魔獣討伐
さて、オレと水尾さんがこんな森の中で魔獣退治をしていることに、当然ながら理由はある。
水尾さんは昨日、双子の姉である真央さんとともに、夕方から城下に行った。
なんでも、暫く寝泊まりする予定のロットベルク家に不穏な気配があったために、トルクスタン王子が双子たちを別の場所に離しておきたかったらしい。
まあ、気持ちは分かる。
主人に懸想した男が、何かをやらかしそうな雰囲気があったのだ。
具体的には、夜中に、侵入しそうな気配だった。
そこに飛び火しないように、との配慮である。
いや、主人があの程度の男に何かされるとは誰一人として思っていない。
眠っている時の方が、凶暴で凶悪な反応をする女なのだ。
実際、寝ている部屋に侵入してきた男たちが、触れる間もなく、ふっ飛ばしたという実績もある。
自慢にもならないが、オレも寝ている栞にふっ飛ばされたことがあった。
それだけ、眠っている栞は隙がない。
だが、可愛がっている後輩に対し、そんな行いをやらかそうとした男に対して、何事もなかったとしても、この水尾さんが何の報復をしないとも考えられなかった。
そのために、予め引き離しておいたのだ。
その事実を、あの主人が知ったらどう思うだろうか?
彼女は、水尾さんや真央さんが被害に遭いかけたと知っただけでも激しく心を揺らした。
多少は、揺らすだろうなとは思っていたけれど、我を忘れてしまうほどとは考えなかった。
それだけ、あの主人は、この先輩たちを大事に思っていると言うことだろう。
少しだけ羨ましくなる。
その半分でも、オレは想ってもらえるだろうか?
愚問だな。
明らかに想いの種類が違う。
そんな個人の感情はさておき、水尾さんと真央さんが訪れた宿泊施設のロビーに公共掲示板があったらしい。
そこには様々な人間が来るためだろう。
その掲示板には、様々な紙が貼られていたそうだ。
その中に、「急募! カーカムの退治!」と書かれた紙があり、久しく魔獣退治をしていなかった水尾さんが心惹かれてしまったことが始まりである。
それに、オレが巻き込まれた理由?
単純に、トルクスタン王子からの命令だっただけだ。
水尾さんがやり過ぎないように見張れ、と。
因みに掲示板には、例の手配書もあったらしく、「あれで探せると本気で思っているのかな?」と、真央さんは言っていた。
いや、あの王子は本気で探す気はないのだろう。
本気ならば、あんな他人任せにせず、もう少し動くはずだ。
少なくとも、オレならそうする。
あるいは、母親である千歳さんは城内にいるのだから、いつかは娘である栞も戻ってくると楽観視しているか。
兄貴の話では、王子が出会った亜麻色の髪、薄紫の瞳の女が実は黒髪、黒い瞳であることはもう知っているらしい。
さらに言えば、千歳さんと親子であることも、何故か、王妃によって早い段階でバレていたとも聞いている。
だから、ある意味、王子が栞を探させている間は、千歳さんに何らかの害を与えられることはない。
言葉は悪いが、人質のようなもので、少なくともあの王子と王妃はその感覚を持っているはずだ。
尤も、その間にある程度、地位を確立してしまった千歳さんに、今更、何かすれば、セントポーリア国王陛下だけでなく、他の文官からの怒りも買うことだろう。
それだけのことを千歳さんはやってきていることをオレも見てきた。
ここに母親がいるのだから、娘は必ず戻ってくるという考え方は、どこかマザコン気質のあったあの王子らしいとも思う。
そして、19歳になっているというのに、母親の庇護から抜けることをしないあの王子には分からんだろうが、世の中、ある程度の年齢になれば実の親と決別する人間も少なくない。
少なくとも、今現在、栞はセントポーリアに戻る気がないことをオレも知っている。
「九……、いや、ヴァルナ。この残骸をどう処分する?」
「穴を掘って、そこに放り込んで、火葬した後、土を被せます」
ここは森の中だから、直接、火魔法で焼却処分はできない。
だから、穴を掘ることで森へ延焼することを避けるのだ。
「それでも、土に潜る魔獣を呼び寄せないか?」
「そのために火葬するんですよ」
既に死んだ上に、火に巻かれた物を食らいたい魔獣は少ない。
土に潜る魔獣の中には腐った物を好む魔獣もいるが、それらは焼き物が苦手だとも聞く。
死んだ直後なら、まだその肉体だったものに魔力を含めた魔獣の栄養となるモノが残っているが、焼かれてしまえば、それらは急速に失われるためだろう。
完全にそれらの痕跡が無くなれば、後は魔獣たちの死後の世界へとその魂は還ると言われているが、それについては、神官でも魔獣研究者でもないオレにはよく分からない。
「そうなると、まずは、穴だな」
そう言いながら、水尾さんは凄まじい音を立てて、その場に大穴を掘る。
魔獣を解体した後、残った部分に対して、そこまで大きな穴は要らないと思うが、それを規格外の人間に解いても無意味だろう。
魔獣退治はアリッサムにいた頃から、何度もやっていたらしい。
水尾さんは、10歳からは人間界にいたはずなので、少なくとも、10歳未満からやっていたことになる。
この世界では、生活とかのために、それぐらいから始める人間がいてもおかしくないだろうが、高貴な立場にある人がそんな年齢から始めるのは流石にそんなに多くないと思う。
魔獣など退治しなくても、金には困らないのだから。
確かに手が付けられないような手強い魔獣に対して貴族が出てくるという話は聞くが、それは、15歳以上だと思う。
やはり、魔法国家アリッサムは、どこか他国と違った感覚であるようだ。
「そして、残骸をぶち込む」
水尾さんは、そう言って、先ほどオレが解体した魔獣だったものを見て……。
「どうやるんだ?」
首を傾げた。
解体をした後は、惨状と言って差支えがない。
肉片は散らばっているし、血も大量に噴き出ていた。
それを見て、何か下に敷いて作業すべきだったかと思ったが、既に作業後の話だ。
今更言っても遅い。
「浮かせましょうか」
オレはそう言って、散らばった物を回収して、穴に掘り込む。
肉片はともかく、全ての血を回収することは難しそうなので、そこは、水魔法で周囲を洗い流した。
そのままにしておくよりはマシだろう。
栞なら……、「殺菌」とかやりそうだが、ここには彼女がいない。
それに、こんな凄惨な現場を見せたくもなかった。
栞は命の遣り取りを経験したことがない。
まあ、オレも魔獣相手にはなかったけど、人間界の野生動物たちと感覚的に大差はなかった。
「手慣れているな」
「慣れていないから、こんな風に中途半端なんですよ」
魔獣解体の後処理については知っていたのに、その段取りまで深く考えていなかった。
やはり、知識だけで経験が伴っていない証拠だろう。
「悪かった」
「何のことですか?」
いきなり、水尾さんから頭を下げられた。
「九十……、いや、ヴァルナが、一度も、魔獣退治をしたことがないとは思わなかったんだ」
「言っていなかったのだから、当然なのではないでしょうか?」
聞かれないのに、いちいち、申告するのもどうかという話だ。
「私は、初めて魔獣の討伐戦に参加した時、怖かったよ」
「それは、いくつの時ですか?」
「4歳だ」
それは怖いのも当然の話なのではないだろうか?
オレが初めて魔獣と対峙した時は……、同じ4歳だったな。
だから、兄貴は6歳ってことになる。
だが、魔獣と言っても、制御されている召喚獣だった。
そこが、野生の魔獣と戦った水尾さんとは違う点だな。
ミヤドリードの召喚獣によって、オレたち兄弟は半殺しの目にあったのだ。
それが初めての魔獣戦だったと思う。
もう、何を相手にしたのかも覚えていないほど遠い昔の話。
「4歳で得体のしれない生き物を怖がるのは当然ではないですか? 魔獣は人間と意思疎通が難しい生き物なんですから」
「魔獣が怖かったんじゃない」
だが、水尾さんは首を振った。
「私は自分の魔法で、生き物の命を奪ったことが、怖かったんだ」
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