事情聴取
「さて、セヴェロさん。まずは、説明していただきましょうか?」
わたしは目の前にいるセヴェロさんに向かって、問いかける。
セヴェロさんはアーキスフィーロさまの従者だ。
だから、本来は、婚約者候補でしかないわたしには、アーキスフィーロさまがいない場で、彼に対して発問する権利などないのかもしれないが、今回のことは、わたしたちは被害者である。
主人がいない場にあっても、従者へ質問を発することを許していただきたい。
因みに、アーキスフィーロさまはまだ意識を飛ばしている状態である。
寝室で寝かせるべきかと考えたが、当人の許可なく、勝手に運ぶことはできない。
従者であるセヴェロさんにはその権利……、というか休ませる義務があるのだろうけど、今回は重要参考人である。
逃がすわけにはいかない。
そんな理由から、意識を失っているアーキスフィーロさまには、ルーフィスさんがこの部屋に出した寝台で眠っていただいている。
その寝台を出した時、ルーフィスさんとヴァルナさんはかなり複雑な顔をしていたが、この場合は仕方ないだろう。
あの寝台は寝心地が良いので、仕事を終えたアーキスフィーロさまはゆっくり休んでいただきたい。
『その前にこの拘束具を解いていただけませんか?』
「お断りします」
セヴェロさんの申し出に対して答えたのは、わたしではなくルーフィスさんだった。
「貴方を、何の縛りもなく自由にさせてしまえば、先ほどのような事態を招きかねませんから」
そのまま、淡々と言葉を続ける。
ああ、これ。
かなり怒ってるな。
そう思わせるほど、微笑みを浮かべたルーフィスさんからは冷え冷えとした気配が漂っていた。
嘗血をしたためだろう。
以前より、ルーフィスさんの感情が分かりやすくなっている。
感情を読んでしまうことに対して思うところは少なくないが、それでも、それを承知でルーフィスさんは、わたしに嘗血をさせてくれたのだ。
その信頼は裏切らないようにしたいと思っている。
『これ、何の紐ですか? ちょっとやそっとの物ではボクを縛ることなんて難しいのに、全然、抜けられない』
確かにそれは特殊な紐だ。
その名を、「組紐」という。
神官たちが扱う道具としては一般的で、罪人たちを拘束するのに使われている。
魔法が得意な人たちでも、その「組紐」は簡単に解くことはできない。
それは、神官たちが法力を込めたもの。
その神官の神位によっては、姿形を自在に変えることができる精霊族すら拘束することもできるというとんでもないものである。
組紐はヴァルナさんがよく使用しているイメージが強かったが、当然ながら、ルーフィスさんも所持していたらしい。
それを何故、セヴェロさんに使うのか?
当然ながら、逃がさないためである。
そして、これを使っているということは、かなりの確率で、ルーフィスさんは、セヴェロさんが精霊族であることを知っているということになるだろう。
勿論、わたしは言っていない。
だけど、わたしすら気付いたことに、ルーフィスさんとヴァルナさんが気付かないはずがないだろう。
特に雄也さんは、ずっと長耳族であるリヒトの傍にいたのだ。
わたし以上に精霊族の性質や気配を知っていても驚かない。
「それは知人から譲り受けた物です。罪人を拘束するための紐だと伺っているので、今回使用させていただきました」
ルーフィスさんが微笑みながら答えた。
嘘が一つもないところが恐ろしい。
知人……、確かに大神官も知人ですね。
『どんな知人ですかね。普通の人間ではないでしょう?』
この世界最高位の神官です。
それも精霊族どころか、神さまに対しても、ある程度、対策を立てることが可能な御仁です。
そして、セヴェロさんは、自分が罪人扱いされている点は気にならないようだ。
「こちらの事情よりも先に、主人のご質問に答えていただけませんか?」
さらに冷ややかな声。
この人は、主人の言葉を露骨に無視されて、怒りを覚えないような人ではない。
柔軟な対応はしてくれるけれど、礼儀、規律はしっかりしている人だ。
その弟は、それに輪をかけて口うるさいお父さんタイプに育っているけれど。
『ルーフィス嬢は本当にご主人がお好きなようですね。この屋敷に来てからの主従にはとても見えません』
セヴェロさんはそう疲れたように笑った。
「ボクとしてはその辺りも大変、興味深いのですが、そちらについては、今後、じっくりと伺うことにしましょう。ああ、シオリ様。先ほどの質問の答えですが、単純に試験です」
「試験……ですか?」
まあ、そんな気はしていた。
確かに、わたしはアーキスフィーロさまの魔法攻撃の全てに耐えきっている。
だが、魔力の暴走は、意識的な魔法よりも、より攻撃的なものになることが圧倒的に多いと聞いている。
普段は、身体の負担や周囲への影響を含めて、無意識に制御しているものを何も考えずに解放するのだ。
まあ、暴走っていうぐらいだからね。
月の夜に何かの血に狂ったりする人のように、何かの数値が極端に爆上がりして、その反面で何かの数値が下がっていたりするのだろう。
守備力を上げず、攻撃力に全てを注ぎ込むような感じ?
だから、理性によって制御されている通常の魔法に耐えられても、魔力の暴走に耐えられるかは別の話なのだ。
『そうです。アーキスフィーロ様の魔力暴走は日によって異なる。今回は軽かったようですが、次は、ああ、この国の王族の魔法防御ぐらいは貫くかもしれませんね』
セヴェロさんは薄く笑った。
その瞳は、「それにお前が耐えられるか?」とでも、言うかのように。
「そうですか。それで?」
それがどうしたというのだというのだろうか?
王族の魔法防御を貫く?
そんな規格外は、これまでも見てきたし、実際、何度も貫かれている。
『それで? ……って……』
だが、何故か、セヴェロさんは目を見開いた。
「アーキスフィーロさまの魔力暴走が王族の魔法防御を貫くことと、今回のこと。何の関係があるのですか?」
『あるでしょう? その貴女が自信を持っている魔法防御を貫き、意識どころかその命を奪う可能性すらある。魔力暴走を起こした人間の大半は問答すら許さない』
まあ、理性が吹っ飛ぶらしいからね。
正常な状態、思考が働いていないらしいから、会話が成り立たないとは聞いている。
それは先ほどのアーキスフィーロさまもそうだった。
わたしの呼びかけに、全く反応しなかったのだ。
いや、あの様子だと、水の渦の中で、既に意識も吹っ飛んでいたのだろう。
わたしがタックルした時、アーキスフィーロさまの頭を庇う余裕もなかったが、それでも、その身体は、踏ん張ってその場に留まろうとするなどの抵抗は全くなかった。
一度、「ゆめの郷」で同じようなことをしたから、立っている人に飛びついた時の感覚は知っている。
ぼんやりと無防備な状態で、隙を突いて、横から飛びついたとしても、相手は無意識にその場に立とうとする意思があるためか、一瞬、抵抗される感覚は必ずあるはずなのだ。
だけど、アーキスフィーロさまの身体にそれはなかった。
正面から飛びついたはずなのに、抵抗されなかったのだ。
勿論、人間の身体としての重さはあるものの、流れに逆らわず、まるでそこに置かれている置物をその場に倒しただけのような、なんとも言い難い感触だったのだ。
『アーキスフィーロ様は先ほどのように、少し刺激しただけでも、簡単にその状態になる。その結果は不安定で不規則で被害は甚大。この国の王族からも恐れられていることからもそれは分かるでしょう。貴女は、そんな人間が怖くないとでも言うのですか?』
ああ、そうか。
セヴェロさんは心配していたらしい。
これは試験という名の忠告かな?
それがわたしに対してなのか、アーキスフィーロさまに対してなのかは分からないけど。
「怖いですよ」
まだわたしは、アーキスフィーロさまの魔法で傷つけられたことはない。
だけど、今後、傷付く可能性はある。
アーキスフィーロさまだって、魔力成長期であることには変わりないのだ。
これまで、他者と接する機会が少なくても、あれだけの魔力の強さである。
今後、わたしを含めた他人と接することで、魔力感応症が働き、わたし以上に魔力が強くなる可能性だってあるのだ。
しかも、魔力の暴走だって、今回は軽い方だったらしい。
そうなると、最大級に暴走すれば、わたしでも止められない可能性はある。
それが分かっているのに、怖くないはずがない。
「でも、それを理由にして逃げ出すのは、違いますよね?」
わたしはそう言って、セヴェロさんに向き合うのだった。
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