二人の選択
少しだけ前の話。
ローダンセに向かう前に、オレと兄貴に確認しておきたいことがあったと言ったトルクスタン王子は……。
「俺に仕えるか。それとも女装するか。どちらが良い?」
そんな問いかけをした。
それに対して……。
「「女装」」
声を揃えて同じ答えを口にしたオレと兄貴は、やはり兄弟なのだと思う。
いや、こんな実感の仕方はどうかと思うが。
「お前たち、迷いもせず即答ってどういうことだ!?」
「人望だろう?」
「酷い!!」
トルクスタン王子が、もう何度目か分からない叫びを口にする。
「オレも主人を替える気はないので」
主人を替えるぐらいなら、もう体格的に無理があると分かっていても女の装いを選びたい。
既に、何度か、やっているからそこまで大きな忌避感はなかった。
唯一引っかかるところといえば、栞の目だけが気になる程度か。
何が悲しくて、好きな女の前で何度も女装をしなければならないのか?
「せ、せめて、理由ぐらい聞いてくれ」
「ローダンセに向かう未婚女性に、男の従者どもが付きまとうのは問題であることぐらい理解している」
兄貴が答える。
仮令、護衛という名目であっても、ローダンセという国はそれを許さない。
女に対しては、女の護衛や世話役を。
女の傍に置くのは同性のみ。
これがお国柄なのだ。
要は、高貴な未婚女性が、護衛という名の異性から、いかがわしいことをされたら困るとかそういう理由らしい。
その感覚はおかしなものではない。
但し、男の主人に対して、女の護衛や世話役が付くことは問題ないらしいため、男女で差を付けすぎだろうとも思う。
まあ、正妻がいても、複数の愛人を囲い込むことを認めるような国だ。
それだけ、次世代が大事だということは分かるが、少しばかり偏った考え方ではあると言えるだろう。
「それでも、少しぐらい悩んでくれても良くないか?」
「既に結論が出ていることに対して、そんな振りは時間の無駄でしかない」
「それに、骨格的に無理だとかそういった話ぐらいは……」
「お前はそれらを解消すべきものを持っているだろう?」
兄貴がニヤリと笑った。
「性転換の薬は万全ではないが、若返りの妙薬は既に使用可能だと報告を受けている」
トルクスタン王子がいつもの如く、何を目的として作ったのか分からないが、そんな効果のある薬が存在するようだ。
そして、兄貴は既にその情報を得ているらしい。
性転換はいろいろな意味で使いたくはない。
だが、少し、自分の年齢を若くするだけなら問題ないだろう。
尤も、今より手足が短くなると、距離感を含めた感覚のほとんどが変わってしまうから、注意したい所である。
「お前の情報網、本気で怖い!!」
「本気で内密にしたいなら、国王陛下の所持品たちの口をしっかりと封じておけ。お前の薬に対して、聞くも涙、語るも涙の話と、方々から何度も聞かされる俺の身にもなって欲しいものだ」
どうやら、トルクスタン王子の治験者たちによる情報らしい。
いや、オレも何度か実験体になった奴らから、何度か話を聞いたことはあったが、元々、トルクスタン王子の友人としてカルセオラリア城に何度も行っていた兄貴の方が話しやすいとは思う。
「確かに若返りの効果が出る薬については、今のところ、問題がないと報告されている。だが、副作用が多く出ている性別変更の薬も、もう少し様々な人間で試しておきたいと思っているから、俺としてはそっちをおすすめしたいが、どうだ?」
おいおいおい?
さり気なく、この調合師はとんでもないことを言っているぞ?
「調薬の続きは根城に戻ってからにしろ。お前の趣味に他国の人間を巻き込もうとするな」
「昔は、ちゃんと付き合ってくれたのに」
「あの頃は物を知らなかっただけだ。拒否権があるなら、当然ながら行使する」
他国とは言え、王族の要請を断れるなんて普通は思わないよな?
だが、カルセオラリア城の人間たちも薬の実験台にされることが嫌な時は、拒否をしていたのだ。
強制手段を使われない限り、拒否できることを昔の兄貴は知らなかったらしい。
騙されていたわけではないのだが、割と酷い話だとも思う。
「だが、ローダンセの城下に行く時は、俺の従者として乗り込んでくれ」
「それも理解している。始めから主人の侍女として向かったところで、理由を付けて引き離されるのがオチだ」
他国から嫁ぐ際に、貴族が侍女を付けることは珍しくない。
だが、それを受け入れてくれるかどうかまでは分からないのだ。
嫁ぎ先の方で用意すると言われてしまえば、侍女たちが国元へ強制送還されることもよくある話である。
給金の問題もあるからな。
しかし、一時的とはいえトルクスタン王子の従者か。
いろいろと不安になるのは何故だろうか?
「だが、若返りの薬では脱がされた時はどうするんだ?」
「俺や弟が、それらを誤魔化す手法がないと思うか?」
基本的には幻覚魔法で対応ができるだろう。
相手の視覚情報を誤魔化す魔法だ。
そして、万一の時は幻影魔法がある。
こちらは、姿を変えることができる魔法である。
それも魔石を使えば、自身の魔法の気配を誤魔化すことも可能だし、魔封石を使われてもその効果が消えることはない。
長耳族であるリヒトの特徴的な長い耳は、今も幻影魔法が付与された魔石付きの装飾品によって隠されている。
その幻影魔法も幻覚魔法も、オレたち兄弟はどちらも使うことができるために、問題はないだろう。
先に魔法封じを使われると面倒だが、情報国家でもない国がそこまで警戒するとも思えなかった。
「ロットベルク家との話が決まれば、新たな婚約者付きの人間は今いる者だけでは到底足りないだろう。そうなると、新たに人間を雇うことになるはずだ。そこに潜り込むことは難しくないだろう」
「採用される自信があるのか?」
「それこそ愚問だな」
兄貴が不敵に笑った。
護衛としても、世話役としても、オレたちは問題ない。
これまで、ずっと栞の世話をしてきた実績もあるからな。
家計が火の車であっても貴族は体面を気にする生き物である。
護衛は家の人間と兼用させるにしても、身の周りの世話をする侍女、女中は新たに付けるはずだ。
「万一、募集をかけなければ、ロットベルク家に今いる人間を切らせるという手段もある。流石に人手が足りなければ、四の五の言う人間もいまい」
「何をしでかす気だ?」
「既に、二、三名候補者がいる。清貧に喘ぐ暮らしぶりの中、無能な人間に金を与える必要はなかろう」
この時点で、兄貴は既にロットベルク家の内部事情まで把握していることになる。
どれだけ入念な準備なのだろうか?
「お前、どれだけ調べたんだ?」
同じ疑問を持ったトルクスタン王子は呆れたように問う。
「幸い、お前があの島に行っている間に時間があったからな。ロットベルク家に雇われている使用人の家族構成までは網羅した。それ以外では、城に務めている人間たちの関係だろうか。なかなか複雑な内情ではあったが、把握できないほどではなかった」
「ロットベルクはともかく、城の人間まで調べてるのかよ」
さらりと追加された言葉にトルクスタン王子は反応する。
「面倒ごとは避けたい性格だからな。明らかに問題ごとを抱えていることは分かっているのだから、それらに巻き込まれては敵わんだろう?」
そうは言うものの、王族のことだけならともかく、城に務めている者たちの人間関係まで調べているのは明らかにやり過ぎだと言えるだろう。
尤も、それがどの程度のものかは分からない。
噂の域を出ないものか。
それとも、もっと深い部分まで網羅しているのか。
何より、その情報源はどこからなのか。
我が兄貴ながら、本当に得体が知れないと思う。
慣れているはずの身内のオレでもそう感じてしまうのだから、全くの他人はどんな感情を抱くのだろうか?
「それらを調べる方がもっとずっと面倒なことだと俺は思うぞ?」
トルクスタン王子はそう笑った。
何の曇りも疑いもない表情で。
「抜かせ」
それに対して兄貴も笑って答える。
「後手に回るよりは面倒ではない」
それも毒気のない顔で。
これを見れば、トルクスタン王子の大物さと、やはり、兄貴にとっては気の置けない友人なんだろうなと思わせられる。
同時に、オレにここまで気を許せるような友人って、実はいないよなと少しだけ淋しい気分も持つのであった。
今話は、2150話「少しずつ変化する」の続き部分です。
そして、この話で113章が終わります。
次話から第114章「グラグラの新生活」です。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




