激ヤバな状況
『アーキスフィーロ様は知らないかと存じますが、フレイミアム大陸って、実は今、激ヤバなんですよね~』
軽い口調でセヴェロさんが話し始めた。
「激ヤバとはなんだ?」
『激しく、ヤバい状況……、まあ、平たく言えば、かなり危険な状態ってことです』
アーキスフィーロさまの問いかけに、さらりとセヴェロさんは答えているが、フレイミアム大陸の状況は、あまり良くはないことが理解できる。
わたしが知っているフレイミアム大陸は、アリッサムという巨大な魔力の蓋がなくなったことにより、大陸内の大気魔気のバランスが崩れ、異常気象とも言えるほどの事態になっているということだ。
さらに異常気象に加え、魔獣たちの存在も脅威らしい。
フレイミアム大陸内にいた魔獣たちで、人間と相容れないものは、アリッサムの聖騎士団たちが定期的に討伐……、大掃討していたらしいが、その聖騎士団も今は亡くなった。
つまり、人間に害を齎すような魔獣たちも多く暴れているらしい。
フレイミアム大陸は、大気魔気が他大陸に比べてかなり濃い。
だから、数はともかく、かなり強い魔獣が生まれやすい環境にあるそうだ。
アリッサム……、魔法国家の聖騎士団が定期的に大規模な討伐を行わなければならないことからもそれは分かるだろう。
それ以外の何の準備もなかった他の国々がいきなり対応するには無理がある。
フレイミアム大陸の大気魔気の調整も、魔獣退治も、全てアリッサムに頼っていた……、押し付けていたツケを支払うことになったらしいが、魔法国家が連連と積み重ねていた歴史が一朝一夕でなんとかなるはずもない。
『まず、分かりやすい所からお話しましょう。今、フレイミアム大陸には、魔獣を退治できる国がほとんどないそうです。簡単に言えば、どの国の騎士たちも実戦経験が皆無らしいですよ』
「は?」
アーキスフィーロさまは理解不能という顔をする。
『中心国であるクリサンセマムは冒険者、傭兵たちの施設に投資することでなんとか体面を保っていますが、それ以外の四カ国にはそんな職業もないそうです。何せ、これまでフレイミアム大陸の魔獣退治は全てアリッサムが行っていたらしいですからね』
「一国だけで? そんなことが可能なのか? このウォルダンテ大陸は全ての国で行っているというのに……」
『それは、アリッサムには聖騎士団や魔法騎士団と呼ばれる信じられない魔法馬鹿たちが存在し、ウォルダンテ大陸は、あちこちに魔獣が生まれるからでしょうね。単純に生態系の問題と、魔法馬鹿たちの出鱈目さの違いです』
セヴェロさん?
魔法国家に何か含むものがおありですか?
『十年前、クリサンセマムの上空に現れた大型の飛竜型魔獣の群れを、アリッサムの第三王女殿下が単独で退治した記録があると言えば、アーキスフィーロ様にもその出鱈目さも分かるでしょう?』
「「えっ!?」」
アーキスフィーロさまだけでなく、わたしの声も重なってしまった。
思わず、自分の口を隠す。
『ああ、シオリ嬢は、魔法国家アリッサムの第三王女殿下と面識があるという話でしたね』
分かっているくせに、セヴェロさんは揶揄うようにそう言った。
わざわざ、聖騎士団の討伐の話ではなく、水尾先輩の話を持ちだす辺り、本当にいい性格をしていると思う。
「飛竜型魔獣を、単独で……?」
『アーキスフィーロ様も単独では、同時に五頭が関の山ですよね? まあ、ウォルダンテ大陸では、人里に来る数も少ないですが、大気魔気が濃いフレイミアム大陸は大量に現れることもあるそうです。まあ、ヤツらは肉食の上、魔力食いですからね』
セヴェロさんはそこで、言葉を区切り……。
『そして、アリッサムの第三王女殿下は、9歳で二十八頭を単独退治されたと公式記録にあります』
アーキスフィーロさまではなく、わたしに向けてそう言った。
その飛竜型魔獣というのが、どんな魔獣なのかは想像もできない。
だけど、水尾先輩が当時、とんでもないことをしでかしたことだけは分かる。
「相手は、空を飛ぶ魔獣だ。それを……?」
『魔法を連射し、翼膜を貫いて落とした上で全て焼き払ったらしいです。それだけで、とんでもない魔力所持者ということが分かりますよね~。ヤツらは魔法耐性もそれなりにあるはずなのに……』
「信じられん」
よく分からないけれど、水尾先輩なら可能だと思ってしまう。
それが、当時9歳だったとしても、わたしは驚かない。
でも、なんで、単独?
本来、王族を護るはずの護衛はいなかったの?
『まあ、そんな天敵たちが全ていなくなってしまったから、フレイミアム大陸はこの三年で魔獣たちにとって、とても住みやすい地になったそうです。ここまでで、何かありますか?』
「シオリ嬢の前で言うのは少々、憚られるが、魔法国家の第三王女殿下がいろいろおかしい」
アーキスフィーロさまは、迷いもなくそう言った。
まあ、あの方は規格外の存在だとわたしも常々思っています。
『いえ、おかしいのはフレイミアム大陸の在り方だとボクは思っています。魔力特化の国ができるのは仕方ありません。それは、生物の生存競争みたいなものでしょう』
セヴェロさんは溜息を吐きながら、そんなことを言った。
『ですが、そのアリッサムだけに頼りきりだった他の四カ国は、本来、自国で処理すべき魔獣退治すら行っていなかったわけです。それは、国として甘えていたとは思いませんか?』
まあ、言いたいことは分かる。
アリッサムに戦力を集中させた結果、その国が無くなってしまったから、他の国が大慌てということも理解できる。
でも、適材適所という言葉もあるのだから、得意な所に任せたくなるのも道理だろう。
『アリッサムなら、頼まれなくても、率先して他国の魔獣を勝手に退治してしまうイメージがあります』
セヴェロさんからの問いかけに対して、わたしはそう答える。
某第三王女殿下を筆頭に、戦闘狂なイメージが張り付いているせいだろう。
他国が頼む前に勝手に退治してしまう。
すると、他国の鍛錬の場がなくなる。
それを何年、何十年と繰り返せば、それが自然となってしまったかもしれない。
一概に、アリッサム以外の国を責めるのはどうかという話だ。
確かに甘えは甘えだと思うけどね。
嫌なら、断ることも……、難しいかな?
アリッサムは中心国だった。
それならば、他の国が従うしかない属国のような扱いだった可能性もある。
セントポーリアは、ジギタリスとユーチャリスを対等な国と見なして、それぞれ様々な面で協力し合っているが、他大陸も同じとは限らない。
特にこの世界は魔力の強さで人間を評価する部分もある。
そうなると、魔力の強さが世界一を誇る国に意見するって、結構、難しかったんじゃないだろうか?
いや、甘え過ぎて、自立できなくなったというセヴェロさんの意見もそこまで外れてはいないだろう。
この辺りは、当事者たちにも話を聞いた方が良いかもしれない。
片方の意見だけでは偏っちゃうからね。
『シオリ嬢は、アリッサムに住んでいた人間たちを正しく理解しているわけですね』
「正しいかどうかは分かりません。ただ、わたしが知っているアリッサムの人たちがそんな性格をしていると思っただけです」
良くも悪くも直情的な人が多い。
水尾先輩がそうだって話ではなく、以前、セントポーリアとジギタリスとの国境で会ったアリッサムの人たちがそんな感じだった。
自分が正しいと思い込んだら、他者の意見を聞き入れない。
そして、自分の意見を通すためなら、力尽くでその意思を貫こうとする。
全ての国民がそうだったわけではないと思っているけれど、そんな人たちとお話した身としては、そう判断せざるを得ない。
「フレイミアム大陸の状況が良くないのは、魔獣が繁殖しているだけか?」
アーキスフィーロさまがさらにセヴェロさんに問いかける。
「俺としては、そんな他大陸の状況よりも、城と魔力の関係性を知りたいのだが……」
アーキスフィーロさまにとっては、そちらが気になるのも当然だ。
わたしの例が悪かったかな?
『アーキスフィーロ様は本当にせっかちですね。せっかく、シオリ様が分かりやすい例を持ちだしてくれているのだから、順を追って説明させてくださいよ』
セヴェロさんがそう苦笑する。
『フレイミアム大陸は今、異常気象に襲われています。特に顕著なのが、アリッサム城跡地を中心に砂漠化がかなり広がっており、一部を除き、草木も生えておりません』
「アリッサム城はもともと砂漠の中にある結界都市だったと聞いているが?」
それはわたしも聞いたことがある。
水路を周囲に張り巡らし、砂漠の中にあっても、水に困ることはなかったことも。
『アーキスフィーロ様は本当に考えが足りませんね』
口の悪い従僕は頭を振りながら……。
『アリッサムの隣国であるピラカンサとクリサンセマムにまで砂漠化が侵攻しているから問題になっているんですよ?』
そんなとんでもないことをなんでもないことのように言ったのだった。
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