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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 弓術国家ローダンセ編 ~

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桜が似合う

 さて、件のわたしの部屋となる空間は、やはり内部の縮尺がおかしいと言わざるを得なかった。


 何故に弓道場の一部を分けただけのはずなのに、こんなに広くなるのでしょうか?


 わたしの人間界の部屋よりはずっと広いし、この世界に来てから外で使うが多いコンテナハウスよりも少しだけ広いような気がする。


 奥に寝台と鏡台があり、洋服ダンスはかなり大きい。

 そして、希望通りの机と椅子もある。


 しかも、このお部屋。

 小さいながらも、すぐ傍に浴室と化粧室があるのです。


 凄く気遣われている。

 この辺は、確かに大変、ありがたい。


 つまりは、町にあるような宿泊施設並の設備。

 これは、居候の身には、贅沢過ぎじゃありませんか?


「侍女たちの待機室までは難しかったけど、どうです?」


 笑い死ぬ直前から復活したセヴェロさんが胸を張ってそう言った。


「十分すぎます。ありがとうございます、セヴェロさん」

「御礼ならば、ボクではなく、アーキスフィーロ様にお願いします」


 ああ、そうか。

 アーキスフィーロさまの命令だったからね。


 でも、その能力を振るったのは、セヴェロさんだから、御礼の言葉ぐらいは受け取ってください。


 わたしがそう思うと、セヴェロさんが何故か、口元を押さえた。


 普通に考えると、照れた? ……と、思えるけれど、彼はちょっと人間と感性が違いそうだから、何か面白かったのだろう。


「アーキスフィーロさま。素敵な空間をありがとうございます」

「本当は、こんな間に合わせの物ではなく、貴女にはちゃんとした部屋を準備したかったのですが……」

「いいえ、これ以上は過分となります。そのお気持ちだけで嬉しいです」


 確かに婚約者候補となったが、居候の身であることに変わりはないのだ。

 

 それでも、昨日与えられた部屋よりもずっと良かった。

 それだけで満足である。


 何よりも、机ですよ、机。

 それも、紙が何枚も広げられそうな机。


 これは我が儘を通した甲斐があると言うものである。


 さて、この部屋。

 明るい()()()()色の木目調の床と壁。


 床は邪魔にならない程度の深い()()のカーペットが敷かれ、寝台の上にある寝具は()()となった。


 橙、青系統、桜色を取り入れた部屋です。

 つまりは、三人の折衷案。


 せっかく、意見を出してくれたのにそれらを完全に無視するのもと思ったのだ。


 もともとわたしに拘りがあったわけでもない。

 バランスも悪くないし、部屋の扉を開けても、弓道場の違和感は少ない。


 ここが、今日からわたしの部屋になるのか。

 ちょっと不思議な感じがする。


 片付けとかをしっかりしなければね。


「アーキスフィーロさまは薄桃色がお好きなのですか?」

「いえ、特にそういうわけではありません」


 あれ?

 そうなの?


「なんとなく、シオリ嬢には桜の花がお似合いだと思っただけです」

「それはありがとうございます」


 わたしは御礼を口にする。


 アーキスフィーロさまが言うように、わたしは清楚、可憐、儚げな女ではないけれど、桜の花が似合うと言われるのは素直に嬉しい。


 中身が伴っていなくても、桜は好きなのだ。


 そして、セヴェロさんが言っていたパステルピンクとは桜色だったらしい。

 でも、この寝具の色は綺麗だと思う。


「桜の花はわたしも好きなので、似合うと言われると嬉しいです」

「桜……、好きですか?」

「はい、好きです」


 学校で見るようなソメイヨシノは勿論、ヤマザクラ、シダレザクラ、カンヒザクラなどいろいろな種類が好きだった。


「私も好きです。人間界にいた頃に、奈良の『吉野桜』を見たことがありまして……」

「ああ、『花はみよしの』ですね」


 それは羨ましい。


 しかも、その近くにある観光地として有名な、高野山や熊野ではない辺り、アーキスフィーロさまの拘りを感じる気がした。


 やはり、旅行の習慣がない魔界人も、人間界では旅行をするのか。

 まあ、学生さんをやっていたら、修学旅行とかも経験しているだろうからね。


「ご存じ……、ですか?」


 何故か、意外そうに問われた。

 わたしにそんな知識があるとは思っていなかったらしい。


「え? 吉野山はヤマザクラで有名な地ですよね? 花札にもなっていますし、後鳥羽上皇も歌っているほどの地なので、一度、見てみたいと思っていたものです」


 真っ先に花札が思い浮かんだのはどうかと自分でも思うけれど、母の話では、その吉野山の桜は、かなり壮観な景色らしい。


 いつか、大人になったら行けると思っていたのに、結局行けなくなってしまったね。


「いえ、吉野山ではなく、『花はみよしの』の言葉をご存じだったことが意外だったので……」

「ああ、『花は桜木、人は武士、柱は桧、魚は鯛、小袖はもみじ、花はみよしの』ですね。一休宗純の言葉として有名だったと記憶しています」


 確かに、有名なのは「花は桜木、人は武士」部分までだったりする。


 そして、わたしがその言葉を知ったのは、少女漫画だった。

 女の子が男装して武士になろうとする話。


 女子(おなご)月代(さかやき)を剃るという、これまでにない斬新な切り口の話だったので、完結までは見届けたかったけど、そこは仕方ない。


 その言葉を詳しく知りたくて調べたら、その言葉を残したのは武士ではなく、頓智(とんち)で有名なお坊さんだったという不思議。


「そうですか。貴女はその言葉を知っている人なのですね」

「人間界にいたら、一度くらいは、聞く機会もあると思いますよ」


 特に古典好きな人とかは聞く機会も多いだろう。

 わたしのように少女漫画から探し出した……、というのは少数派と思う。


「この国にも、『桜』に似た花があります」

「桜に似た花、『ムアムシュリク』……、ですか?」


 スカルウォーク大陸に生える「ムアムシュリク」という樹は確かに桜に似ているが、花は白いらしい。


 人間界でも桜餅の葉っぱに使われる「大島桜」を始めとして白い桜はあったけれど、「ムアムシュリク」はかなり太い樹だとも聞いている。


 なんでも、一年で5メートルほどに成長するとか。

 竹かな? と話を聞いた時に思った。


 放っておくと増えてしまうので、定期的に伐採する必要がある植物らしい。


 トルクスタン王子が樹皮やその中身である木部だけでなく、葉も、花も、根も、実も、枝も、樹液すら捨てるところがなく使える薬の材料となると、笑いながら言っていたことがあった。


 でも、実物は見たことがないから、実際、どんな花かは知らない。


「『ムアムシュリク』はスカルウォーク大陸固有の植物ですね。この国で自生している桜に似た植物は、『ヴィーシニャ』と言います。残念ながら、よく知られるソメイヨシノではなく、サトザクラのように八重咲きの花ですが……」


 サトザクラは俗に言う八重桜のことだ。


 白い桜であるオオシマザクラを基に誕生したと言われている。

 オオシマザクラは、八重桜に突然変異しやすいらしい。


 それにしても、日本で一般的なソメイヨシノだけでなく、サトザクラという名前を知っているのはちょっと驚きである。


 わたしが知っている理由?

 母も桜好きで、三月になると、近隣の様々な桜を見に行ったからである。


 一日に数箇所巡った年もあったので、花見というよりも、桜の観察という方が近かったかもしれない。


 ある意味、正しい花見である。


「その『ヴィーシニャ』はもうじき、開花の時期です。もし、シオリ嬢さえよろしければ、見に行きませんか?」

「その花は、これから、開くのですか?」


 桜の季節は春。

 だが、もうじき夏である。


 日本では、桜の開花時期にずれはあっても、基本は春先だった。

 ちょっと不思議な気がする。


「はい。人間界の桜とは異なり、この国の『ヴィーシニャ』は、夏に花開きます」


 そう考えると、桜とはやはり生態系は違うらしい。

 しかし、この国の城下の周囲には、稲のような植物が生えていた。


 さらに、桜に似た花が咲く……、と。

 そんな景色を見せられたら、日本育ちとしてはいろいろなものが揺らされそうだ。


「やはり、気は進みませんか?」


 ぬ?

 あれ?

 アーキスフィーロさまのお顔が暗くなった?


 えっと、桜に似た花を見に行こうって話だったよね?


「いいえ、嬉しく思います」


 多分、見たら、いろいろなものを揺さぶられてしまうのだろう。

 それでも、やはり、桜に似た花は見てみたいと思ってしまうのだ。


 それが本物の桜ではないと分かっていても。


「やはり、好きですから」


 もう見ることはできないと諦めていた景色に似たものがまた見れると思うと、嬉しく思うのは当然だろう。


「シオリ嬢……」


 わたしの言葉にアーキスフィーロさまも笑ってくれたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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