日頃の過ごし方
「一般的な貴族の女性って、日頃は何をするのでしょうか?」
朝食の後、わたしは、ルーフィスさんに確認する。
本当にさっぱり分からなかったからだ。
いや、わたしは貴族の女性じゃなくて、貴族令息の婚約者候補でしかないのだけど、状況的には似たようなものだろう。
人間界の貴族女性なら、マナー講座に加えて、刺繍とか、読書、お茶会のイメージがある。
だが、ここは人間界ではない。
だから、お茶会がかなり難しいだろう。
この世界独特の法則によって、お茶やお菓子は、人間が飲めないもの、食べられないものに変質することもあるからだ。
準備する物の選択を間違えれば、優雅なお茶会が、無差別テロになりかねない。
それだけ、お茶をすることが難しいのだ。
これまでのわたしはそんなことを気にせず、自分のやりたいことをやりたいようにやってきたが、これからはそんなわけにはいかないだろう。
「この国の一般的な成人女性ならば、労働。貴族の成人女性ならば、社交や教養を深めたり、自家や婚家の手助けをすることが多いですね」
貴族ではない一般的な成人女性は、15歳になる前から働いているのはどの国も一緒だ。
15歳でこの世界に来た後、働くこともなく護られてきたわたしは本当に運が良いのだと思う。
それにしても、社交……、やっぱりお茶会ってことなのかな?
そして、教養を深めるなら刺繍や読書?
「社交や教養はどんなことをするのでしょうか?」
考えても分からないので、確認してみる。
ルーフィスさんはこの国の人ではないけれど、多分、勉強しているだろう。
「自家や婚家の方針にもよりますが、社交ならば、同好の士の集いや芸術活動ですね。そして、教養は、刺繍、読書、詩作、近年では舞踊を含めた音楽活動といった社交のための習作や、害ある魔獣退治をすべく、魔法の修練といったところでしょうか」
あれ?
途中までは納得できた気がするけど、最後、おかしくなかった?
いや、同好の士の集いって言葉もかなり気にはなったけれど、最後の一文ほどではない。
「魔獣、退治とはなんでしょうか?」
とりあえず、一番、疑問に思ったことを突っ込んでおくことにした。
「このウォルダンテ大陸は6大陸の中で最も、精霊族や魔獣が溢れている大陸といわれているそうです。魔獣の中には、稀ですが、人に害を成す存在も生まれることもあります。それらを退治するのは、その国に住む貴族の務めです」
なんだろう?
このRPGを思い出すような世界は。
いや、剣と魔法の世界っぽいといえば、そうなのかもしれないのだけど。
この世界には魔獣と呼ばれる生き物がいることは知っているし、その全てが人間に好意的とは限らないことも知っている。
だけど、わたしはその魔獣と呼ばれる生き物をまともに見たことはない気がする。
海獣と呼ばれる生き物から乗っていた船を沈められたことはあったけれど、その時すらちゃんと見ていないのだ。
しかし、退治しなければいけない生き物がいるということは、出会いと別れの酒場とか、中世ヨーロッパのように職業組合みたいなのも存在するのだろうか?
もしくは傭兵団とか狩猟団?
でも、人に害を齎す魔獣がいるならば、それを退治する必要があるというのは理解できる。
魔獣は魔力に似た力を持った生き物で、魔法のようなものを使うことがあるという。
だから、それを倒すために魔力が強い貴族が動くことになるのだろう。
あれ?
そうなると、この国の貴族に嫁ぐってことは、その魔獣退治もしなければならなくなるということなのだろうか?
わたしがそう確認すると……。
「その辺りは婚家の考え方によります。妻となる女性が魔獣と戦うことを野蛮とする男性も少なくありませんから」
「でも、貴族の務め……、なのですよね?」
先ほど、ルーフィスさんはそう言っていた。
そして、このロットベルク家は「武」の家だ。
そうなると、配偶者にその能力を求められる可能性があるかもしれない。
「男性としては、女性が魔獣を退治してしまうのは、自分の手柄を横取りされる感覚になるようです。誰が倒しても良いはずなのに、不可解ですよね?」
ルーフィスさんは笑いながら答えてくれた。
なるほど。
この国は男尊女卑の国だと聞いている。
その魔獣の退治が、この国においてどれだけ重要なのかは分からないが、手柄を横取りされると感じるなら、それなりに名誉あるお仕事なのだろう。
そして、人間に直接、害を与えるような魔獣の数はそう多くないらしい。
それならば、女性が魔獣の退治をすることによって、貴重な活躍の場を奪われたと感じる心の狭い男性もいるかもしれない。
他にも、男性が女性より劣るような行いや、女性から身を挺して庇われたりするのも嫌だという。
確かにルーフィスさんが言う通り、この国の男性が女性への扱いについては理解できないかもしれない。
どうして、対等では駄目なのだろうか?
男女で性別的な違いがあるのは事実だが、ある意味、個人差のようなものでもある。
それなのに、女性が男性よりも秀でたところを見せてはいけないと言わんばかりの空気はちょっと納得できないのだ。
「シオリ様が、この家で何をして良いか分からない時は、アーキスフィーロ様にご確認されることをお勧めいたします」
「え?」
ルーフィスさんの提案にわたしは首を捻った。
「シオリ様はまだ、この国に来たばかりで知らないことも迷うことも多いでしょう。それならば、この国のやり方を知っているアーキスフィーロ様に確認することが一番、よろしいかと存じます」
「アーキスフィーロさまに?」
確かに郷に入っては郷に従えという言葉もある。
分からなければ、その国、家の人間に習慣、風俗を尋ねるのは当然のことだろう。
「可愛らしい婚約者候補から頼られて、嬉しくない男性はいませんから」
そして、ここで、実に雄也さんらしい言葉が出てきた。
わたしが可愛らしいかはともかく、婚約者候補となったことは間違いない。
それならば、確かに、今後、恥をかかないためにも、アーキスフィーロに尋ねることが一番なのだろう。
「でも、いきなりこんなご質問をするなんて、迷惑になりませんか?」
わたしたちは確かに婚約者候補だが、まだその関係構築をしている段階である。
人間界にいた頃は同級生ではあったけれど、その時だって、そこまで親しかったわけでもない。
それなのに、いきなり家のやり方について尋ねるって難しくないかな?
まだ婚約者でもないのに、厚かましいと思われてしまう気がする。
「婚家の方針や考え方を聞くことは、別に悪いことではありません。寧ろ、シオリ様がこの家に興味、関心を持っていることのアピールにもなります」
「え?」
アピール?
「無関心でいるよりも、評価が上がると思いますよ」
「そうなのですか?」
「はい。そうなのです」
ルーフィスさんが自信満々に言い切る姿を見ると、その言葉を信じても良いかなと思ってしまうのは何故だろうか?
自分を持つ人は、それだけで強い。
わたしはちょっとしたことで揺れてしまうからな~。
そこまで自分を強く持てる人はちょっと羨ましくなってしまう。
「それに、昼間の限られた時間をどのような形で過ごせば、アーキスフィーロ様が喜んでくださるのかを知ることもできます。いずれにしても、無駄な質問とはなりません」
「アーキスフィーロさまが、喜んでくださる……?」
その発想はなかった。
当初の契約通り、ただのお飾りとしたいならば、このまま部屋で好きに過ごせと言われるだろうし、昼は貴族らしく過ごせと言われたのなら、そのやり方を聞くこともできる。
「分かりました。アーキスフィーロさまにお尋ねすることにします」
喜ぶかはともかく、アーキスフィーロさまに日中の過ごし方を確認することは大事だと思った。
あまり、目立たない方が良いと分かっているから、部屋で読書……、になるかな?
もしくは、部屋から出なければ良いと言われるかも?
それなら、こっそりと絵を描くこともできるね。
「それでは、アーキスフィーロ様に面会の伺いを立てましょう」
「よろしくお願いします」
ルーフィスさんがそう申し出てくれたので、わたしは頭を下げたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




