それぞれの国の問題は
『アリッサムの隣国であるピラカンサとクリサンセマムにまで砂漠化が侵攻しているから問題になっているんですよ?』
セヴェロさんはそんな事実をあっさりと口にする。
『ああ、問題ではありませんね。大問題でした』
言い直したところで、事実が変わるわけではない。
「そんな話は聞いたこともないが?」
アーキスフィーロさまが訝し気な顔をする。
わたしは、異常気象の話は聞いていたけれど、まさか、そこまで深刻な状況だとは思わなかった。
『それはそうでしょう。フレイミアム大陸の……、特にクリサンセマムが中心となって、情報を隠匿していますからね。ウォルダンテ大陸の国は知らないと思いますよ。情報国家イースターカクタスは知っていると思いますけどね』
「何故だ? そこまで深刻ならば、他大陸に助力を乞うべきではないのか?」
『アーキスフィーロ様は馬鹿ですか? 他国に弱みを見せる国家がどこにいるのです?』
口の悪い従僕は、こんな時でも遠慮はしない。
『それぞれの国の問題はそれぞれの国で解決する。一つの国だけでなく、大陸の問題ならば大陸内で。それが、この世界の常識でしょう?』
セヴェロさんはそう言いながら薄く笑う。
『尤も、単に魔獣だけの問題ならば、各国から冒険者、傭兵などをこっそりと呼び寄せれば良いだけのことです。あの方々は、報酬の折り合いが付けば、国を越えることにも抵抗はありません。各国の騎士を含む常備兵を連れ帰るよりは、他国に現状が伝わりにくいでしょう』
フレイミアム大陸の国々にも、騎士や兵士はいると思う。
でも、どの国を見ていて思うけれど、兵士も結構、質の差があるのだ。
ストレリチアのように他国からの人間が多く出入りする国の兵の質は高い。
法力を使う神官相手にも立ち回れるように、神官騎士と呼ばれる法力を使える騎士たちもいるほどだ。
セントポーリアは国王陛下の身辺を護る近衛兵と、城門や城下を護る守護兵の質は悪くないと九十九が言っていた。
だけど、そんな兵たちを使わず、他国から、魔獣退治を生業としている冒険者や、正規の兵ではない傭兵たちを他国から連れてくるという。
そうなると、フレイミアム大陸のアリッサム以外の国々は違ったと言うことだろうか?
『それでも、大気魔気の激しい乱れだけは、誤魔化しようがありません。この世界の生命体は、例外なく濃密な大気魔気の元では魔力泥酔を起こしますし、希薄な大気魔気に在れば魔力欠乏症となりますからね』
魔力泥酔……。
言葉から想像すると酔っぱらう感じ?
でも、大気魔気が濃密な場所に行っても、そんな状態になったことは多分、ないと思う。
単純にわたしが鈍いだけ?
魔力欠乏症の方も多分、ないかな。
『アーキスフィーロ様もシオリ様も、自身の体内魔気がお強いから、多少、大気魔気が濃い所に行っても、魔力泥酔を起こすことはほとんどないでしょう。無意識に自分の体内魔気を放出させ、周囲の大気魔気を調整してしまいますから』
ああ、なるほど。
そこで調整が働くわけか。
『その代わり、体内魔気が強すぎるために、大気魔気が薄くなる場所や、転移門、国境など、大気魔気の変化が激しい場所では、魔力欠乏症を起こす可能性はありますね』
ふごっ!?
わたしは国境を越えたり、転移門を使うと何故か、変な症状を起こす。
まさか、あれが魔力欠乏症だった……?
『ああ、魔力欠乏症と言っても、本当に身体から全ての魔力がなくなるわけではないですよ。それと似たような状態……、単純に空気の入れ替えみたいなものです。症状としては、体内魔気は正常なのに、魔法力が枯渇した時のように、肉体が脱力し、意識が混濁します』
……なんだろう?
その換気みたいな表現。
『これまで身体に入っていた大気魔気を一度、綺麗に出して、新たな大気魔気を取り込むタイミングで、体内魔気が強い割に、大気魔気の取り込み方が下手な人間が、うっかり自分の体内魔気まで大放出してしまうらしいですね』
「大放出……」
いや、その単語に気を取られてしまったけれど、わたしは大気魔気の取り込み方が下手という衝撃の事実が発覚した。
『魔力が暴走しやすかったり、魔法の出力調整が苦手な人間に多いとされています。おや、アーキスフィーロ様? お心当たりがありますか?』
「心当たりしかないことは知っているし、お前も承知のことだろう?」
『はい、勿論』
セヴェロさんは酷い皮肉を口にするが、アーキスフィーロさまは慣れたご様子。
そして、暴走云々はともかく、魔法の出力調整についてはわたしも心当たりしかない。
「アーキスフィーロさまはセヴェロさんが言う、魔力欠乏症を起こされたことがあるのですか?」
「これまで、私は国境を越えたことがありませんが、人間界へ行き来する際に、意識を飛ばしたことがあります」
おおう。
アーキスフィーロさまは、お仲間だったらしい。
それだけで、ちょっとした親近感が湧いてくるのは何故だろう?
「わたしも起こしたことがあります。お仲間ですね?」
「シオリ嬢も?」
「はい。わたしは、セヴェロさんが言ったように、魔法の出力調整が苦手でした。恐らく、それが原因なのでしょうね」
今でこそ一言魔法があるからマシにはなったけれど、わたしの通常の魔法は相変わらず突風型、竜巻型要素が強いままだ。
そして、周囲にいる魔力が強い人たちとの最大の違いでもある。
真央先輩は魔力が強いけれど、それは、わたしのように出力調整が下手とは違うっぽかった。
『そこでお二人のお互いに対する好感度が上昇したところで、話を続けてもよろしいでしょうか?』
ぬ?
好感度が上昇?
まあ、下降はしていないだろうけど。
でも、恋愛シミュレーションゲームっぽくて、なんとなく、複雑な気分になるのは何故だろうか?
『体内魔気が大気魔気によって影響を受けるように、大気魔気も人間の体内魔気から影響があります。尤も、普通は人類の体内魔気が大気魔気に与えるものなど微量でしかありません。大海原に一掴みの塩を投げ入れたところで、海水の塩分濃度に影響がないのと同じです』
塩分濃度とな!?
分かりやすいけど、意外な言葉のチョイスにちょっと驚いた。
『それでも、この世界にはその場に立つだけで、文字通り周囲の空気を変えてしまう怪物……、失礼、怪傑たちが存在します。分かりやすいのが王族ですね。たった一人で、重大な局面をひっくり返してしまうほどの存在です』
この場合、周囲の空気を変えるというのは、大気魔気のことだろう。
真央先輩や水尾先輩のように魔力が強いと、空属性の大気魔気の中に在っても、体内魔気の放出だけで、周囲を完全に火属性の空気に変えてしまうことできてしまうから。
『人間は、そこにいるだけで大気から魔力を取り込み、体内の魔力を放出させます。それぐらいはアーキスフィーロ様もご存じですよね?』
「ああ」
セヴェロさんが言うように、人間は大気魔気を身体に取り込んで、体内魔気として放出させているらしい。
現代魔法は自分の体内魔気と周囲の大気魔気を融合させて使うのだが、それとはちょっと原理が違うと水尾先輩は言っていた。
無意識に全身から大気魔気を取り込んで、表層魔気として形成しているのだから、皮膚呼吸の機能なんじゃないかと、なんとも大雑把な話をされたことがある。
『大気魔気が濃密な空間で魔力泥酔を起こすのは、その機能のためです。自分が取り込める量以上の強い魔力が勝手に体内に入り込んでくるので、体内で処理しきれなくなる。魔力馬鹿のアーキスフィーロ様には分からないでしょうけど、それは辛いらしいです』
この従僕は定期的に主人を小馬鹿にしなければいけないらしい。
「俺だって魔力酔いの経験はある」
『ほほう? それは初耳です』
「城の地下に連れていかれた時だ。濃密な水属性の大気魔気のある部屋で幼少期に三回ほど、倒れている」
……契約の間だと思う。
連れていかれたってことは本人の意思とは違うものだったということだろう。
まあ、本来、王城なんて、そんなに出入りできる場所ではない。
だけど、三回も倒れている?
『倒れたのは三回だけですか? それ以降は?』
「何度か同じことはあったが、その空気に慣れたのだろうな。気分は悪くなったが、倒れることはなくなり、そこに本を持ち込んで読むことも可能となった。はっきりと覚えていないが、何年かはそれが続いたな」
アーキスフィーロさまは何でもないことのように言っているが、それって、結構、重大なことを言っている。
「あ~、それ。大気魔気調整機として使われましたね」
「大気魔気調整機?」
アーキスフィーロさまが不思議そうな顔をして問い返す。
だけど、わたしも同じ考えだ。
空気清浄機みたいな言い方はどうかと思うけれど……。
『城の地下の魔力溜まり……、いえ、国内で一番、大気魔気が濃い所に、幼い頃のアーキスフィーロ様を放り込んで、付近の大気魔気を調整させていたのでしょう。どうやら、ボクたちが考えていた以上に、この国の王族は頼りないらしいですよ、シオリ様』
セヴェロさんはそう言いながら、わたしに向けた笑みは、いつもと違って、背筋が凍る種類のものだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




