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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 弓術国家ローダンセ編 ~

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学舎の意義

「教育には金がかかることは理解できるけれど、それを関係のない貴族たちが負担するのはおかしい! というのが、反対派の意見のようです」


 そんなセヴェロさんの言葉に対して……。


「でも、それは『学舎』は何も悪くないのではありませんか?」


 わたしは、素直に思ったことを口にする。


 だけど、それは意外だったのか、何故かセヴェロさんとアーキスフィーロさまが揃って目を丸くした。


 そんなに変なことを言ったかな?


 確かに、教育にはお金がかかることは理解できる。

 実際、わたしは母子家庭だったから、その辺りも考えて、進路を選ぶようにしていた。


 そして、学びたいと思う庶民のために、それと関係のない貴族がそれらの経費を負担するのもおかしい。

 そう言いたくなる気持ちも分かる。


 尤も、本当に関係がないはずもないのだけど。


「貴族の方々がご不満なのは、単純に財源の話ですよね? それを『学舎』の問題と一緒にするのはおかしくないですか?」


 お財布がどこからかという話だ。


 全額、貴族だけが負担しているのなら、文句が出るのは当然だろうし、日本のように全国民が等しく教育を受けるために、全国民たちがそれぞれ負担する形なら、そこまで大きな声が上がるとも思えない。


 巡り巡って、自分たちが教育する手間とかも軽減され、長期的に見れば、プラスになる話であるはずなのだから。


 だから、「税金が上がった」(イコール)「学舎の全否定」は思慮が足りないと言わざるを得ない気がする。


「貴族の方々から、不満が上がるなら、その財源を見直すべきではないでしょうか?」


 貴族からお金を集めてそれがそのまま教育のお財布になるから不満なら、別の国庫から支出する方法もあるはずである。


 国の財源は一種類ではない。

 それはセントポーリア城で事務仕事を経験したわたしも知っている。


 国によって違うだろうけど、そこまで大きな違いがあるとも思えない。


 支出金、負担金、補助金の違いはよく分からないけれど、とにかくいろいろなところからお金を集めて、城下や国境の整備、国内での治安維持、街道の保全、とにかく国のためにいろいろ使われているのだ。


 尤も、ここで財源を変えようと口にしたところで国が決めることだ。

 この世界では王族たち。


 だから、何の意味もないのだろうけど。


「財源の場所を変えたところで不満は出ると思いますよ。結局、その出所は、自分たちが納める税金であることには変わらないんだから」


 セヴェロさんはどこか挑発的に言った。

 この問題を解いてみろと言わんばかりに。


 わたしは考えてみる。

 勿論、セヴェロさんの言った意味も理解はできるのだ。


 仮に教育用の税金と言われていたお金が、人材育成用の税金と名前を変えたところで意味もないだろう。


 そう考えると、日本の義務教育のシステムって、当然のように存在していたけれど、実は、凄かったんだと思う。


 「子供の教育なんて無駄なものに金を使うな」なんて苦情は……、多分、どこからも、誰からも出ていなかったはずだ。


 いや、仮に出たとしても、少数だろう。


 偏った教育は問題だけど、日本の義務教育は、統一化された教科書を使って、確か、指導の仕方の基本的な指針となる指導要領もあったはずだ。


 この辺りは、将来を考えている時にちょっとだけ勉強している。


 じゃあ、何故、国民から「無駄金」と言われないのか?

 それは、国民たちのほとんどが「教育の重要性」を知っているからだ。


 つまりは、この国の人たちはそれを知らない。

 それが先行投資だと思えない。


 だから、不満になっている?

 そして、そっちの方が、「学舎」の存在意義に関係がありそうだ。


 そうなると、そちらから攻めるべきか?


「シオリ様」

「はい」


 尚も考えていると、ルーフィスさんから声を掛けられる。


「なかなかに興味深いお考えのようですが、まずは、目の前の仕事を片付けましょうか。いずれにしても、この場で考える問題ではありません」


 困ったように笑いながら、ルーフィスさんは言葉を続けた。


 それもそうだ。

 完全に思考が明後日の方向へ突っ走っていた。


 うっかり、セヴェロさんに乗せられてしまったと言うべきだろう。


「それもそうですね」


 ルーフィスさんが言うように、この場のノリと勢いで考えても良い考えが湧き出るはずがない。


 参考となる資料もないのだ。

 それならば、後で、ゆっくり考えた方が良いだろう。


 その時なら、目の前のこの優美に微笑む方からも知恵をお借りできるかもしれない。


「え~、止めちゃうんですか~? シオリ嬢の考え方、この国にはない視点で面白いのに」


 セヴェロさんから軽い口調で言われたが、明らかに褒められている気はしない。


 それに、わたしぐらいの考え方を持てる人はいっぱいいると思う。

 この国は特に、人間界へ行った人が少なからずいるのだ。


 そして、世界そのものが違うあの世界から得られる情報は決して少なくないだろう。


 それに他国滞在期に他の国へ行くほどの人間となれば、現地で様々な学びを得ようとするはずだ。


 わたしみたいに、ただあの世界で普通の女子小学生、女子中学生として生活していた人間とは視点が違うのも当然の話だ。


 つまり、この国にはない考え方だというのなら、単純にわたしの考えが浅いだけの話だと思う。


 他国の先進的な考え方を取り入れることが難しいことなんて、国の仕組みを考えるような人たちは百も承知のことだろう。


 だから、セントポーリア国王陛下も苦労していたわけだしね。


 わたしは目の前の書類と再び、向き合った。


 難しいことを考えるのは、頭の良い方々に任せる。

 凡人でしかないわたしは、自分にできることを着実に積み重ねていくだけだ。


 だけど、ふとした時に考えたくなる。

 今よりも、もっと状況を良くしたいと思ってしまうから。


 それは傲慢で烏滸(おこ)がましい考え方だ。

 何かを作り出す、何かを動かすことはそんなに簡単な話ではない。


 それが、国の歯車ともなれば尚のことだ。


 ああ、何故だろう?

 考えまいとすればするほど、考えてしまう。


 細い細い繋がりを求めるかのように。


 この世界で、あの世界と似たものを感じてしまったから。


 ―――― 人間界に、戻りたいか?


 それは港町での問いかけ。

 それに対して、わたしは首を振って否定した。


 あの時も、人間界のことを思い出したのだ。


 神秘的な音で「さくらさくら」の演奏を聞いたから。

 折しも季節は春で、(あの花)を思い出しやすい時期でもあった。


 もう、戻りたいわけじゃない。

 そんな時期はもう過ぎた。


 わたしはこの世界で生きている。


 だけど、忘れたくもない。

 あの世界でわたしは生きてきたのだから。


 この国に来てから、どこか不安定だ。

 ちょっとしたことで心が揺さぶられる。


 それは、あの景色を見てしまったから。

 あの坂道で、昔見た、桜並木を幻視してしまったから。


 だから、ちょっとだけ柄にもなく感傷的になってしまうのだ。


「シオリ様」

「はい?」

「本日は、ここまでとしましょう」


 ルーフィスさんの声。


「アーキスフィーロ様。主人は少し、調子を崩してしまったようです。仕事はまだ途中で、申し訳ありませんが、本日はここまでとさせてください」


 それは有無を言わせぬ申し出。

 そして、その言葉で、わたしは自分が止められたことにようやく気付く。


「分かりました。もともとはこちらがご無理を言ってしまったことが原因です。シオリ嬢は自分の仕事でもないのに、頑張ってくださいました。十分です」


 アーキスフィーロさまも、ルーフィスさんの言葉に頷いた。


 わたしの様子がそれほどまでにおかしいと判断されたらしい。


「え~!? ここから先、ボクたちだけでこれを処理するんですか~!? 無理、無茶、無謀ですよ」


 セヴェロさんだけがそんな泣きごとを言う。


「さあ、シオリ様。お部屋までお連れします」


 それをあっさり無視するルーフィスさんは、わたしの手を取って立たせようとした。


「でも……」


 わたしは机に残っている書類を見る。

 そこにはまだ消化不良の状態で残っているのだ。


「後で、こちらにはヴァルナを出します。(わたくし)も、シオリ様を休ませたら戻りますので、まずはお部屋に戻りましょう」


 そう言われては、仕方ない。

 わたしとヴァルナさんではどちらが役に立つなんて明白だ。


「ヴァルナ嬢も事務仕事できるんですか? まだ幼いでしょう?」

「誰かにお仕えするにあたって、恥ずかしくない程度の教育は(わたくし)の手でしておりますので、ご安心ください、セヴェロ様」


 ルーフィスさんが微笑むと、セヴェロさんが言葉を呑んだ。

 もしかして、この様子だと心の中で牽制された?


 でも、わたしはルーフィスさんにセヴェロさんが心を読めることを伝えていないのに。


「ああ、そういうことか」


 セヴェロさんは何か、納得したように頷く。


「ルーフィス嬢は、シオリ嬢のことを好きすぎませんか?」


 さらには、そんなことを言ったのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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