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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 異世界旅立ち編 ~

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封印の考察

「……以上が今回の報告だが……、聞いてるか?」

「大丈夫だ。耳に届いてはいる」


 九十九は先程までのやり取りの後、いつものように雄也に報告をしていた。


 こまめな報告と相談は、傍から見れば兄離れできてない印象を与えてしまうことだろうが、この辺りについては、九十九自身は気にしていなかった。


 同じ目的意識を持って行動する以上、情報共有するのは必然だ。

 そういう意味では、彼らは兄弟というよりも同僚、いや、上司と部下の関係に近い。


 それならば、この判断も誤りではないと言える。


 だが、今の雄也はどこかぼんやりしていて、どこか身が入っていないような気が九十九にはしたのだ。


「……眠いのか?」

「眠い。だが、お前からの報告を受ける分には差し支えのない範囲だ。気にせず続けろ」

「へいへい」


 そんな兄の身が気にかからないでもないが、それを口にした所で素直に聞き入れるような人間ではないことを九十九は知っている。


 兄の睡眠時間が短いのは、恐らくいつものように陰で何やら調べ物でもしているのだろう。

 そんな時に「寝れ」「休め」などと言っても聞くはずもない。


 弟にできるような仕事があれば、容赦なく押し付けてくる兄だ。

 それが自ら動いているということは、九十九ができるようなことではないのだろう。


 九十九は溜め息を吐いた。


「もう一度言うけど、報告は以上だ。これまでのことで確認事項があるか?」

「崖から落ちた時、彼女の封印が解けた様子はなかった。それに間違いはないか?」

「少なくともオレの確認できた範囲では」


 九十九は、あの少女の魔力の気配に関してだけは何故だか昔から雄也よりも鋭敏な感覚を持っている。


 ほんの僅かな違和感でも分かってしまうぐらいに。


 その彼が言うのだから封印は解けなかったと考えるのが自然だろう。


「そうなると……、単純に彼女の危難に反応しているわけではないようだな」

「無意識に封印を解いているっぽいからな。そう考えると魔力に対して反応しているってことか?」

「『自分に対して敵意ある魔力を向けられた時』と考えるべきだな。単純に魔力に反応しているだけなら、魔法国家の王女殿下が暴走しかかった時、そう離れていない場所にいた彼女が何も反応しなかった理由にはならない」

「ああ、そうか。あの時、高田は同じ屋根の下にはいたな」


 部屋こそ離れてはいたが、距離にしてみれば確かに遠くない場所にいた。


 家そのものに結界があったとしても、魔気を知覚できる人間ならあの膨れ上がった桁違いの魔力に反応しないのはおかしい。


 現に人間である千歳ですらその気配を察知したぐらいなのだから。


 加えて、九十九は知らないが、それ以外にも彼女は魔力が暴走しかかった人間を前にしたことがある。


 その時も特に封印が解ける様子はなかった。


 単に、雄也がそれを知覚できなかった可能性もあるが、身を守るために敵意を向けた相手に対して瞬時に魔気の塊をぶつける姿を見た後では、やはり、あの時、あの場では彼女の封印は解けていなかったと考えるべきであろう。


 そんなことを兄が考えている時に、九十九も同じように少し前にあったことを思い起こしていた。


 確かに危機に反応して封印が解けているといった単純なものではない気はする。

 それならば、彼女の卒業式で自分が来るまでにズタボロになっている理由にはならない。


 あの時は、彼女は自分自身を保ったまま、あの場を切り抜けようとしていたのだから。


「考えれば考えるほど、ますます分からん封印だな」

「封印の解け方にしても元々一時的に解除されるようになっているのか、彼女が力尽くで解いているのかもはっきり分かっていないからな」

「じゃ、分かるまでは考えても仕方ないな」


 九十九はそう結論づけた。


 分からないことを考え続けるのは無駄だろう。


「恐らく封印をした相手を探し出すのは難しいだろう。法力国家で似たような封印の使い手を探すしかないな」


 そして、雄也も似たような結論だったようだ。


 何にしても現時点では情報が足りなすぎるのは確かだった。

 自分たちが知らない封印である以上、分かることなど限られている。


 そして、知識が豊富な魔法国家の王女である水尾ですら、「珍しい種類の封印」と口にする以上、普通のものではないことは確かである。


「では、別の確認をする。彼女が突き落とされた崖の高さは?」

「目測で60。半分ぐらいで追いついたと思う。少し勢いは付いてたから多少の誤差はあるだろうけど」

「相手は魔法を一切使わなかったのか?」

「いや、足元……、足場を消したから、魔法で物理的な感覚を持たせていたか、オレと同じように気配なく対象の場所を削り取れるかのどちらかの魔法は使ったと思う」

「話だけから判断すれば後者だな。足場を作って幻影魔法で誤魔化すよりは看破される可能性が低い」


 眠い人間とは思えないほど淀みのない兄の返答に、九十九は肩を竦めるしかなかった。


「言ってたことが本当かも分からんけどな。単に高田を試したかっただけって気もする」

「彼女たちの立場からすれば当然の反応だろう。やり方としては手ぬるいぐらいだがな」


 見ていなかったとはいえ、あの行動を手ぬるいと兄は評した。


「……仮にも主人(あるじ)が突き落とされてるんだが?」


 そこに九十九は疑問が生じた。


「普通の魔界人でも命は助かるレベルの行為だ」

「でも高田は普通の魔界人じゃねえ。あんな崖から叩きつけられれば十分、死ねるだろう」


 一瞬でも、視界から主人(あるじ)の姿が消えたことを、九十九は苦々しく思っている。


「だが、彼女は普通の人間でもない。魔法が封印されているが、肉体は魔界人と変わらんのだ。それを含めての試みだったのかもしれん」


 そうは言われても九十九としては、納得できるものではなかった。


 魔力が封印されている魔界人の肉体が、通常の魔界人と同じであるという保証はどこにもないのだ。


 自分がいなければ、あるいは反応が間に合わなければ最悪の事態も考えられた。


「アイツが崖に吸い込まれるように消える瞬間を見てないからそんなことが言えるんだよ」


 瞬く間にその場から消えてしまった恐怖。

 目に映ったものを否定したくなる頭。


 それらの感情を全て跳ね除けて、自らの肉体を動かすことがどれだけ大変だったことか。


「……ああ、そういうことか」


 不意に雄也がそう呟く。


「は?」

「いや、独り言だ」

「……意味深な独り言だな」

「気にするな。お前にとっては大したことではない」


 兄は何かに思い至ったようだが、それまでの会話から何を得られたのかは九十九には分からない。


 しかし、兄もそれを自分に伝える気はないということだけは分かった。

 それならば、深追いしても仕方がない。


 九十九としても、関心はそこになく……。


「で、どうする?」


 彼にとっての本題に入った。


「どうする……、とは?」

「このまま、放っておくのか? この国の国王陛下の娘と気付いていてやったなら報復するってのに何も問題ないはずだろ?」


 当事者が罰する意思がないのは分かっている。


 だが、彼女自身に自覚はなくても、それだけのことはされたのだ。


 あの女性がやったことは、自分の主人のために他の主人を害そうとした。

 それは何も手を出さないと侮られているからできたことでもある。


 それならば、護衛としては正当な行動の範囲内でなんとかしたいと思うのはそうおかしなことでもないだろう。


「阿呆。罰する権利がある被害者が望んでいないことを勝手にやれば、相手が確信するだけだろう。わざわざこちらから決定的な情報を与える気か?」

「なんであの呑気な女に付き合って我慢しなければならないんだよ」

「当人がそれだけ相手からの害意を感じなかったのか、行動そのものに自然な流れだと感じて納得したか……。真意は分からんが、大物だな」

「行き場のないこのオレのイライラはどこへ持っていけば良いんだよ?」


 確かに九十九は自分が未熟なのは認めているが、だからと言ってなめられたままで黙っていられるほどお人好しではない。


「そんな私情など知ったことか。お前のストレス解消のために彼女にとって不利な行動を取る気か?」

「そこは分かってるから、相談してんじゃねえか!」

「現時点では動くな。溜まったストレスはどこかで適当に発散しておけ」


 血が上った頭に容赦なく冷水を掛けるような兄の言葉に……。


「……分かった」


 九十九は素直に従うしかなかった。


 彼は兄の言い分が分からないほど不勉強ではない。


 今の自分ではどうすることもできないというのも頭では理解できているのだが、感情は別ということなのだろう。


「で、どこ行くんだ?」


 聞きたいことは終わったのか、さっさと、そのままどこかへ行こうとする素振りの雄也を見て、九十九は思わず疑問を投げかける。


「ああ、逢引の誘いを受けていてな。そろそろ頃合いだろう」

「……睡眠時間をこれ以上削る気か?」

「お前と違って、いろいろと溜め込むのは性に合わないからな」

「~~~~オレは先に寝るぞ」

「ああ、お前は休んでおけ。それ以上呆けられても困る」


 そう言って、兄は部屋を後にした。


「……結局、ほとんど休んでねえじゃねえか」


 この村に来て数日。

 兄は一度もこの部屋で寝た姿を見せていなかった。


 まあ、城下にいた時からそんな感じではあったのだが、その間、どこで何をしているのかははっきりと口にしていなかった。


 それが、今回は「逢引の誘い」。

 誰かに呼び出されたと言った。


 こんな村で兄を呼び出すような人間はそう多くはない。


「ま、兄貴なら何とかするだろう」


 面倒事に巻き込まれないことを祈りつつ、九十九は荷物の確認を始めるのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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