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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 弓術国家ローダンセ編 ~

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翻訳作業

 さて、本日の過ごし方をアーキスフィーロさまに聞きに行ったはずが、何故か、その書斎で事務仕事をすることになった。


 しかも、侍女であるルーフィスさんも巻き込んでしまった。

 正しくは、本人がやると言ってくれたからだけど。


 だから、それは良い。

 それは良いのだけど……。


「暗号……?」


 そう言いたくなるほど、達筆な……いや、個性的な文字が並んでいる。


 セントポーリア城でも個性的な文字を書く文官さんは多かったけれど、これは(ひど)……、いや、癖のある文字だ。


 しかも、わたしが渡された文字は同一っぽい。

 同じ人が書いたのだろう。


「シオリ嬢にお渡しした書類が兄の物。ルーフィス嬢にお渡しした書類は当主の物です」


 よりにもよって、ヴィバルダスさまのものとか。

 いや、文字には人の性格が出ると聞いたことがあるけれど、妙に納得してしまった。


「シオリ嬢には、その翻訳を。ルーフィス嬢には、文字の更正をお願いしてもよろしいでしょうか?」


 更正はともかく、翻訳とは一体……。

 いや、そう言いたくなるのも分かる文字ではあるのだけど。


 しかし、ヴィバルダスさまのものと分かると、やる気が出なくなるのは何故だろう?


「シオリ様」


 その声で反射的にわたしは顔を上げる。

 そこには妖艶な笑みを浮かべたルーフィスさんが目に入った。


「シオリ様の母君は、文官だと伺っておりますが、()()()()()()だったのでしょうか?」


 ああ、この人は、こんな言い方が上手だなと苦笑したくなる。


「いいえ。我が母は、誰もが忌避するような面倒な事務仕事でも、笑みを浮かべて受け入れる人です」


 人間界では面倒な仕事を引き受けたその後で、いろいろ発散させていた覚えがある。


 ピアノでひたすら、ねこが踏まれた曲を弾き続ける母の姿は、幼心にもかなり恐ろしいものがあった。


 そして、それから何年か後、セントポーリア城での母は、受け入れた後で、他の人がやりやすくなるように分散していた。


 随分と強かになったものだと娘心に思ったものである。


 それはさておき……。


「その娘であるわたしが、仕事を選ぶはずがないでしょう?」


 あんな言い方をされては受けて立つしかないじゃないか。


 確かにヴィバルダスさまは好きになれないタイプの殿方ではあったが、これらの書類に罪はない。


 仮令(たとえ)、これらの紙に書かれていることが、正気か? ……と、頭を疑うような内容であっても。

 仮令(たとえ)15歳以上(成人している)とは思えないような稚拙な表現であっても。


 いや、逆に考えよう。

 これは、やりがいがある! ……と。


 ここまで酷い書類の修正を違和感なくできれば、わたしは多分、今よりも成長できる! ……と。


 わたしは腕まくりをして、文字が躍っている書類と向き合う。


 ―――― えっと、これはこういう意味かな?


 ―――― さっきの話の続きだと思われるから、こういうことかな?


 ―――― 主張がブレているから、ここをもう少しこっち側に寄せた表現にして……


 まるで、難解なパズルを解いている気分になる。


 頼むから、一番大事な主義主張部分はコロコロ意見を変えないで欲しい。

 百歩譲って、別の紙ならともかく、同一の紙上でこれは酷いだろう。


 例えば、「男性はか弱き女性を守るために前に出て戦え」と書いた二行後に、「女性は優れた存在である男性の前に立ち、その身を挺して常に危険から守る盾となれ」と書き、さらにその五行後に、「男性の前に女性は無力なのだから無意味に出しゃばることなく男を立てて後ろに控えていろ」という文章が続く。


 これでは男性が女性を守る存在なのか、女性が男性を守る存在なのか、どちらを前に立たせたいのか、結局、女性を後ろに控えさせたいのか全く、分からない!!


 そして、この人こそ、「学舎」が必要なのではないだろうか?

 明らかに学びが足りないと思われる。


 文章が苦手なのは仕方ない。

 誰でも向き不向きはある。


 だけど、自分の意見がブレブレなのはいただけない。


 頭を抱えながらもなんとか、翻訳作業を進めていく。

 文脈のおかしさだけでなく、誤字と脱字も多いから余計に難解だ。


 難易度Sクラス。


 だから、手を抜かない。

 わたしが頑張れるだけ頑張るのだ。


「誤字補正終わりました」


 わたしがそう口にするとほぼ同じタイミングで……。


「代筆、完了いたしました」


 ルーフィスさんも書類を揃えながらそう口にした。


 わたしの倍以上はあったはずなのに、あれだけの量をもう終わらせたのか。


 ぐぬう。

 次はもっと頑張らないと!


「ありがとうございます」


 アーキスフィーロが御礼を言ってくれる。

 よくよく考えたら、これらの量をセヴェロさんと二人で頑張っていたのだ。


 それもかなり凄いよね?


 しかも、実は書類仕事が苦手だって聞いた。

 どれだけ頑張ってきたのだろうか?


 アーキスフィーロさまが書類の内容を確認していく。


 この時間は結構、緊張する。


 だけど、まだ書類の山が無くなる様子はないので、次の仕事に取り掛かる。


 ルーフィスさんは既に、次の仕事の紙が一枚、完了しているようだ。

 早過ぎませんかね?


「あ~、アーキスフィーロ様。これ、ボク、要らなくないですか?」


 そんなセヴェロさんの声がする。


「逃げるな」


 アーキスフィーロさまの鋭い声。


 確かにここまで量が多ければ、猫の手も借りたいだろう。

 いや、現実の猫は、この場の書類の山を足蹴にするだろうけど。


 そんなことに気を散らせている間に、ルーフィスさんの書類がまた一つ片付いたようだ。


 マズい。

 この人は、かなり事務処理が早い。


 そして、やはり手慣れている。


 考えてみれば、弟が人間界にいる間もこの世界に来ていたような人だ。


 さらに言えば、各国に顔を出しては小金を稼ぐために日雇いで仕事をしていたとも聞いている。


 それって、経験のためもあったんじゃないかな?

 あるいは、各国に顔を繋ぐため……とか?


 まるで、付いてこれるか? ……と、言わんばかりの速度。


 既に、付いていくことなどできる気がしないけれど、このままどんどん引き離されて行くだけなのも嫌だ。


 それに、まだ「事務」と呼ばれるお仕事を始めてからわたしは日が浅い。

 つまりは初心者、若葉マーク、ピッカピカの一年生なのだ。


 だから、分からないことを聞くのは恥ではない。

 分かったふりをする方が恥なのだ!!


「ルーフィスさん、ちょっと確認したいことがあるのですが……」


 他の仕事をしている人に話しかけるのは憚られたが、このまま手を止めるのも良くない。

 思い切って、小さな声をかけてみる。


「なんでしょうか?」


 手を止めて、わたしの方をしっかりと見つめながら、ルーフィスさんは返答してくれた。


 いつもは黒い瞳。

 でも今は紅い瞳。


 いつもは黒い髪。

 でも今は薄い緑の髪。


 いつもとは違う顔。

 でも、やはりルーフィスさんは雄也さんだと思う。


 化粧をしてかなり顔の雰囲気を変えているから、一見、分からない。


 でも、何気ない仕草とか、話しかけた時に真っすぐに見つめてくるその瞳とか、ちょっとしたところに雄也さん要素を感じるのだ。


 尤も、それはわたしが始めから、ルーフィスさんを雄也さんだと疑っていたからというのもあるだろう。


 だけど、それがなくても、わたしは気付いたのではないだろうか?


「この部分の文章について書き手の意図が理解できないのです。お知恵をお借りしたいのですが……」


 まるで、国語のテストのような問いかけになってしまったが仕方ない。

 本当に何が言いたいのかが分からないのだ。


「拝見しましょう」


 そう言って、ルーフィスさんはわたしから紙を受け取り、その眉を少しだけ動かした。


 そして……。


「恐らくはこういう意味だと思われますが、前後の文脈を考えれば。こちらの意味にも取れますね」


 ルーフィスさんがいくつかの候補を絞り出してくれた。


 流石は、ルーフィスさんだ。

 わたしにはない視点からも考えられている。


「ありがとうございます。もう少し考えてみますね」


 自分にはない思考の持ち主の考え方を理解することは大変難しい。


 なるほど。


 確かにヴィバルダスさまの思考は理解しがたい。

 文章でもこれなのだから、リアルタイムで進む会話が、成立しないのも道理だろう。


 アーキスフィーロさまはかなり苦労をされていることが分かる。


「そうなると……」


 わたしは再び筆記具を走らせる。


 国語と違って正しい答えなど分からない。

 そして、分からないからと言って、理解しようとすることを()めてもいけない。


 そう考えながらも翻訳作業を続けるのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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