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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 弓術国家ローダンセ編 ~

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行動原理

 水尾(ルカ)さんを、トルクスタン王子の部屋に無事に送り届けた後、オレは、このまま栞の部屋に向かうかどうか迷った。


 先ほどから感じた栞の魔力の揺らぎは気になるが、そちらについては兄貴に任せている。


 そうなると、もっと土地勘を養うために、オレは城下に出た方が良いんじゃないだろうか?

 あるいは、この国についての情報収集か?


 この国は男尊女卑の思考が強いが、セントポーリアのように、余所者を排除しようとする排他的な部分は見られなかった。


 いや、セントポーリアも、十数年前よりは、若い奴らを中心に、ずっとマシになってはいたとは思う。


 大神官の遣いというあからさまな余所者すら、国王陛下の傍で手伝うことを許していたぐらいなのだから。


 あれらは、仕事量が多く、猫の手も借りたい状況だったこともあっただろうが、セントポーリア出身ではなくとも、その能力を認められている千歳さんの功績があるとは思っている。


 だが、余所者に怪訝な目を向ける年配の視線は確かに感じた。


 尤も、栞がそれで不快な思いをしていないようだったから、それについてはどうでも良かったのだが。


 この国に男尊女卑の思考があり、余所者を排除する気配はないのなら、オレは男の姿でうろついた方が良いだろう。


 女の姿では、妙に目を引いてしまうらしい。

 女が魔獣の退治に臨むことは珍しいということだろうか?


 いや、あれはオレの連れが目立つ容姿をしていたから仕方のない面はある。

 どんなに認識阻害の眼鏡を身に付けさせたところで、生来の育ちの良さを隠すことなんかできない。


 それにぼんやりとしか認識できなくても、その顔が整っていることは雰囲気で分かる。


 魔法を使わずとも、美人に対しては妙に勘が鋭くなってしまうのは本当に不思議だと思うが、男というのはそういうものだ。


 オレ一人なら問題はないと思うが、それでも、厄介事を引き起こす可能性が僅かでもあるなら、やはり、避けた方が無難だろう。


 最低限の変装はいるだろうが、男の姿なら、周囲に気を遣う必要もない。


 そう思い、いつものように髪色と瞳の色で悩んでいる時だった。


「栞……?」


 城下で感じた時とはまた違う気配が伝わってくる。


 先ほどは不安で、心細く、今にも泣き出しそうなものだった。

 強い彼女が時々見せる弱い部分。


 だから、人間界を思い出すようなことがあったのだと思った。

 栞の婚約者候補となった男は、人間界を知っている男だと聞いているから。


 だが、今度は、驚き、戸惑い、困惑といった感情。

 それらは負の感情とは違うようだが、胸の奥が酷く騒めいた。


 大したことではない。

 大丈夫だ。

 ずっとそれを覚悟していただろう?


 そんな言葉が自分の中で生まれる。


 そして、直後、栞の体内魔気が動く気配もした。

 もしかしたら、まだ何か魔法を使うようなことがあったのかもしれない。


 だけど、落ち着かない。

 嫌な予感……、空気?


 よく分からないまま、部屋で立ちすくんでいると……。


 ――――っ!?


 これまで以上に分かりやすく、彼女の気配が変化した。


「何か……。()()()()?」


 それが何かは分からない。


 だけど、魔法を付与するかのように、本当に一瞬だったが、栞の体内魔気に一筋の何かが走り抜けたような感覚があった。


「今のは、一体……?」


 栞の気配そのものが変わったわけではない。


 先ほどの感覚も、本当に秒とかかっていない刹那の時間。

 だが、確実に、何かが起こった。


 オレが知らない場所で。


 それだけ、混乱している状況で、さらに、彼女の気配(感情)が変化した。

 先ほどよりも、もっと強い困惑、混乱、そして、羞恥に似た何か。


 栞の婚約者候補となった男は、いきなり距離を詰めたり、彼女の意思を無視して血迷った行動を取るタイプではないと感じていた。


 だから、安心してしまったのだ。


 だが、これは……?


 そう思った瞬間には、もうオレは彼女の部屋へと飛んでいた。


 栞の部屋には、王族すら迎撃、撃退できる結界を施している。


 セントポーリア城下で使用したコンテナハウスに備えていたものに、さらに手を加えて改良したものだ。


 参考にしたのは、ストレリチアの大聖堂内にある「迷える子羊」用の部屋だ。


 大神官の結界は法力が基調となっているが、その効果さえ分かれば、魔法で同じ効果を出すことは不可能ではない。


 防護結界で大事なのは、相手の思考を上回る黒さだ。

 オレはそれを兄貴と大神官より教わった。


 因みに、その部屋の結界の発動条件は、これまでのように、栞に害意を向けると発動するものでもなくなっている。


 力尽くで、彼女の気持ちを無視した行動を取ろうとした時に、発動するようになっている。


 一般的な結界では、栞にとって害のある行動でも、相手が彼女を害する意思がなければ発動しない可能性があったのだ。


 世の中は広い。

 そして、変態も多いし、思い込みの激しい人間だって少なくない。


 そのことをオレは嫌というほど学んでいる。


 だから、栞にとって嫌なことでも、相手が勝手な思い込みで、それが悪いことではないと思って近付けば結界が作動しないこともあったかもしれない。


 尤も、そこで侵入できたとしても、十中八九、有能すぎる魔気の護り(自動防御)が発動するとは思っている。


 機械的に設定が必要な結界と異なり、彼女の魔気の護り(自動防御)は、どこまでも自分基準らしい。


 その時の気分によって、判定が変わっている可能性すらある。

 それでも、かなり高性能なことに変わりはない。


 だが、できれば、それは最後の手段として隠し持っていて欲しいと思っている。

 使えるからと言って、頼り過ぎは良くない。


 だから、結界を少しずつ改良していくのだ。


 あの部屋にはその結界以外にも、移動魔法系防止の措置が当然ながら施されている。

 だが、万が一の緊急事態に備えて、オレと兄貴の魔力登録はしている。


 だから、移動魔法を使って、直接彼女の許へと飛ぶことができる。


 だが、それは緊急時以外に使用することはしないと考えていた。

 当然だ。

 理由なく、意味なく、移動魔法を使って部屋に侵入するわけにはいかない。


 だが、不測の事態だと判断した。


 いや、正直なところ、そんなことを考えている余裕はなかったかもしれない。


 ただ、栞の状態が気にかかった。

 オレの行動原理はただそれだけだったのだ。


 そして、その現場を目撃することになる。


「シオリ様に対して、何をなさっていらっしゃるのですか? おね~さま?」


 それは、我ながら脊髄反射のような速さだったと思う。

 言葉を吟味することもなく、本当に何も考えず、自然に口から吐き出された言葉。


 普通に考えれば、その台詞自体は咎められるべきものではない。

 侍女……、いや、護衛の判断としては適切ではあるだろう。


 だが、オレの精神的な話としては問題しかない。


 ただの嫉妬から出た言葉だ。

 護衛の範疇を超えた私情だ。


 寝台の上で身体を起こしているだけの栞が、兄貴から抱き締められていたところを見せつけられただけで、情けないことにオレの感情が激しく揺さぶられたのだ。


 こんなことは以前にもあった気がする。

 だが、あの時は一目見ただけで、栞の状態がおかしかったことが分かったのだ。


 だから、それでもさっきよりはマシだった。

 思わず、叫びはしたものの、一目で状況が理解できないほどではなかったから。


 あの時は、栞は身体から魂を抜かれ、当人の意識がなかった。


 だから、兄貴はその応急処置として、栞の全身を抱き締めて()を、この世界に繋ぎ止めようとしたのだ。


 そこには明確かつ納得できる理由があった。


 だが、今回は栞の意識がある。

 どこか茫然としている様子だけど、それでも、あの時のような緊急性は感じられない。


 そのことが、オレの焦燥感を強めていく。


 ―――― 駄目だ!!


 そう思う自分もいるのに、思考が焦慮に駆られ、騒めく気持ちが溢れようとしている。

 そんな自分が信じられなかった。


「ヴァルナ。帰ってくるなり、怖い顔ですね」


 だが、いつもよりずっと高い声に窘められる。


 そこにあるのは、優越でも侮蔑でもなく、ただ憐憫の眼差し。


 そして、そのすぐ傍で、信じられないものを見るような黒い瞳が視界に入ったのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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