侍女候補たちとの会話
「さて、お二人に少し、お話を伺ってもよろしいでしょうか?」
トルクスタン王子とアーキスフィーロさまが部屋から出て暫く経ち、戻ってくる様子がないことを確認した後、わたしは二人に声をかけた。
この部屋は「契約の間」だ。
室外に中の魔力が漏れないのと同時に、この外の魔力も感じにくいという特徴がある。
そのため、あの二人が完全にこの部屋から離れたかは分からない。
だから、暫く、時間をおくしかないのだ。
本当は「事情を説明して欲しい」と願いたかったが、ルーフィスさんとヴァルナさんは、先ほどまでの態度を崩す様子がなかった。
つまり、彼らはわたしの前でも気を緩めていない。
その点も少し気になるところである。
「はい。何なりとお申し付けください、シオリ嬢」
ルーフィスさんが蠱惑的な笑みを浮かべながら、わたしに一礼した。
やはり、その態度は崩れない。
鉄壁の笑み。
それに、絶対に崩されないという固い意思を感じた。
だが、わたしには二人だけは、間違いなく判別する手段を持っている。
それは、体内魔気の判別とか、そんな曖昧な基準のものではない。
たった一言で、彼らを縛ってしまうもの。
―――― 強制命令服従魔法
わたしが「命令」という単語を口にしただけで、彼らはそれに従うしかなくなるのだ。
そして、彼らもそれはよく知っている。
でも、それは最後の手段だろう。
自分の意思とは無関係に、わたしに従う姿はそう何度も見たいものではない。
だから、あまり使いたくはなかった。
では、どうするか?
1.問い詰める
多分、これが一番、分かりやすくて話が早いとは思う。
彼らは、わたしに嘘が吐けない。
それならば、何度も問いかけるだけで、その内、ボロが出るとは思う。
どんなに有能で頭の回転が速い兄弟でも、嘘が吐けないという部分がある以上、誤魔化すことに限度があるのだから。
2.放っておく
アーキスフィーロさまとトルクスタン王子が離れたら、彼らの方から事情を話してくれるとは思っていたけど、それがなかった。
つまり、今、言わないことに何らかの事情があるのだとは思う。
もしかしたら、トルクスタン王子から侍女になるための条件だったとか?
わたしに正体をバラしてはいけないのなら、下手に追求するのは良くない気がした。
彼らは基本的にわたしに逆らえない。
そして、契約を重視する。
確実に板挟みになること思う。
3.「命令」すると脅してみる。
考えられるだけでもこれは、最悪の選択肢だろう。
脅すという行為をしている時点で、確実に信頼関係にヒビが入る。
4.自白するように誘導する。
うん、無理だね!!
彼らを言葉で誘導しようとしてもそう簡単にできれば、これまでのわたしは苦労していないのである。
個人的にはそれが平和的だとは思うけれど、そんな高等技術など持ち合わせていない。
つまりは、「2.放っておく」が一番、無難かなと思った。
彼らの正体は分かっているのだから、別に焦る必要はない。
寧ろ、安心だ。
いつもの彼らの姿を見ることができないのは残念だし、物足りなくは思うけれど、必要になれば、いつかは話してくれるだろう。
それに、彼らの今の姿も悪くはない。
寧ろ、目の保養だ。
どちらも背が低くなっているし、声は逆に高くなっているけど、これは一体どんな魔法なのだろうか?
でも、顔も声もその質が変わっているわけでもないのだ。
そうなると、本当に性別変更の魔法が見つかったのだろうか?
それでも、魔法の気配が一切ない。
それも不思議だった。
だけど、今はその理由も聞かない方が良いだろう。
我慢、大事。
「シオリ様?」
ルーフィスさんは、いつまでも話そうとしないわたしに疑問を持ったようだ。
不思議そうに声を掛けてきた。
いつもは「栞ちゃん」と呼んでくれるその声は、「シオリ様」と堅苦しい呼び名に変わっている。
「お二人は今、おいくつでしょうか?」
思わず、そう零れた。
なんとなく、どちらも若い気がするのだ。
漂ってくる体内魔気の気配が異なるのも、風属性がなくなっているからと思っていたけれど、ここまで近いとそれだけではない気がした。
「私は15歳でございます、シオリ様」
笑顔で答えてくれた雄也さん。
やっぱり、若い!!
そんな気がしたのは、気のせいじゃなかった。
その時代の雄也さんをわたしは知らない。
あれ? ……知らない?
うん、知らないよね?
雄也さんとは九十九と同じようにわたしと中学校が違う。
だから、15歳……、中学三年生、高校一年生時代の雄也さんのことをわたしが知るはずがないのだ。
学校以外で出会っていたら別だけど、中学時代のわたしの行動範囲は今より格段に狭かった。
学校、部活、友人宅、本屋、ゲームセンター、カラオケ……、それぐらいしか移動していない。
それ以外では、弓道場がある総合公園の近くにあったバッティングセンター?
そこもたまにしか行っていない。
だから、この年代の雄也さんと会うはずがないのだ。
「私は、13歳です、シオリ様」
雄也さんと違って、ほとんど口を開かない九十九も同じように答える。
しかし、まさかの13歳九十九だと!?
こちらも、わたしが全く知らない時代だ。
中学時代は本当に接点がなかった。
学校が違う上に、陸上部と女子ソフトボール部では当然だ。
他校への練習試合だって、ソフトボールの試合場を作るような時に、限られた運動場で陸上部が練習できるはずもない。
休日の陸上部は、陸上用のトラックがある学校の近くの総合公園で練習していたと聞いている。
多分、彼らの学校も似たようなだろう。
だから、どこかの弓道部員のように、ソフトボールの試合をわざわざ観戦しようと思わない限りは、本当に接点があるはずもない。
「そうなると、18歳であるわたしが一番、年上ですね?」
わたしは、一応、18歳なのだ。
仮令、この中で、一番、背が低くとも。
おかしい。
少なくとも13歳……、中学一、二年生の九十九なら、わたしとそう変わらなくてもおかしくないのに、少しだけわたしより高いのは何故だ!?
踵の高い靴だからか!?
違うよね。
分かっているよ。
わたしが低いだけだ。
せめて150センチはあると信じたい。
わたしの公式記録は、中学三年生の四月に測った145センチで終わっているのだ。
「シオリ様は18歳なのですね」
にっこりと微笑まれた。
「はい。年相応に見えないでしょうが……」
どこに行っても、15歳以上に見られた覚えがなかった。
平均以下の身長だけでなく、この子供っぽい顔も悪いのだろう。
体型?
そこまで平坦じゃないつもりなんだけどな。
少なくとも、身長よりは成長していると思っている。
大きくはないけど、なくはない……ぐらいには。
「その辺りは化粧次第でいくらでも変われます。シオリ様は愛らしい顔立ちなので、磨き甲斐もあり、とても楽しみに存じます」
うん、流石は雄也さん。
流れるように褒めてくれる。
「ヴァルナもそう思うでしょう?」
しかも、何故か、九十九に振るし。
ああ、でも、女性同士の会話って、こんな感じだった。
周囲に同意を求めて巻き込み、自分の意見を通す手法!!
最近、こんな会話から遠ざかっていたからすっかり忘れてた!!
「シオリ様はそのままでも可愛い、と思います」
いきなり話題を振られた、九十九は少し戸惑いながらもそう答える。
だけど、なんて、答えを口にするんだ!?
顔が熱を持ちかけるが、我慢する。
いやいや、今は女性。
彼は女性。
女性は「可愛い」という単語を呼吸するかのように自然と口にする生き物なのだ。
だから、他意はない。
「それについては同意しますけれど、シオリ様が望みを叶えることが、私たちの仕事です。何より、女性が化粧をせずに社交の場に顔を出すことは許されません。今後はそれを踏まえて肌の手入れをしていきましょう」
そっか……。
人前で、化粧なしでは駄目なのか。
いや、これまでも「聖女の卵」の時はそうだった。
その範囲が広がる……だけか。
「そんなに不安な顔をなさらないでください、シオリ様」
雄也さんはわたしの前で跪いて両手を取る。
「貴女の憂いを少しでも減らすために私どもは、トルクスタン王子殿下より遣わされました」
そう上目遣いではっきりと口にされる。
「思うところは少なくないでしょうが、今はそれらの全てを呑み込んで、この状況を受け入れてくださいませ」
そして、遠回しに「詮索するな」と言われた。
やはり、事情があるらしい。
それならば、答えは一つだ。
「分かりました。あなた方を信じて、任せます」
わたしがそう答えると、雄也さんは先ほどとは違う笑みを見せてくれたのだった。
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