夢の時間
「さて、そろそろお別れの時間かな」
いつものように、夢の世界で情報交換という名の雑談を暫くした後、雄也さんがふと上を見た。
「え? もう?」
でも、気のせいか、その時間はいつもよりもずっと早い気がする。
わたしは、ちょっと話し足りなかった。
「20歳の姿で夢に入ったからね。魔法力の回復を考えたら、この辺で切り上げないと明日に響きそうなんだよ」
おおう。
そう言えば、本日は20歳雄也さんの姿だったね。
いつもはわたしの年齢に合わせることで魔法力を節約しているらしいのだが、何故か、本来の御年である20歳の姿で登場されたのだ。
「今回は何故、20歳の姿だったんですか?」
いつもと同じ18歳の姿なら、もう少し長くいてくれたかな?
そんなことを思ってしまった。
「今日は、栞ちゃんと本来の姿で会いたいと思ったからかな」
「でも、その分、話す時間が減ってしまいました」
夢の世界で雄也さんと話すのは楽しい。
雄也さんは、語彙も話題も豊富なのだ。
現実では、ここまで話す時間はあまりないけれど、夢の中ならいつもよりも長く深く話すことができる。
尤も、現実の「高田栞」は、残念ながらここで雄也さんと交わした会話のほとんどを覚えていないのだけど。
「もっと俺と話したい?」
「はい」
「それなら、また近いうちに来ることにしよう」
つまり、今回はここまでらしい。
仕方ない。
無理なものは無理だし、駄目なものは駄目なのだから。
「今度は九十九も連れてきた方が良い?」
「へ?」
「ヤツ一人ぐらいは巻き込めるよ?」
九十九……、も……?
「いいえ」
わたしはその申し出をキッパリと断る。
「雄也だけで十分です」
他者の夢に入る魔法というのは、魔法力をかなり使うと聞いている。
だから、九十九を巻き込めば、それだけ雄也さんの負担となるだろう。
わたしの我儘のためにそこまでして欲しくなかった。
「そうか」
わたしの答えを聞いて雄也さんは柔らかく笑う。
「それならば、俺はこのまま主人を独り占めさせていただくことにしよう」
それだけ聞けば、かなり恥ずかしい台詞だね。
しかも、さらりと言うのがポイントだ。
照れくさくて思わず口元が緩んでしまいそうになるけれど、なんとかそれを我慢する。
こんなことぐらいで恥ずかしがっていては、いつまでも子供扱いのままだから。
さて、わたしは、昔から、この人だけには幼子扱いされるのは我慢できなかったらしい。
だけど、この感情は「高田栞」にはないものだと思っている。
高田栞は、ユーヤとの年の差を自覚して、理解して、二年差の重みを当然のものとして受け止めているから。
だけど、「シオリ」にはそれが分からなかった。
実際、幼いから。
それを認めるしかないと苦笑している栞と、それを認めるものかを意地を張っているシオリの融合体が、夢の中のわたしである。
だから、感情としては複雑だった。
尤も、雄也さんは子供扱いしているわけではないことも、わたしは理解できている。
ちゃんと淑女扱いしてくれることも。
恥ずかしい台詞を聞いて照れてしまうのは、淑女としては恥ではないが、それを表情に出さない努力は必要だと思う。
その辺りは、栞よりもシオリの方がちゃんと意識していると言えるだろう。
夢の中のわたしは、実に不安定だ。
少しの感情の揺れで、栞にもシオリにも切り替わる。
会話中にもソレが出てしまうから、話している相手も、たまにある極端な今昔の違いに、戸惑うかもしれない。
そんなわたしに付き合ってくれる雄也さんには感謝である。
いつか、ちゃんと融合して完全体になれるのかな?
それとも夢の中だけだから、ずっとこのままなのかな?
そんな迷いもあるけれど、結局のところ、これは夢の中だけの迷いである。
現実の高田栞には全く影響のない話。
現実の高田栞は、この夢の中の迷いも、感情も、ここでの雄也さんとの会話すらほとんど覚えていないのだから。
****
「さて、そろそろお別れの時間かな」
そろそろ、魔法力が半分を切りそうな気配がした。
これ以上、魔法を使い続けるのは、何かあった時に対応ができなくなってしまうので避けた方が良さそうだ。
「え? もう?」
いつもよりも話す時間が短かったことが分かったのだろう。
目の前にいる黒髪の女性は驚いたように俺を見た。
「20歳の姿で夢に入ったからね。魔法力の回復を考えたら、この辺で切り上げないと明日に響きそうなんだよ」
本当はもう少しいることもできる。
だが、今は、彼女も俺自身も安全な場所にいるとは言い難いのだ。
現実世界では俺よりも魔法力に余裕がある愚弟がいると分かっていても、いざという時に、自分自身が動けない無様は晒したくなかった。
「今回は何故、20歳の姿だったんですか?」
「今日は、栞ちゃんと本来の姿で会いたいと思ったからかな」
現実世界の彼女は、かなり気が張っているように見えた。
昨日から緊張の連続だったこともあるだろう。
だから、見慣れた本来の姿で彼女の夢の中にお邪魔させていただいたのだ。
その方が、彼女自身も安心できると思って。
「でも、その分、話す時間が減ってしまいました」
だけど、話す時間が短かったことが少々、ご不満だったらしい。
それは意外だった。
今回、ここで話したことは、大した内容ではない。
新たに彼女の専属侍女となった人間たちの確認や、俺たちの話。
それ以外では気晴らしのためにした雑談ぐらいである。
俺たちの侍女姿については、彼女と愚弟との関係のせいで、早々に露見したことは分かったが、それを一度も口にされなかったことは正直、驚いていた。
トルクや彼女の婚約者候補たちが離れ、周囲に誰もいなかった時に確認があるかと思ったが、俺たちが考えている以上に、我らが主人は聡明だったらしい。
それでも、ここに来たのは、やはり、いつもと違う彼女の様子と違うことが気にかかったことに他ならない。
「もっと俺と話したい?」
「はい」
俺の問いかけに目を輝かせる。
どうやら、それだけ精神的に不安定なのだろう。
トルクが刺激したことで、魔力暴走を起こしかけたことも聞いているが、いつもの彼女なら、あれぐらいで揺らがない。
近くに絶対的な味方の姿がないという事実は、俺たちが考えていた以上に、精神的な負担だったらしい。
「それなら、また近いうちに来ることにしよう」
この様子だと、マメに様子を見に来た方が良さそうだ。
「今度は九十九も連れてきた方が良い?」
俺よりも、愚弟の方が、彼女の精神を安定させるだろうと思っての提案だったのだが……。
「へ?」
何故か、目を丸くされた。
「ヤツ一人ぐらいは巻き込めるよ?」
さらに、そう付け加えると、その瞳が大きく揺らぎ……。
「いいえ」
静かに首を振った。
「雄也だけで十分です」
そう言い切る姿が、現実の主人と重なる。
どこか無理をしているような、何かを避けるような表情。
「そうか」
だから、彼女の出した結論に、俺は納得をする。
「それならば、俺はこのまま主人を独り占めさせていただくことにしよう」
俺がそう口にすると、彼女は少しだけ、口元を緩ませた。
主人は夢の中で様々な表情を見せる。
それは、無垢な幼子だったり。
それは、夢見る少女だったり。
それは、清らかな娘だったり。
それは、恋する乙女だったり。
それは、愛を知る女性だったり。
それは、情を持つ主人だったり。
それは、誰かを導く聖女だったり。
そのどれもが本物であり、そのどれもが本物ではない。
初めて、彼女の夢に入ったのは、三年以上も前の話。
それから、何度も入らせてもらっているが、そのたびに新たな発見がある。
まるで、その中から、本物を見つけ出せとでも言うかのように。
そして、俺はいつか、本物の彼女を見つけることができるのだろうか?
―――― あの愚弟よりも先に。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




