侍女? のお仕事
「悪い!! 残りがそっちに行ったぞ」
「分かりました!!」
焦ったような声に合わせて答える。
だが、こちらに来ていたことは気付いていたし、そのための迎撃準備などとっくにできていた。
「風刃魔法」
無詠唱でも問題はなかったが、念のために呪文詠唱をする。
仕留めそこなったら、こいつらは面倒だからな。
オレの手から放たれた無数の見えない刃が、標的の首を刈り取っていく。
相手は何が起きたか分からぬまま、派手に鮮血をまき散らしながらその頭部を地に落とした。
「風刃魔法」の勢いが良かったためか、ちょっと血が噴き出過ぎか?
もう少し、魔法の使い方を考えた方が良いかもしれない。
それを見ながら、オレは次の行動に出た。
「うわ……」
それを見ていた本日の相方は、流石に、出血量が多かったためか、その顔色を悪くする。
「どうしました?」
魔獣退治には慣れていると聞いていた。
そのために、血を見ることも平気だとも。
だから、大丈夫だと思っていたが、少しばかりやり過ぎたか?
「魔獣を倒した直後に解体を始めるヤツなんて、初めて見た」
顔色が悪いように見えたのは、惨状を見たからではなく、いきなり、解体を始めたオレの行動に呆れたらしい。
「肉は鮮度が大事なのですから、当然でしょう?」
首を切った直後から、血抜きの作業をしなければならない。
時間を置けば置くほど、血液は肉以上に劣化が早いからな。
生き物は死ねば、細菌が繁殖しやすくなる。
そして、肉よりも血液の方が、栄養があるため、身体に入り込んだ細菌たちが爆発的に増えるらしい。
まあ、細菌なんて見えないから、偉い研究者たちの言葉を鵜呑みにすることしかできないが、この世界よりもずっと医療が発達している人間界ではそう言われていた。
「……手慣れているな」
「魔獣の解体は初めてですけどね」
オレの解体経験は、人間界での鹿などの哺乳類や、カモなど鳥類、ワニなどの爬虫類が主である。
密漁?
何のことだろうか?
当時、小学生だったオレたちにそんな知識があるわけがないとは言っておく。
人間界と、この世界の生物は、確かに星は違うが、その身体の構造について、極端な違いがあるわけではない。
勿論、両生類、爬虫類、哺乳類、鳥類、魚類、昆虫類の中でも、変わった内部構造を持つモノもいるが、その基本は変わらないのだ。
それは「魔獣」と呼ばれる生物も例外ではない。
ちょっと特殊な内部機能が付いていたりはしても、それさえ気をつければ問題はなく、先に解体している先人たちも、それらについては様々な注意を残してくれている。
「尤も、蠕虫の解体はまだ経験していませんが……」
まず、オレはこの世界でヤツらに会ったことがないので、そこは仕方がないだろう。
さらに言えば、人間界の蠕虫は、解剖はともかく、解体と言えるほどの大きさのモノはなかったと記憶している。
「蠕虫?」
目の前にいる緑色の短い髪をした女性は首を傾げた。
「ワーム系ですね。人間界ではミミズとかヒルが分かりやすいでしょうか?」
「パス!!」
素早く両腕をクロスされた。
どうやら、かなり苦手らしい。
まあ、女でそっちが好きってヤツにはオレも会ったことがない。
あの主人はどうだろう?
その形状を見れば、流石に少しぐらい顔色を変える気がするが、ここまでではない気がする。
「それにしても、ヴァルナは、魔獣の解体は初めてだったのか。それは意外だな」
緑色の髪をした女性は、小首を傾げる。
「そうですか?」
初めてだから、いろいろやらかしてしまったと、今、反省しているところだったのだが、そう見えないらしい。
「オレ、魔獣の退治自体が初めてですよ?」
「は?」
「だから、魔獣解体が初めてになるのも当然ですよね?」
解体は討ち取った者にしか権利はないだろうから。
「いや、ちょっと待て、ヴァルナ」
「はい? なんでしょう?」
緑色の髪の女性は自分の額に手を当てながら……。
「魔獣退治は、全くの初心者?」
「はい。戦ったことはありますが、殺すことは初めてなので、実質、デビュー戦ですね」
この世界にいた時、師が召喚した魔獣たちは殺すところまではしていない。
いや、殺せるほどの魔獣を相手にしたことがなかったとも言う。
オレが半殺しの目に遭っただけだった。
人間界に行った後は、魔獣と会うはずもない。
それなのに、魔獣に出会ったオレの主人はかなりの例外だったはずだ。
この世界に戻った後も、魔獣とやりあうことはなかった。
せいぜい、召喚獣程度だ。
そして、デビュー戦を、主人の近くでやるほどオレも阿呆ではない。
「デビュー戦で躊躇なく、魔獣の首、撥ねるなよ!?」
「デビュー戦で躊躇してどうするんですか? 殺さなければ、殺される世界ですよ?」
頭部を破壊するか、首を撥ねれば大半の生物は大人しくなる。
後で解体することを考えれば、首撥ね一択だ。
トルクスタン王子の話では、頭部も、一部の魔獣は薬や料理の材料になるらしいからな。
主人が人間界で出会った犬型の魔獣のように、首を撥ねられても向かってくるのは、何者かに操られた時ぐらいだろう。
「それはそうなんだけど!!」
どうやら、緑髪の女性、水尾さんは、何かに納得できないらしい。
そうは言われてもな。
「あ~、初心者って知っていたら、もっと簡単な単体魔獣退治を選ぶべきだった」
「そんな簡単な魔獣と戦っても何の意味もないと思いますが……」
「単に心の問題なんだよ。ヴァルナなら、もっと大型で凶悪な魔獣でも、単体で退治することも可能だって分かっているけど、もっとこう! 指導する側の人間の感覚として!!」
水尾さんは、アリッサムにいた頃から、魔獣を退治には慣れているらしい。
どの国でも、王族が魔獣退治することは珍しくもないから、そう驚く話でもなかった。
セントポーリア国王陛下もたまに、国内で暴れまわっている魔獣の退治をすることもあるそうだ。
だが、ほとんどの場合、王族が出張れば、すぐに終わってしまうとも聞いている。
魔獣の身体から取れる、毛皮とか、骨とかは、庶民にとっては高級素材だ。
だから、余程、普通では手が出ないような凶暴な魔獣以外には出かけたくはないとセントポーリア国王陛下は言っていた。
手加減せずに、一瞬で滅するらしいからな、あの方。
そのため、素材の欠片も残らないとも聞いている。
因みに、先ほど、オレたちが退治した「サルの魔獣」は、ウォルダンテ大陸固有の生き物だ。
集団で現れ、収穫直前の農作物を奪って行くため、村に現れたら、駆除・退治指定魔獣として近隣に周知されるようになる。
繁殖力が高く、一匹見たら五十匹は確実に近くにいるらしい。
どこの黒光りする昆虫だ?
厄介なことに学習能力もあり、高価な魔石を使った罠も回避されてしまうらしく、発見された時は、すぐに農作物を収穫しなければならないほどの脅威らしい。
魔獣というからには魔法のようなものを使う。
ヤツらは、水尾さん相手に、大きな水の檻を作って、捕えようとした。
因みに、「サルの魔獣」は人間の女に、子を生ませることもできるという変態的な魔獣要素も備わっている。
そういった意味でも駆除、退治指定対象魔獣とされるのは分かる。
尤も、「サルの魔獣」にも選ぶ権利はあるらしく、「サルの魔獣」基準で、見目の良い女性しか攫わないそうだ。
変態である。
まあ、性欲過多ではないため、人間の女なら誰でも襲うわけではない点に救いがなくもない。
基本は同族同士であることに変わりはないからな。
だが、それでも、人間の女がヤツらに目に留まらないわけでもない。
ヤツらの御眼鏡に適ってしまった女は水の檻に入れられ、ヤツらの住処に連れ去られることになる。
つまり、水尾さんは、御眼鏡に適ったことになるようだ。
尤も、攫われても、すぐにナニかされるわけではなく、そこから、ヤツらの中から勝ち抜き戦のような戦いが十数日かけて始まるらしく、その間に探し出されて助かることがほとんどだとは聞いている。
救いがあるんだか、ないんだか本当によく分からない魔獣である。
それでも、過去に実害があったからこそ、そんな話も伝わっているのだと思うのだが。
まあ、それはさておいて、そのサルの御眼鏡に適った女性は、当然ながら、大人しくはなかった。
水の檻をあっさりと蒸発させ、そのまま、「土槍魔法」でカーカムたちを貫いた。
ここは森の中だ。
だから、お得意の火属性魔法は、使わず地属性魔法で対応したのは悪くないが、その分、何匹か逃がしてしまったらしい。
その結果、オレが水尾さんがやり損なったヤツらを相手することになったわけだ。
「とりあえず、血抜きも解体も完了したので、後始末をしましょうか」
「後始末?」
何故か、不思議そうな顔をされた。
そんなに変なことを言ったか?
オレはこの辺りの常識が欠けているかもしれないから、確認しておこう。
「残った残骸を片付けないと、他の関係のない魔獣まで呼び寄せるでしょう?」
血が素材になる魔獣もいるが、今回、大量に狩ったサルの魔獣の血液にそこまでの価値はない。
「呼び寄せて、ついでに他の魔獣も狩るもんじゃないのか?」
なんだろう、この戦闘狂の考え方。
そして、だからこそ、さっき「土槍魔法」で貫いたヤツらも放置してきたことを知る。
「城下の掲示物に貼られた依頼は、ここに現れた『サルの魔獣』の退治だったでしょう? 余計な仕事を増やさないでください」
オレはそう溜息を吐いたのだった。
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