更なる問いかけ
「改めて、問いましょう。シオリ嬢、貴女は一体、何者なのですか?」
そんなセヴェロさんの疑問は当然だろう。
突然、他国の王族に連れられて現れた、謎の女が、いきなり、幼馴染の王族すら止めることができないアーキスフィーロさまの魔力の暴走を押さえつけてしまったのだ。
確かに、問い質したくなるのも分かる。
だが、わたしが何者なのか?
そんなこと、わたしが一番知りたい。
そうなると……。
「アーキスフィーロさまの婚約者候補……ですよ。少なくとも、今、この国では」
心を読めるセヴェロさんなら、ある程度、わたしの立場とかは既にバレているかと思っていたけれど、先ほどの質問が出てくる以上、リヒトのように全てを読んでいるわけではない気がした。
「わたしの肩書きなど、少しでも国から離れたら何の意味もありません」
セントポーリア国王陛下の娘であることは、存在そのものが国でも知られていない。
そして、「聖女の卵」も、変装を解いて、ストレリチアの大聖堂から離れては、誰も知ることがない。
そんなわたしが唯一手に入れた公言できるものが、アーキスフィーロさまの婚約者候補という肩書きだ。
「ああ、それは確かに」
セヴェロさんがふと表情を和らげる。
「シオリ様が何者であっても、それだけは変わらない事実ですね」
そう言いながら、アーキスフィーロさまの方へ顔を向けた。
その表情がまるで、大事な物を護ろうとするどこかの護衛と重なる。
「分かりました。これ以上は不問とします。ボクは別に貴女にそんな顔をさせたいわけではないので」
「そんな顔?」
え?
そんなに変な顔をしてたかな?
「どこかの女のように、アーキスフィーロ様の心を深く傷付けた上、裏切るようなことをしなければ良いのです」
「それは……」
恐らくは、前の婚約者のことだろう。
その人は、一体、アーキスフィーロさまに何をした?
「アーキスフィーロ様には敵が多すぎる。その反面、味方が少ない。限りなく味方に近い顔をしていても、大事な部分でアーキスフィーロ様を切り捨てる。そんな人間ばかりだ」
セヴェロさんは悔しそうな顔をして、俯く。
精霊族の血を引いていても、人間の世界に住む以上、人間の規則を守られなければならない。
どんなに力を持っていても、それが手枷足枷となって、身動きできないことも多いだろう。
この人は、何度も、そんな悔しさを味わっているのだと思った。
「シオリ様。これまでの非礼を謝罪いたします」
先ほどまでの軽い様子から打って変わって、セヴェロさんは神妙な顔をする。
そして……。
「貴女は、アーキスフィーロ様の婚約者候補だというのに、私は大変、失礼なことをしました。申し訳ございません」
そう言いながら頭を下げて、そのまま上げようとしない。
そのことが、正直、落ち着かなかった。
そして、同時にこの人の行動理念は、なんだかんだ言って、アーキスフィーロさまにあることを理解する。
これまでのことは、全て、アーキスフィーロさまのことを思った結果だ。
「失礼なことをされた自覚はありませんが、頭を上げてください、セヴェロさん」
わたしがそういうと、セヴェロさんは顔を上げる。
その表情は硬いままだ。
「やり方はどうかと思いますが、主人を思った結果でしょう? それならば、咎める必要性を覚えません」
わたしの護衛たちも、わたしを護るためなら手段を選ばないところがある。
だが、主人を護るために、その主人を囮にすることがあるのはどういうことだろうか?
いや、納得できることも多いのだけど、もう少し、穏便な方法でお願いしたこともあるんだよね。
「シオリ様の寛大な御心に感謝します」
セヴェロさんはそう言いながら、下げていた頭を上げた。
実年齢は分からないけれど、見た目は少年の精霊族は……。
「そんなボクから、厚かましくもお願いがあります」
さらに重ねてそう口にする。
「なんでしょう?」
お願い?
わたしに?
「貴女は、この先、アーキスフィーロ様の絶対的な味方であり続けてくださいますか?」
疑問を浮かべたわたしに対して、セヴェロさんはそう願った。
主人を心配する従者としては当然の願いを。
それに対して、わたしは……。
「確約はできません」
素直にそう答えた。
「今の流れは、日頃、悪ぶっている従者の新たな一面を見て感動し、その懇願を素直に聞き入れて下さる場面ではありませんか?」
そう言いながらも、セヴェロさんは笑っている。
わたしの返答を予想はしていたのだろう。
「勿論、味方ではありたいと思います。ですが、何をおいても味方するということはできません」
アーキスフィーロさまは根が真面目だとは思う。
いきなり現れ、婚約者候補に納まったわたしに対しても気を遣ってくれていると感じている。
一度、懐に入れた人は大事にしてくれるようだ。
素直だし、傷付きやすいのに、それでも人を信じようとする性質も理解した。
でも、それだけで「絶対的な味方」とするのは無理があるだろう。
「絶対的な味方を誓約できるほど、わたしはまだアーキスフィーロさまのことをよく知りませんから」
「今後のアーキスフィーロ様の活躍にご期待くださいってことですね?」
何、その漫画の最終回みたいな言葉。
いやいや、違った。
「始めから裏切るつもりで契約は結びません。ですが、今後の対応によってはそれも分からないとだけお伝えしておきます。何せ、アーキスフィーロさまには、忠義が明後日の方向にある従者がいますから」
わたしがそう答えると、セヴェロさんは楽し気に笑う。
「なるほど。今後のアーキスフィーロ様ではなく、その傍にいるボクの忠誠心を気にされたのですね」
「何度も脅かされるのは嬉しくありません」
背中を預けられない味方の存在があっても、余裕で対処できるほど、わたしは懐が広くないのだ。
「いやいや、結構です。ボクが思っている以上に、シオリ様は面白い方だ」
面白いって……、普通は褒め言葉ではないけれど、セヴェロさんにとっては褒めているつもりなのだろう。
かなり楽しそうに笑っている。
「確かに出会って一月にも満たない女性に対して望むことではありませんでした。そちらについてはお二人で愛を育んだ後、確約していただくことにしましょう」
「わたしはアーキスフィーロさまから、『愛することができない』と言われておりますが……」
そんな宣言をしている相手と、愛を育むことはかなり難しいと思う。
「あの朴念仁かつ唐変木の主人の言葉など気にしないでください。単純にいろいろ拗らせている結果ですから」
拗らせ?
なんだろう?
「それに、シオリ様はそれでも、あんな救いようのない主人に歩み寄ってくださっております。あんな言葉を吐く男なんて、普通の女性なら、ポイ捨てですよ、ポイ捨て」
先ほどから主人に対して毒を隠さないセヴェロさん。
しかし、それはそれとして、「ポイ捨て」は、良くない行為だと思う。
「信じていただけないかもしれませんが、ボクは現段階でも、シオリ様のことをかなり信用していますよ」
「それはありがとうございます」
それは素直に嬉しい言葉だ。
だから、御礼もすぐに出てきた。
「だから、アーキスフィーロ様を裏切らないで欲しいだけです。また誰かに、いえ、シオリ様にまで裏切られたら、主人は本当にどうにかなってしまうことでしょう」
「セヴェロさん……」
だが、続いた言葉にはどう返して良いか分からない。
アーキスフィーロさまは、これまで、どれだけの目に遭ってきたのだろうか?
「ああ、ずっと後ろでボクたちの会話を見守っているルーフィス嬢とヴァルナ嬢も信用していますよ。シオリ様に関してだけ……、ですけどね」
まあ、アーキスフィーロ様に仕えているわけじゃないからね。
そこは見逃して欲しい。
「言い替えれば、シオリ様がアーキスフィーロ様を裏切らない限りは、後ろの二人も大丈夫だということです」
そこで、セヴェロさんはニヤリと笑った。
「そんな御三方に個人的な興味からくる質問をさせてください」
「質問……、ですか……?」
なんだろう?
わたしだけでなく、ルーフィスさんとヴァルナさんにも?
アーキスフィーロさまに関して……、だろうか?
「いやいや、単純に趣味の話ですよ。言ったでしょう? 個人的な興味だ、と」
ますます分からない。
趣味の話?
一応、読書と答えれば一般的には問題ないだろうか?
「御三方の恋愛対象は、男性、女性。どちらでしょうか?」
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