少女趣味
「う~む」
わたしは、姿見の前で唸るしかなかった。
「お気に召されませんか?」
背後から、気遣うようにルーフィスさんが声かけてくる。
「気に入らないわけではないのですが、ちょっと変じゃないですか?」
その姿見に映るのは、淡い桜色のワンピースに身を包んだわたしの姿があった。
袖にも、立てられた襟にも同じ桜色の布でできたフリルがあって、腰のベルトまで桜色という徹底っぷり!!
ピンクの服を着るのは初めてではないが、全身ピンクなんて、ストレリチア城にいた頃に、ワカから着せ替えで遊ばれた時ぐらいだ。
でも、あの頃よりも、わたしの年齢が上がっている。
18歳で全身ピンク、それもフリル付きなんて、流石にいろいろ無理があるのではないだろうか?
「可愛らしいですよ」
ルーフィスさんがにっこりと笑いながらもそう言ってくれるが、この点において、この人を信用して良いかは謎である。
どんな姿をしていても、可愛らしいと言いかねない。
「シオリ様の趣味から外れていることは承知ですが、目的が目的ですからね。アーキスフィーロ様の好みを優先させていただきました」
今、わたしは、アーキスフィーロさまとお出かけするために、朝から、ルーフィスさんによって、着飾られているところである。
因みに、ヴァルナさんはいない。
既に、トルクスタン王子からの依頼でお出かけしているようだ。
何でも、水尾先輩のストレス解消にお付き合いしているとのこと。
それは、水尾先輩が苦手としているルーフィスさんではできないことなので、九十……、ヴァルナさんが呼び出されるのは仕方のないことだろう。
わたしは、今日のお出かけのために、いつもより早い時間に起こされてしまった。
それだけ、女性の身支度というのは時間がかかることは理解しているが、そうと分かっていれば、もっと早く寝るべきだったと後悔している所である。
別に、出かけるためにお洒落すること自体は、別に問題ないのだ。
一応、アーキスフィーロさまは婚約者候補であり、今回は二人きりというわけではないようだけど、世間的には「デート」と呼ばれるものなのだとは思う。
だけど、この色で統一するのはないだろう。
少女趣味が過ぎる。
こうしたふわふわフリフリ淡いピンクのお嬢さまな感じの服は、わたしが着ると、七五三とか小学校の入学式とか、そんな感じなのだ。
18歳なのに!!
そして、時期的にはもう高校卒業しているのに!!
これは身長だけが問題ではない気がしてきた。
そこまで身長が変わらないワカや、13歳九十九すら、そんな子供っぽさを感じないから。
いや、どちらもピンクなお嬢さまワンピースなんて着ないだろうけど。
わたしがこの服を嫌がるのはそれだけではない。
アーキスフィーロさまは、別にピンクが好きってわけではないらしいのだ。
わたしのイメージがピンクと言われたけれど、それから数日経って、イメージが変わっていると思う。
恐らくは、既に儚くて可憐なイメージはなくなっていることだろう。
儚くて可憐な御令嬢は、書類仕事をバリバリとしないと思うのです。
いや、もっとわたしよりもハイスピードでお仕事をこなす、淑女の皮を被った仕事人たちがすぐ傍にいたから、見劣りはしていたと思うけれど、儚くて可憐な御令嬢は、そんな侍女たちに対抗意識を燃やすこともしない気がします。
「アーキスフィーロさまの好みよりも、もっと場にあった服をお願いします。これでは悪目立ちをしかねません」
確かにこのふんわりワンピースのデザインはとても可愛いのだけど、全身ピンクはいろいろ無理です!!
主にわたしの精神が!!
見るなら良いけど、これを自分が身に付けるのが苦痛!!
「桜を見に行くなら、桜色ではない方が良いと思うのです」
この服は避けたいと思って、提案してみた。
勿論、本日見に行く桜のような花は、桜色ではないことは先に聞いているから知っているけど、それを理由としたい。
気分の問題である。
「承知しました。別の物を準備しましょう」
そう言いながら、ルーフィスさんが新たに着せ替えてくれた服は、上は薄ピンクのブラウスに、下が紺のジャンバースカート。
スカートは腰から膝下まで広がり、左側に大きなスリットが入っているけれど、その切れ込みの間から、さらに同色のプリーツスカートのような布が覗いている。
ピンクのブラウスはともかく、スカートはかなり好みだった。
「このピンクは外せませんか?」
「白もありますが、こちらの色の方が、色の白いシオリ様には良いかと思いまして……」
ああ、うん。
わたしもそう思う。
このデザインには白よりも少し色が入った方が良い。
「髪型は、シニヨンにしましょうか」
「シニヨン?」
なんとなく、小型の動力付き四輪駆動自動車模型を思い出す響きだ。
一文字足りないけど。
「シオリ様に分かるような言葉なら、『お団子』ヘアですね」
おおう。
お団子ヘア。
それなら知っている。
髪の毛が長かった頃は、高い位置でお団子にして、尻尾を垂らすような髪型をたまにやっていた。
三つ編みにしてお団子もやったな~。
懐かしい。
「失礼します」
ルーフィスさんは、そう言いながら、髪を掬い、手早くまとめていく。
「痛い時は言ってくださいね」
「大丈夫です」
自分で髪の毛を纏める時は確かにあちこちが引っ張られて痛いこともあるけれど、ルーフィスさんは痛くない。
寧ろ、こんなに引っ張られた感覚がないと、途中で崩れないか心配になる。
完成した髪型は、後ろは見えないけれど、両側の髪を一房ずつ、耳の前に垂らしていることは分かった。
耳に掛けない方が良いんだろうな。
絵にすると可愛いのだけど、日頃、髪の毛を耳に掛けているため、一房ずつでも揺れたり、視界に入ったりすることが、酷く落ち着かない気分になる。
「お化粧は、少しだけいつもと雰囲気を変えてみましょうか」
わたしはこの専属侍女が施す化粧の恐ろしさをよく知っている。
具体的には、可愛らしい少年たちの顔を、女性として違和感がないほどにまで作り上げてしまうのだ。
化粧、怖い。
暫く、目を閉じ、自分の顔が改造されていくのを待つ。
両頬に何か塗り込められたり、ふわふわモフモフしたもので叩かれたり、刷毛と思われるもので頬や目元を撫でられたりする。
目を閉じているせいか、顔に触れるものたちに対する感覚が酷く鋭敏だ。
つまりは擽ったい。
「少しだけ、顔を上に向けてくださいますか?」
そう声を掛けられ、少しだけ顔を上にすると、唇に細い刷毛が当てられる。
頬も擽ったいけれど、唇はもっと擽ったい。
だけど、我慢、我慢!!
口紅がズレたら、悲劇なのは、「聖女の卵」で化粧している時に経験済みだ。
さらに、その後、その化粧を施してくれていた九十九から怒られたところまでセットの思い出である。
いや、わたしにとっては喜劇かな。
思い出すだけで、こんなにも頬と口元が緩んでしまうから。
「もう少しだけ我慢してくださいね」
わたしが笑いを堪えているのが分かったのだろう。
ルーフィスさんの優しい声と……、その……、少しだけ体温を感じる吐息が掛かる。
それだけ、至近距離で行う行為だと頭では理解できているけど、やはり恥ずかしい。
目を閉じていて正解だ。
雄也さんの顔でなくても、ルーフィスさんの顔は十分すぎるほど綺麗だから。
「顔は動かさず、少しだけ口を開けてください」
言われるまま、唇を動かすと、少しだけ内側に刷毛が入り込む。
それがますます、擽ったい。
その後、何度かティッシュに似た紙を唇に当てられては、さらに重ね塗りを繰り返された後……。
「はい、完成しました。目を開けてよろしいですよ」
ルーフィスさんに声を掛けられて目を開ける。
最初に目に入ったのは……、エメラルドグリーンの髪と紅い瞳を持つ女性の顔。
しかもドアップ!?
奇声を上げなかった自分を褒めていただきたい。
不意打ちすぎる。
そして、目を丸くしたわたしを見て、さらに笑みを深めないでください、ルーフィスさん。
「シオリ様、お綺麗ですよ」
さらに、追い打ちをかけてくるわたしの専属侍女さん。
これは酷い。
表情から、揶揄われているのがよく分かる。
「ルーフィスの顔が邪魔で、自分の顔が見えません」
なんとかそんな可愛くない言葉を捻り出す。
「これは、失礼しました」
そう言いながら、ルーフィスさんが、横に避けてくれたのでわたしはようやく姿見を通して、自分の今の顔を見ることができたのだが……。
「詐欺だ……」
それを見て、そう呟くしかなかったのだった。
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