名の知れた人
この世界にある城は、実は王族の居住する場所以外の意味がある。
いや、王族がそこに住むのも、結局は、そこに繋がるのだけど。
この世界は総じて魔力というものを持つ。
それは生ある人間に限らず、ありとあらゆる動植物……、いや、大気に至るまで。
それはこの世界……、惑星そのものが魔力という不思議な力に包まれていることに他ならない。
だが、その膨大な力は時として、暴走……、思わぬ方向へと突き進むことがある。
それを押さえるために、過去、人間たちは、魔力が満ち溢れている場所に城という名の蓋をして、そこに魔力が強い者たちを集めた。
それは「救国の聖女」……、いや、「救いの神子」たちの時代に作られた規則。
だから、何の疑問も持たなかった。
「王家はアーキスフィーロさまの魔力を利用したいのですね」
そう思ったことに。
『ああ、やはりシオリ様の知識は、深い』
ぬ?
どういうこと?
「シオリ嬢、先ほどの言葉は……?」
アーキスフィーロさまは不思議そうな顔をわたしに向けている。
『そんな知識があるのは……、王族の一部か、上神官以上、もしくは、寿命の長い精霊族ぐらいですよ』
そんなセヴェロさんの言葉で理解する。
どうやら、気付かぬうちに、わたしはそんな深みに嵌った知識を身に着けていたらしい。
『王族と言っても、ほとんどの国は覚えてもいないでしょう。今もその知識を持っているのは、古き書物を護り続ける聖堂。古き時代に対する飽くなき探究心を持ち続ける黄の大陸の王族、その時代を覚えている精霊族と、その血を引く者たちぐらいではないですか?』
そこまで言って、セヴェロさんは笑った。
『シオリ様はそのどれに該当しますか?』
ああ、なるほど。
なんで、そんなことを言い出したのかと思ったら、 わたしの素性をアーキスフィーロさまの前で言えということですか?
セヴェロさんはわたしの心の声を読んでいるはずだから、今更の話だ。
だけど、お断りします。
わたしはまだ、そこまであなたたちを信じているわけではないので。
「わたしは、『暗闇の聖女』さまと交流がありまして……」
大神官である恭哉兄ちゃんとの関係は、周囲にあまり知られたくはない。
そして、当然ながら、トルクスタン王子たちカルセオラリアの王族以外の王族たちの交流についても口にする気はなかった。
だが、モレナさまは別だ。
あの方は、気が付けばそこにいる不思議な存在。
長き時を生き、人の意識を渡る「魂響族」の一人。
各国の王族たちが探し求めても見つからないのに、今、この場で背後にいてもおかしくはないような人。
因みに「暗闇の聖女」という言葉の方を選んだ理由は、わたしは、モレナさまの有名な「盲いた占術師」という異名の方はあまり好きでもないからである。
「聖女」という言葉はそこまで有名ではないが、知られていないわけでもない。
一般的には、「聖女」と言えば、大聖堂で「封印の聖女」と呼ばれている六千年ほど昔にいたらしいわたしの遠い先祖を差す。
でも、実際は「聖女」の認定基準なんて、知られていない。
聖堂が認める聖なる女性という認識しかないだろう。
だから、「暗闇の聖女」のことを知る人間は少ない。
それが、誰のことを差しているのかも。
但し、それは人間世界に限った話だ。
恭哉兄ちゃん曰く、本物の「聖女」は神力所持者であり、神力行使者でもある。
つまりは、精霊族と呼ばれる存在ならば、「聖女」と呼ばれる存在がどんなものであるのかを知らないはずがないのだ。
『…………』
あれ?
セヴェロさんが真顔?
いや、これは……?
「セヴェロ? もしかして、シオリ嬢が言った『聖女』のことを知っているのか?」
アーキスフィーロさまもセヴェロさんの様子がおかしいことに気付く。
『シオリ様。その貴女と交流のある『暗闇の聖女』というのは……、その……、ウツクシクケダカイ魂響族のことで、間違いないでしょうか?』
アーキスフィーロさまの声で、我に返ったセヴェロさんが、恐る恐る確認してきた。
その形容詞を口にした辺り、思ったよりも、モレナさまのことを知っていらっしゃるご様子である。
でも、片言だったから、この人も「モレナさま被害者の会」の会員なのだろう。
その会長は、新旧大神官親子かな?
それにしても、モレナさまが「魂響族」だったことは、ほとんど知られていないのに、そこまで知っていると言うことに驚く。
『この界隈であの方を知らないのは誕生して間もない若い精霊族ぐらいです。不味い。まさか、そっちまで交流があるとは……』
この界隈ってこの場合は「精霊族」のことだろうか?
「私はよく知らないのですが、その『暗闇の聖女』様とは、有名な方なのですか?」
セヴェロさんから聞き出せないと判断したアーキスフィーロさまは、わたしに確認する。
「精霊族と神官、神話に詳しい方だと伺っています。でも、あの方が有名かは、正直、よく分かりません」
加えて、王族まで知っているような人だ。
雄也さんは「人類の天敵」とまで言っていた覚えがある。
それほど、モレナさまはこの世界の裏事情まで知っているとんでもない人なのだろう。
だけど、それはお偉いさんに限る。
モレナさまはその名前が知られているわけではないし、「盲いた占術師」という名も、一般的にはそこまで有名でもないのだ。
単に王侯たちにとって都合の悪い事実や未来予想図を口にしてしまうために、畏敬の念を持ってそう口にしているらしい。
だから、当人は「占術師」でもないのに、そう呼ばれている。
尤も、後継者として、リュレイアさまを「占術師」として育てていたのだから、当人もいろいろと考えていたのだと思うけれど。
「少し前に滞在していたリプテラでお会いする機会がありまして、友誼を深めさせていただきました」
『よりによって、ウォルダンテ大陸にいるのか……』
モレナさまと出会ったのは、リプテラだった。
この国ではないが、この大陸内である。
でも、夢を渡れるような人だから、その距離ってあまり関係ない気がする。
『これ以上、深追いは止めておきましょう。あのウツクシクケダカイ精霊族は、同士にこそ、容赦をしないそうですからね。気に入ったモノには厳しくし、気に食わないモノに対しては過去を貶め、その未来を潰す女狐だと聞いております』
うわあ。
モレナさまは、わたしにそこまでのことはしていない。
可愛がられた覚えはあるけれど、それは同族意識だと思っている。
でも、あの方は思ったより苛烈な方だったのかもしれない。
どこかの紅い髪の人も、モレナさまについて話す時は、どことなく、背後や周囲を気にしていた覚えがあるからね。
「セヴェロ。それよりも、俺の疑問に答えろ」
『ああ、アーキスフィーロ様からすれば、『聖女』を冠する見も知らない精霊族のことよりも、先ほどシオリ様が口にしたことの方がもっとずっと気になりますよね』
アーキスフィーロさまの顔を見て、セヴェロさん自身は、いつもの調子を取り戻したらしい。
先ほどの、わたしを見ていた目は、得体の知れない相手を見るものだった。
彼ら精霊族から見れば、わたしたち「聖女の素質がある人間」なんて、そんなものなのだろう。
それは理解しているつもりだったのだが、改めてあんな目で見られるのはいろいろと複雑な気分になってしまう。
『そんなわけで、シオリ様。お手数ですが、不勉強な我が主人のために、貴女の知識をご教授いただければと思います』
そう言いながら、セヴェロさんはわたしに向かって、恭しく礼をするのであった。
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