侍女になった手段
「雄也は先ほど、性別は変えていないって言ったけれど、どう見ても、二人が女性にしか見えなかった理由を聞いても良いですか?」
わたしが見た限り、侍女として紹介された時の彼らは骨格とかを含めて、いつもとは全く違った。
今、こうして20歳雄也さんを前にしているから、余計にその違いが分かる。
「化粧」
一言。
いや、これはいくら何でも酷い答えだと思う。
確かに化粧して顔の雰囲気は変わっていましたけど!
わたしが聞きたいのはそんなことじゃないって分かっていて言ってますよね!?
「それだけで骨格も変わりませんし、喉仏だって消えないと思います」
「では、ヒント。若返り」
ぬう。
確かに若くなっていたことは気付いていたけど……。
「若返っただけで、そこまで変わりますか?」
「俺のあの肉体年齢は、13歳ぐらいかな。喉仏が出る前だね。骨格も今とは全然違うよ」
「おおう」
男子は女子よりも第二次性徴に入る時期が遅いと聞いている。
そんな年代ならば確かに喉仏も出ていない男性はいるだろうし、身長も骨格も違うのは当然だ。
「でも、自己紹介の時は、15歳って言っていませんでしたっけ?」
「そういう設定にしただけだね。女性なら、そこまでおかしな身長でもない。一応、成人済みなら侍女として雇うことも問題ないからね」
設定……。
嘘を吐いたかどうか微妙なラインである。
「ヴァルナさんの方は?」
「あっちも同じ13歳だよ。九十九は背が伸びるのはもっと後だった。年齢は若いけど、姉妹設定なら家の事情などで揃って雇用することは不自然でもないからね」
そちらは正しい年齢だったらしい。
だが……。
「つまり、若返って女装したってことですか? どうやって!?」
魔法の気配はなかったのに。
「トルクの薬の効果は、既に真央さんと水尾さんで見ていただろう?」
「そうだった!!」
何故、そこに思い至らなかったのか!?
先に例を見ていたはずなのに!!
そして、トルクスタン王子の薬なら魔法の気配がしないのは当然の話だった。
魔法で姿を変えたと思い込んでいたから、わたしは余計に混乱したのだ。
「魔法だと見破られる可能性はある。だけど、まさか、薬で姿を変えるとは、この世界の人間は誰も思わないからね。後は、化粧と服装で誤魔化すだけだ。この国は、女装、男装の文化がないから、誰も疑わないと思うよ」
そんな雄也さんの言葉に、絶句するしかない。
「若返りの薬って……、売れそうですよね」
そんなことしか言えなくなってしまった。
全人類の夢ではなかろうか?
思わず、そんな風に現実逃避をしたくなる。
「トルクは売るために作っていたわけじゃないけどね。それに個人差があるみたいで、肉体が若返るのも、1歳から10歳差とその効果は幅広いことが分かっている」
自分で調整はできないってことか。
それでも、僅かでも、若返るなら大枚をはたいてでも買いたい人はいる気がする。
「そのために薬の存在は他言無用だということは分かってくれるかな? 俺たちのように悪用されるのは厄介だからね」
「分かりました」
しかし、悪用……。
周囲を騙している以上、確かにそうなのだと思う。
そして、言い換えれば、あの薬は他の人でもそれを可能としてしまうのだ。
確かに公言しない方が良いに決まっている。
「ところで、トルクスタン王子とどんな約束をしたのですか?」
わたしの侍女……、いや、従僕となるのも容易ではなかっただろう。
本来はいけないことなのだから。
だから、その薬を使うために出されたらしい約束が気になった。
「栞ちゃんに直接言わないこと」
「既にアウトでは?」
「直接は言ってないよ。ここは夢の中だからね。手紙もある意味、言い逃れはできそうだけど、物的証拠は残したくないからな~」
ここは夢の中だ。
だから、直接言ったわけではない……かなあ?
「尤も、夢の中だから、この会話を栞ちゃんは覚えていない可能性は高い。気付かれたら仕方ないとは思うけど、出来れば、アーキスフィーロ様の前では言わないでいて欲しいかな」
「それについては、現実のわたしに期待するしかないですね」
多分、大丈夫だとは思うけど。
なんとなく、言ったら駄目な雰囲気ではあったし。
それに、アーキスフィーロさまの前では絶対に口にすることはないだろう。
取りようによっては、婚約者候補が身近に男を引き込んだようなものだと思う。
他の国ならともかく、同性でなければ従者になれないと決まっている以上、何もなくても、誤解されてしまう可能性はある。
それは避けたい。
アーキスフィーロさまは真面目な人っぽいから。
「それ以外の約束は、経過報告だね」
「え?」
経過報告?
何の?
「あの薬……。まだ効験の確認中なんだよ。だから、効能期間を含めてその経過を見る必要があるんだ」
雄也さんが苦笑する。
「なんてものを水尾先輩と真央先輩にも与えているんですか!? あの王子殿下」
「当人たちが納得の上だからいいんじゃないかな。魔法を使わずに姿を変えるとなると、変装技術を駆使する必要があるし、俺たちの場合は、性別も偽る必要があったからね」
確かにそうかもしれないけど。
「それに、ああ見えてもトルクは人間の身体に害があると僅かでも判定されたものは絶対に渡さない。特にあの二人にはね」
トルクスタン王子は出来上がった薬は必ず、薬物判定植物を使って確認する。
それで、僅かでも警戒棘が飛び出たものは、使わなかったのをわたしも何度も見た。
勿論、時間を置いて変質した物も含めてだ。
「それも分かっているのですが、まだ確認中のものなんて……」
実験台みたいでなんとなく嫌になってしまう。
いや、いずれ誰かが試さなければいけないって分かっているのだけど、それでも、ちょっとモヤモヤとしたものを覚えてしまうのだ。
勿論、トルクスタン王子はいきなり人体で試す人でもない。
だから、ある程度の安全性はあると知っている。
「永続効果のある物は存在しないし、飲み続けることで体内に抗体ができ、その薬に対して抵抗力が上がる可能性がある。効能期間も個人差は出るから、どうしても、月単位、年単位の確認になるのは仕方ないね」
雄也さんはそう言いながら肩を竦める。
「でも、トルクスタン王子は何を考えて、あの薬を作ったんでしょうか?」
売るつもりがないのなら、若返り、不老不死の線はないと思う。
もともと、お金持ちの王子さまではあるから、お金に困ってもいないしね。
「魔力の暴走防止らしいよ」
「あ……」
それだけで、誰のために作ろうとしていたかが分かる。
「ただ魔力の暴走を防止するための薬に何故、若返りの効果が出たのか、その理由は分からないけどね」
雄也さんは苦笑しながらも、どこか穏やかに笑う。
「トルクスタン王子が素材を間違えるのはお約束ですからね」
あの王子殿下は素材の配分、配合から、ある程度、薬の効果、効能を予測できる人である。
その辺り、九十九の料理のようだと言えるだろう。
だが、どうしてもその素材を覚えられない。
どう考えても、それが致命的なのだと思う。
素材図鑑を作ったのに、それでも間違えるのはうっかりってレベルではすまされない気がする。
いや、素材図鑑は未完成だったけど、それでも、結構な枚数の絵を描いた覚えはあるのだ。
「……まだ直っていないのか」
「わたしが知る限り、直っていませんね」
トルクスタン王子の素材をうっかり間違える癖は雄也さんも知っていても、それがまだ今も続行中ということまで知らなかったらしい。
「ヤツは大雑把だからな」
「薬草と毒草を間違えられたら、『薬物判定植物』も針を出すしかありませんからね」
あの方は、この世界に「薬物判定植物」という植物がなかったら、どれだけの犠牲者を出していたのだろうか?
「無事、完成すると良いですね」
まだできていないなら、諦めることはないだろう。
「まあ、暫くは作ろうとするだろうね。諦めの悪い男だから」
そう笑った雄也さんの顔は、どことなく誇らしげに見えたのだった。
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