここにいることは、内密のことでしょう?」
わたしもそう思っている。
バレたら、かなり大変な事態だろう。
アーキスフィーロさまでなく、セヴェロさんが連れてきた理由も分かる。
恐らくは、ルーフィスさんやヴァルナさんでも、ここに直接来るのは容易ではないだろうから。
『一応、言っておきますけど、ボクもここに来たら気配遮断と防音をするつもりはありました。少しだけ、ルーフィス嬢の方が早かっただけです』
ここに来ることが分かっていたなら、セヴェロさんが何もしないはずはない。
先ほどの話から、アーキスフィーロさまにとって、あまり良い場所とは思えないから。
「承知しております」
それでも、ルーフィスさんは少しでも早く行動したかったのだろう。
この場所は、アーキスフィーロさまだけでなく、わたしにもあまり良くはなさそうだ。
『いや、それより、ご主人様? 貴方は怒らないのですか?』
「俺が? 何故?」
セヴェロさんの言葉にアーキスフィーロさまがきょとんとした顔をした。
『理屈は分からなくても、王族たちが貴方を利用してきたこと、再び、利用していることを知ったわけでしょう? もっとこう、反応ってものがあっても良いんじゃないですか?』
セヴェロさんがそう言うが、アーキスフィーロさまは首を横に振る。
「臣下たる者。陛下を助け、国のために尽くすことが仕事だ。俺の無駄にある魔力が国のために生かされていたのなら何も問題はない」
『お人好し』
「違う。これは俺の我が儘だ」
我が儘?
そうだろうか?
臣下の忠誠……、というより、多分、この方は、真面目なだけだと思う。
上の決定に従う。
それはそれで有りだとは思うが、それを忠誠かと言われたら、ちょっと違うかなとも思ってしまうのだ。
仕えるべき君主が愚かなら、諫めるのが忠臣だとわたしは思っている。
少なくとも、今、背後にいる侍女と、またも城下にいない侍女は、主人に対してそう接してくれるから。
主人が阿呆なことをすれば、その身体を張って止めてくれるし、必要とあれば、その命を懸けることも迷わない。
重すぎて、身震いしたくなるほどの忠誠。
『幼い頃から利用されていたという事実が分かったのです。少しぐらい逆らっても文句しか言われませんよ』
「現状、言われている。ただ先ほどの話の全てを理解できたとは思わないが、何度もある登城の要請は、王家にとっては重要な意味があると分かって、少しだけ安堵している」
そう言いながら、口元に微かな笑みを浮かべる。
この方は本気でそう思っているのだろうな。
『シオリ様、どう思います? 普通なら、ブチ切れて、慰謝料を要求しても良いと思いません?』
慰謝料は不法行為に対する損害賠償金……じゃなかったっけ?
だけど、今回は法そのものと言っても過言ではない王族、王家からの指示だ。
それはちょっと違うと思うけれど……。
「慰謝料はともかく、アーキスフィーロさまに何も教えず、何も伝えていないのは、少々、気にかかります」
騙し討ちとはちょっと違うのだろうけど、最低限の説明責任はあると思うのだ。
幼い頃、何度か魔力泥酔と呼ばれる状態に陥っているなら、尚のことだろう。
身体もできていない、魔力も成長途上の状態で、何度も魔力泥酔を起こすのは多分、普通じゃないと、この世界の常識を知らないわたしでも理解できる。
「そして、それらのことをアーキスフィーロさまが全く気にかけていない点も」
魔力泥酔というのはよく分からないけれど、濃密すぎる大気魔気が身体によくないことは聞いたことがある。
王族なら、それも仕方ない。
もともと器も魔力も一般よりは頑丈だ。
さらに大気魔気の調整は王族にとって大切な仕事だとわたしはセントポーリア国王陛下より伺っている。
人間界にも「高貴さの背負うべき義務」って言葉もある。
確か、高い社会的地位には相応の義務が伴うこととか、貴族の暗黙の了解だったはずだ。
おフランスの言葉だったと思うけど、自信はない。
「王族の命令は絶対です。登城要請の方は幸い、強制ではないためになんとか当主が断ってくれているようですが」
「それは存じております。上の方からの指示に対して、ある程度、従うことは必要でしょう。ですが、その指示に対して何も疑問に思わず、ただ盲目的に従うのは、誤った道を進ませても問題ないと見放していることになるとは思いませんか?」
アーキスフィーロさまの考えが間違っているとは思わない。
でも、アーキスフィーロさまに仕えているセヴェロさんは少なくとも、王家の人間たちの考え方に賛同していないし、納得することも理解すらできてきない。
その考え方のズレは、主従関係を歪ませてしまう気がする。
『そうですよ! だから、ボクは声を大にして言わせていただきます!!』
セヴェロさんは我が意を得たりとばかりに拳を握りしめ……。
『アーキスフィーロさまの「没分暁漢」!!』
……ああ、うん。
なんか、難しい言葉だけど罵っていることは理解した。
多分、分からず屋って意味じゃないかな?
『ほらほら、シオリ様もご一緒に! 唐変木! 分からず屋! 朴念仁!!』
よくそんなに同じような意味合いの言葉が出てくるなと感心する。
わたしの、自動翻訳機能……どうなっているんだろう?
実際に、こんなに種類を変えているのかな?
いや、そんなところに感心している場合ではない。
「いえ……。アーキスフィーロさまも分かっているとは思うのですよ?」
『は? この物分かりの悪い男が?』
確かに頑固なところはあると思う。
融通が利くタイプでもなさそうだし、簡単に軌道修正できるような人生を歩んできてもいないだろう。
「ただ、セヴェロさんがアーキスフィーロさまのことを凄く心配していることは何一つ伝わっていないと思います」
「『は?』」
セヴェロさんとアーキスフィーロさまの声が重なった。
「心配? セヴェロが?」
ほら、伝わっていない。
『は? マジで!? あんた、馬鹿か?』
ほら、全く伝わっていないことに気付いていない。
心が読める人なのに、人間の感情の流れは、精霊族には分からないのだ。
『心配するに決まってるだろ!? あんたは、これまで王族に使い潰され、身内からも扱き使われ、周囲からは謂れのない中傷を受け、元婚約者には散々利用された上に振られ、ボクの言葉を全て真に受ける。こんな魔力と顔しか取り柄のない男を見捨てられるかよ!?』
おおう。
かなりいろいろなものが溜まっていたご様子。
「俺は見捨てられても恨まないが……」
『その自身を平気で蔑ろにするところとか、ボクは滅茶苦茶、腹が立ってんだよ!!』
あ~、こんなに心配しているというのに、無頓着というか、自分を大事にしないのは、それは腹が立つかもね。
…………あれ?
今、一瞬、黒髪の誰かさんのかなり不機嫌な顔が思い浮かんだような?
気のせいか。
気のせいだね。
気のせいに決まっている。
『とにかく! アーキスフィーロ様はもう少し自分を大事にしてください。貴方の身を案じる人たちに失礼です』
何故だろう?
耳と胸が痛い。
「そんな人間など……」
そう言いかけて、アーキスフィーロさまは動きを止めた。
「そうか。今は貴女がいてくれるのか」
わたしを見つめながら、小さな声を漏らす。
「わたしだけではありません。先ほどからセヴェロさんもかなり心配されていますし、トルクスタン王子殿下も、ずっと、あなたのことを気に掛けておられます」
そうでなければ、セヴェロさんは何度もわたしを試すようなことはしないと思う。
何より、今回のお見合いの発端となっているトルクスタン王子も、わざわざアーキスフィーロさまにわたしを紹介はしていないだろう。
それをアーキスフィーロさまが気付いていないのは寂しいことだと思う。
「そうか……、いえ、そうですね」
アーキスフィーロさまは小さく、本当に小さくだけど……。
「俺は、まだここにいても良いのか……」
そんな呟きを零したのだった。
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