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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 弓術国家ローダンセ編 ~

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知らないうちに

「うわあ~」


 わたしは思わず、感嘆の声を漏らした。


 目の前にあるのは、メスシリンダーのような細長い円筒形のガラスの瓶に入った桜の花が付いた枝だった。


 中は、透明な何かでしっかりと固められているようで、ガラス瓶を少し揺らしても、中の花は揺れない。


 そして、この花は造り物にも見えない。


 こんな風に花びらの一部だけ萎びれているっぽく作る必要はないだろう。

 造花なら、もっと綺麗な物ができると思う。


 この桜は恐らく、現代を生きる日本人が一番、よく目にする種類だろう。


「ソメイヨシノをプリザーブドフラワーにした後、特殊な液体で固めた物です」


 やっぱりソメイヨシノだった。


 でも、プリザーブドフラワーというのは分からないけど、サクラって水分が多いから、ドライフラワーにはあまり向かないと聞いたことはある。


 生花の加工という意味では、多分、大差はないよね?


 しかも、ソメイヨシノは花びらが散りやすくて、押し花にしようとした時は、すぐにバラバラになってしまった。


 いや、あれはわたしのやり方が悪かったのかもしれないけど。


 それなのに、これは凄いと思う。

 桜の、ソメイヨシノの形は花びらが一枚も欠けることなく、ちゃんと残っていているのだ。


 まるで、このガラス瓶の中だけ、時が止まっているかのようにも見える。


「綺麗……」


 先ほどの盆栽も感動したけれど、これも別種の感動があった。


「やはり、盆栽のように爺むさい趣味よりもこちらの方が若いシオリ様にはお似合いですね」


 爺むさい趣味って……。


「ルーフィスさん、わたしよりも年下ですよね?」


 そして、実年齢もわたしと2歳しか変わらないですよね?

 そんな人に、「若い」と言われるのは、いろいろ複雑な気分になる。


「本当ならば、これらをシオリ様の部屋に飾らせていただきたかったのですが、暫くは、()めておいた方が良いみたいですね」

「え……?」


 暫く?

 どういうことだろう?


「アーキスフィーロ様と、一緒に『ヴィーシニャ』を見に行くお約束をされていましたから、その後に飾ることとしましょう」

「へ?」


 アーキスフィーロさまと一緒に「ヴィーシニャ」を見に行く約束?

 「ヴィーシニャ」って、確か、この国で夏に咲く桜に似た花のことだったよね?


 見に行くかと聞かれた気はするけど、そんな約束したっけ?


「そのご様子だと、やはり、お気付きではなかったようですね。『もし、よろしければ見に行きませんか?』とお声をかけられたのは、恐らく、()()()()()()()()()()()()ですよ」

「ほげっ!?」


 なんですと!?

 それが本当なら、わたしは知らないうちにデートに誘われていたらしい。


 いや、デート?

 デートと言って良いのか?


 これって、花見のお誘いってことだよね?

 ああ、でも、婚約者候補なら、一応、デートってことになるのか?


 分からぬ。

 わたしに経験値が足りなすぎる。


 わたしよりも経験値が遥かに多いと思われるルーフィスさんの言うことだから、間違っているとは思えない。


 しかし、あれはちょっと分かりにくいお誘いだと思う。


 いや、経験値が少ない自分がそう思うのは、失礼かもしれないけど、経験値が少ないからこそ、はっきりと言ってくれないと分からない。


 わたしは、自分からデートに誘ったことはあるけど、誘われたことは……、あるにはあるのか?

 でも、そのほとんどは護衛としてだから、数に入れてはいけないかもしれない。


 そうなると、わたしがまともにデートしたのはセントポーリア城下だけか?

 だが、それも「高田栞」としてではなかった。


 まあ、いずれにしても、圧倒的経験不足であることに変わりはない。


「誘われたことに気づいておりませんでした」


 これって、悪女ってやつになってしまうのだろうか?


 でも、事前に聞いていて良かった。


 日程確認のためとかで、改めて、その話題に触れられた時、実はお誘いだったと気付いて叫ぶ自信がある。


 流石に、婚約者候補からデートのお誘いをされていたのに、先ほどのように珍妙な叫びをあげるのは失礼だろう。


「気付いていなかったとアーキスフィーロさまに言ったら、悪女と思われますか?」

「直接言うことは避けた方が良いでしょうね。それにシオリ様は『悪女』というよりも『小悪魔』と言った方が近いと思われます」

「ランクが足りないってことですね」


 経験不足ってことだろうか?

 悪女より、小悪魔の方が少し、落ちる気がする。


「可愛らしいということですよ?」

「ルーフィスさん。先ほどからずっと、本性(ほんしょ)……、いえ、素が出ている気がします」

「これは失礼致しました。以後、気を付けましょう」


 そう言って、ルーフィスさんは微笑みながら一礼した。


 いや、正しくはわたしをこの部屋に連れて戻った時から、言葉遣いはそのままだけど、会話の内容的に、ルーフィスさんが雄也さんであることを全く隠していない気がしていたのだ。


 せっかく、わたしの方は頑張って気付いていないふりをしているというのに、これでは意味がなくなる。


 それとも、わたしは気付いても問題ないの?

 それによって、あなたたち二人に何らかの(ペナルティ)はない?


 でも、どこかで、「わたしにはその正体を言ってはいけない」という約束をしているって言われた気がする。


 それがいつ、どこで言われたのかまでは覚えていないけれど、雄也さんは会話の合間にさらりと重要なことをわたしに言うことが多い。


 だから、いつものようにさり気なく会話に差し込まれたのかもしれない。


「でも、シオリ様もお気を付けください」

「え?」

「この部屋に戻った時からの、(わたくし)に対する態度と口調は、いつもの可愛らしいものに変わっております。少なくとも、まだ慣れていない人間に対するシオリ様の反応としては、些か、珍しい種類と愚考しますが、いかがでしょうか?」


 さらににっこりと笑う。


 確かに、ルーフィスさんが雄也さんであることを確信したかのような態度ではあった。

 人に指摘する前に、わたしの方も気を付けねばならない。


 ここは味方しかいなかった場所とは違うのだ。

 一瞬の油断でわたしの足を掬われることになるかもしれない。


「はい。わたしも気を付けたいと思います」

「尤も、この空間ではそこまで気を張る必要はないかと存じます」

「え?」


 しまった。

 先ほど言われたばかりなのに、また変な反応になってしまった。


 思わず、自分の顔を押さえる。

 付け焼き刃では、やはり難しいということか。


 知らない人の前ならともかく、身内しかいない空間になるとわたしの気が抜けてしまうらしい。


「この空間には、シオリ様の御身を御守りするために、それなりの防護結界を施しております。ここに侵入するのは、精霊族の血が混ざっていている人間であっても骨でしょうね」


 ルーフィスさんが妖艶に微笑みながら、とんでもないことを口にする。


 防護結界は分かるけど、その例に「精霊族の血が混ざっている人間」と出した部分が怖い。

 わたしは、何も言ってないのに。


「あの『精霊族』は、(わたくし)どもの知る精霊族たちよりも少しばかり気配が分かりやすいようです。まあ、(わたくし)もヴァルナも常に精霊族対策をするようになったこともあるでしょうが、かの者は、表情と言動からも読みやすくはありました」


 まあ、セヴェロさんは隠す気もなさそうだしね。

 わたしが少しその可能性を考えただけで、あっさりと自分から口にしたぐらいだったし。


「それだけ、(わたくし)どもが精霊族やその狭間族たちと接してきたということでもあるでしょう。本物を知っていれば、少しの違和感で察することは可能です」


 言われてみれば、わたしもセヴェロさんに対しての違和感は、すぐに分かった。

 でも、それは精霊族(本物)も、狭間族(その混血)も知っているからだ。


 普通に生きていれば、精霊族に会うことはないだろう。

 あるいは、会っていても気付かない。


 それだけ、普通の人間たちは、精霊族というのは、遠く離れた世界に住む種族として認識しているから。


 だから、精霊族やその血が混ざっている人間に会っても、それと意識しない。

 ちょっと変わった人だなとしか思わないのだ。


「ですから、この私的な空間だけは気を抜いても大丈夫だと存します」


 この人のことだから、中途半端なことはしないだろう。


 中の音が外に漏れないことは当然だとして、セントポーリア城下の森で九十九が出したコンテナハウスに匹敵するぐらいのものだと思っていた方が良いかもしれない。


「シオリ様が少しでも、この国で心安らかに過ごせるようにヴァルナとともに尽力させていただきました」


 その微笑みはいつものように黒さを感じるもではあるが、その詳細を聞くのは止めておくことにする。


 思わず、「やり過ぎ」だと叫ぶ未来しか見えないから。


 でも、これが彼らの想いなら、多少、度を越していたとしても、簡単に否定して良いものでもないのだ。


 それだけ、この国でわたしが過ごすことは困難も多いということだろう。

 どこかで息抜きできる場は確かに必要かもしれない。


「ありがとうございます」


 だから、わたしはそう言うだけにしたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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