夜に花が見たいのなら
人間界の八重桜に似たこの世界の植物、ヴィーシニャという花は、夜にその花びらを一枚ずつ散らしていくと聞いた。
それも、落下傘のように回りながら落ちるそうだ。
そんな話だけでも、かなり不思議な散り方で見てみたいと思ったけれど、夜間限定の景色らしい。
だが、わたしは夜にふらふらと出歩けない。
だから、残念ながらそんな光景を見ることはできないと諦めていたのだけど、セヴェロさんが……。
『アーキスフィーロ様と共に、城で開かれる夜会に参加すれば良いのです』
そんなことを言ったのである。
それに対して、「ほへ?」と、いつものように間の抜けた声を出さないように、なんとか、わたしは頑張った。
油断すると、気の抜けた珍妙な声が出そうになってしまう癖は、どうやったら直るのだろうか?
「夜会……、ですか?」
セヴェロさんの言葉をなんとか呑み込んで、問いかける。
この国では、舞踏会と呼ばれるものがあり、それは夜に開かれることは聞いていた。
恐らく、セヴェロさんが言っているのはそのことだろうと思う。
「シオリ嬢はワルツを踊れますか?」
「この国ではワルツが必須と聞いていたので、一応、手解きは受けて参りました」
『シオリ様って、かなり、真面目ですよね~』
真面目かどうかはおいておいて、そのためにリプテラでの滞在期間が延びたのだ。
一応、講師たちに、このぐらい踊れるなら社交の場では、問題ないと言われる程度にはなった。
華は足りないが、足運びの正確性だけは褒められてはいる。
それでも、人間界でダンスを経験していた護衛兄弟には全然、及ばなかったのだけど。
『この国では王家主催の舞踏会が、毎月一回、夜間に開かれます。昼は忙しい人が多いからですね。個人的には、そんなものに無駄な金を使わず、夜はゆっくりと休ませてくれと思いますけどね』
「毎月……」
セヴェロさんが言うように、社交のためとはいえ、毎月行うのはちょっと無駄な気はする。
それよりは例の学舎に予算を回して欲しい。
そうすれば、貴族からの不満も少しは減るのではないだろうか?
トルクスタン王子殿下のように、ダンスが苦手な貴族だっているだろうからね。
『勿論、夜会……、夜に舞踏会を行うことにはちゃんと理由があるらしいですが、ボクのような末端には聞かされていません』
月一で、夜に舞踏会を開くことに、意味がないわけではないようだ。
そして、セヴェロさんは知らされていないらしい。
いや、実は、聞かされていないだけで、知ってはいると思う。
心を読める精霊族なのだから。
『ああ、ボクは貴族ではないので、城に入ることができません。但し、アーキスフィーロ様は貴族の子息であり、最近、出仕していませんが、一応、城仕えの身でもあります。そして、シオリ嬢はその婚約者候補。十分、城に上がれる資格はあるでしょう』
「いえ、別に夜会に参加したいわけではないのですが……」
『この国の一般的な貴族の女性は、夜間の外出と魔獣退治以外の理由では、夜会以外で許されていません。夜は危険に溢れていますからね』
つまり、このヴィーシニャを夜に見たければ、その夜会とやらに参加するしかないらしい。
夜桜は好きだし、ヴィーシニャの不思議な散り方というのにも興味はあるけれど、そこまでする必要性は感じなかった。
そして、しれっと言われたけれど、魔獣退治なら、夜間の外出は良いのか。
この国の貴族像が今一つ分からない。
『そんなわけで、アーキスフィーロ様!! ここは一つ! 愛するシオリ様のために、三日後の舞踏会に是非、参加しましょう!! タイミング的にも! ヴィーシニャが散り始めた時期にあいます!!』
セヴェロさんが両手を広げて、歓迎するポーズを取る。
アーキスフィーロさまは部屋からほとんど出なかったのだから、舞踏会はずっと不参加だったのだろう。
しかし、愛する……って、セヴェロさんの中ではいつの間にそうなった?
わたしは「妻として愛することはできない」と事前宣告があった婚約者候補ですよ?
いや、言葉の綾だってことは分かっている。
アーキスフィーロさまが舞踏会に出ることがほとんどなかったのなら、貴族としての社交がその分、他の人よりも少ないってことだ。
だけど、わたしの我儘という分かりやすい理由があれば、人の良いアーキスフィーロさまはそれに従ってしまうかもしれない。
つまり、わたしを出しにしているわけだ。
今回のヴィーシニャを見るために外に出たのだって、わたしが見たがったからだった。
そんな理由付けでもない限り、アーキスフィーロさまは外に出ないということだろう。
でも、本人が嫌がっているのに、無理に連れ出すのは、ちょっと違うよね?
「セヴェロさん、わたしは別にそこまでヴィーシニャが散るところを見たいわけでは……」
わたしが、そう言って断ろうとした時……。
「シオリ嬢は……、ワルツの練習をされて、ここに来たのですか?」
アーキスフィーロさまから、そう問いかけられた。
「はい。この国では嗜みだと伺いましたので、練習しました」
雄也さんから、そう言われたのだ。
歴史はまだ浅いけれど、この国の貴族間で社交ダンスが嗜みとして受け入れられていると。
あれ?
正しくは、社交ダンスだったっけ?
まあ、円舞曲さえ、踊ることができればなんとかなると聞いていたことは間違いない。
リプテラにいたアックォリィエさまのおかげで、この国で流行っているワルツの曲は何種類か、ステップを踏むことができるようにはなっている。
「ですが、アーキスフィーロさまが御不快に思われるのなら、わたしも華やかな場は苦手なので、舞踏会に参加せずとも問題はありません」
貴族の令嬢たちは毎月踊っているなら、わたしのような新参は悪い意味で目立ってしまうことだろう。
付け焼き刃だしね。
「人間界で、ワルツの経験は?」
「人間界では体育祭のフォークダンスと、体育の授業で創作ダンスを踊ったぐらいですね。ワルツ……、社交ダンスの経験は皆無でした」
それ以外の踊りは、この世界に来てから覚えた「神舞」かな。
『シオリ様。アーキスフィーロ様はワルツがお上手ですよ~。遠慮なく、リードしてもらってください』
横からセヴェロさんがそう口を挟んだ。
「そうなのですか?」
「人並ですよ」
この世界の人並とはいかほどなのか?
いや、わざわざセヴェロさんが褒めるのだから、相当、お上手なのだろう。
『せっかくだから、たまには参加しましょうよ。ボクとの練習も飽きたでしょう? たまには本物の女性と、組んず解れつしながら踊った方が、健康に良いですよ?』
組んず解れつ……って取っ組み合いの乱闘のことじゃなかったっけ?
セヴェロさんの中のワルツが分からない。
確かに、動きは派手派手しいけど、そこまで激しいものだったっけ?
『アーキスフィーロ様は再三、王家から招待状が届いているというのに、魔力暴走の不安と、自身の魔眼を理由に、ずっと参加していないのです』
「セヴェロ、余計なことを言うな」
『シオリ様はそのことをどう思いますか?』
いきなり、そう問いかけられて、セヴェロさんの話を整理する。
本来、王家からの招待状は命令に等しいと思う。
それも、何度も届いているなら、王家としては、アーキスフィーロさまに城に来て欲しいということ……、かな?
王家がわざわざ貴族を登城させようとする理由?
それも何度も?
それでも、断ることができているのは、それだけアーキスフィーロさまの魔力暴走が危険視されているってことだろう。
この世界の王族と貴族の在り方は、人間界とは違うことは分かっている。
セントポーリア、ジギタリス、ストレリチア、カルセオラリア……。
様々な国の城を思い出す。
ジギタリスにいた頃は、意識していなかった。
わたし自身の魔力はまだ封印されていたから。
だけど、その後、様々なことを経験して、いろいろな知識を詰め込んだ。
それも、各国のトップレベルの知識だ。
魔法国家の王族、大神官、機械国家の王族、剣術国家の国王と情報国家の国王、精霊族でありながら占術師の能力を持つ聖女。
それらに加えて、情報国家並の情報収集力を持つ従者。
恐らく、わたしはこの世界の誰よりも教師に恵まれている。
その人たちから見た。
王族……。
いや、城の役目。
「ああ、王家はアーキスフィーロさまの魔力を利用したいのですね」
わたしの口から出たのは、そんな結論だった。
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