表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 弓術国家ローダンセ編 ~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2243/2803

理解するために

 わたしが頭を悩ませながらも翻訳作業という名の、文章更正を続ける。


 その中にふと、気になる文章があった。


『雲の上に立つ方々のお気持ちなど、自分のような人間に分かり得るはずもなく、されど、この問題はしかるべき場所へと提起するために、決して高貴なる方々を貶める意図や不満などを抱くことはあり得ずに、国を憂い憂慮する一人の人間として、学舎などと言う無意味で無価値なものに我らの財を注ぐのは愚昧で愚劣なる行いであると、一言だけ申すべき所存であるが、立場ある方々をお守りする臣下として、己を顧みない勇気ある苦言であり、素晴らしき立場にある方々の大変、馬鹿馬鹿しくも愚かしい行いを諫めるために、こうして、筆を取り、学舎なる存在は無駄だと諭すものであることを納得し、承知し、了承していただきたいと存じ上げます』


 一文に情報を盛り込み過ぎである。

 最初に思ったのはそんな言葉だった。

 

 直接的に批判する言葉を避けるための文章を書こうとして、完全に方向性を誤っている感がひしひしと伝わってくる。


 そして、その中でもやはり、前後で意味が繋がらない。


 さらに言えば、強調するためなのだろうけど、似たような表現が続きすぎるなど、いろいろと言いたいことが次々と湧き出てくる。


 いや、人の文章に文句を言えるほどの文章が書けるわけではないが、それでも、ここまでではないと自分を信じたい。


 これまで数十枚の似たような文章を見てきたが、どうやら、ヴィバルダスさまは格好つけた文章を書こうとして本末転倒になるタイプっぽい。


 回りくどく勿体ぶった言い回しをしているうちに、その表現を使っている自分に陶酔して、肝心の目的を忘れてしまう感じだろうか?


 まあ、分からなくもないけれど。

 自分でも上手いことを言ったと思えた時って、やっぱり嬉しいからね。


 だが、やはり、これは文章としてどうなのだろうか?

 わたしの理解力が追い付かないだけ?


 ―――― 学舎になどに税金をかけるなど、無駄であるからやめてくれ


 わたしなりにこの長文の要点を纏めれば多分、こんな意味になるのだと思う。


 その学舎について、無駄金を使うなと言いたいけれど、相手の身分が高いために直接的な言葉を使えば角が立たせないよう、いろいろな表現で誤魔化しているようだ。


 勿論、全く誤魔化しきれてもいないのだけど。


 これらの文章の端々から、相手に対する批判的な本音がだだ漏れている。

 この文章を渡したい相手が目上の人間ならば、それとなく匂わす程度に留めないといけないだろう。


 これの翻訳については後から考えるとして、今のわたしには、この文章の中で、ちょっと気になる部分があった。


「アーキスフィーロさま」


 わたしが声を掛けると……。


「どうしました?」


 アーキスフィーロさまが顔を向けてくれた。


 お仕事の邪魔をして申し訳ないとは思うが、このことを理解しないことには翻訳に差し支えると思って、言葉を続ける。


「ご質問なのですが……、この国には、学舎があるのですか?」


 ヴィバルダスさまが書かれた文章を見る限り、あるとは思う。

 だけど、それはわたしが思い描いているものと同じかどうかも分からない。


 しかも、ウォルダンテ大陸言語で書かれているため、もしかしたら、翻訳を間違えている可能性もある。


「はい。全ての国民が学ぶということは流石にできませんが、知識を身に付けたい者たちにその門戸を開いております」


 まだヴィバルダスさまが書いた紙を見せてもいないのだけど、わたしが何を聞きたいのかを理解してくれたようだ。


「そうですか。学舎……、学校があるのですね」


 人間界にもあった学校と似た施設があるらしい。

 勿論、同じ物ではないだろう。


 アーキスフィーロさまの言葉からもそれは理解できる。


「知識を得たいと思った人が、国によって学ぶ環境を与えられるということは、幸せなことだと思います」


 知識や経験は未来を生き抜くための力となる。

 しかも、それらは使い方によっては、自分を護るものにも変えられる。


 未来を切り開く武器となり、未来を護るための防具にもなるのだ。


 そんな心強いものを、自分だけでなく、国の助けによって得ることができるのなら、喜ばしいことだろう。


 人間界……、日本にいた頃は確かにそうだった。


 その幸せに気付かない人が多かったけれど、それでも、誰もが教育を受けることができる権利と義務を持っていた。


 勿論、等しい教育とは言えない。


 国民が持っている権利と義務は、誰もが等しく教育を受けられるというものであり、全ての人たちが同じ教育の質と環境などを保証するものではなかったから。


 それでも、日本は義務教育と呼ばれる時代の就学率は99パーセント以上で、識字率もほぼ100パーセントだったと聞いたことがある。


 少なくとも、ほとんどの日本国民たちは、日本語(母国語)の読み書きができたということだ。


 だけど、この世界はそうではない

 それぞれの大陸によって大陸言語と呼ばれる文字があるが、地域によっては偏りがあるらしい。


 貴族は家庭教師から学び、聖堂にいる孤児は「教護の間」と呼ばれる場所で読み書き等の教育を受けられるが、その中間……、一般市民や庶民と呼ばれている階層の人たちはどうなのだろうとずっと気になっていたのだ。


 一般市民でも裕福な人たちは多分、家庭教師のような教育者を雇えるのだろうけど、世の中、富裕層だけではない。


 それは人間界で、母子家庭……、貧民と呼ばれるほどではないが、世間的な扱いとしてはやや下の方で育った人間だから、その辺りが余計に気になってしまうのだろう。


 この「学舎」と呼ばれる存在がどれだけこの国の助けになるのかは分からないけれど、知識欲を含めたいろいろな物が満たされる人が少しでも増えれば良いと思う。


 しかし、ヴィバルダスさまのような貴族(偉い人)たちには、それが分からないらしい。


 そんなものがなくても、十分、満たされているから。

 当人にその自覚はなさそうだけどね。


 恐らく、長男(第一令息)、一般的に嫡子となりやすい立場にあるヴィバルダスさまは、二男(第二令息)であるアーキスフィーロさまよりも、もっとずっと恵まれた環境にあるとは思うのだ。


 父親である当主さまの前で我が儘を言っても許されるとか、隔離されることなく、監視されることもなく、普通に生活できるとか、客人に無礼を働いても見逃されるとか、アーキスフィーロさまにとっては羨ましい限りだろう。


 尤も、それを判断すべきはわたしではなく、それらの受け取り手でもある当事者たちではあるのだろうけど。


「シオリ嬢は『学舎』賛成派なんですね。意外だな~」


 そう言ったのは、セヴェロさんだった。


「『学舎』、賛成派……ですか?」


 なんだろう?

 よく分からないけれど、派閥みたいなものがあるのかな?


「いや、この国でかなり意見が割れているんですよ。その『学舎』ってやつのせいで、税金が上がったらしいですからね。偉い人たちは軒並み反対しているのが現状です。税金が上がりましたからね」


 何故か、税金が上がったことを何度も強調される。

 あ~、でも、税金が上がったなら、反対したくなるのも分かる気がする。


 人間界でも消費税の数パーセント上げる時に、かなり揉めたことは、記憶に新しい話だ。

 三年以上も前だけど、もしかしたら、あれからまた上がっているのかな?


 それは、揉める。

 絶対に揉める。


 誰でも、物価の値上げ、税の増加は嫌だから。


「教育には金がかかることは理解できるけれど、それを関係のない貴族たちが負担するのはおかしい! ……と、いうのが、反対派の意見のようです」


 アーキスフィーロさまは溜息を吐いた。


 この方は、教育にはお金がかかるだけでなく、その成果、重要性も知っているからだろう。


「でも、それは『学舎』は何も悪くないのではありませんか?」


 わたしは、素直に思ったことを口にしたら、何故かセヴェロさんとアーキスフィーロさまが目を丸くしたのだった。


 何故?

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ