侍女に求めるもの
「お二人の魔法耐性はかなり強いことが分かりました。しかし……」
アーキスフィーロさまは、わたしを見ながら……。
「シオリ嬢は何も確認しなくても、よろしいのですか?」
ほへ?
何故にわたし?
「トルクスタン王子殿下の紹介とはいえ、シオリ嬢の魔法に対する彼女たちの魔力耐性を確認された方がよろしいのではないでしょうか?」
「ああ、そうか。こいつらはシオリ嬢の侍女候補だからな。アーキスフィーロの魔法に耐えられても、シオリ嬢の魔法の方に耐えられるのかは別の話か」
いや、理屈としてはそうなのだろうけど、この二人なら耐えられると思うよ?
九十九は、わたしの魔法に対してかなりの魔法耐性を持っている。
そして、同じく雄也さんも九十九ほどではないが、もともと風属性の人だし、わたしの魔法に耐性はある。
それにいろいろな道具を隠し持つ人だ。
純粋な魔法耐性以外の方法でもなんとかしてくれると信じている。
だから、魔法耐性についてはそこまで心配していないし、何よりも……。
「必要ありません」
いろいろ考えて、わたしはそう答えた。
「わたしが、侍女たちに求めるのは侍女の仕事であって、護衛の仕事ではありませんから」
一般的なお貴族さまの感覚がないわたしが言うのもあれだが、本来、侍女さんというお仕事に魔法耐性って必要ないと思う。
確かに耐えられるに越したことはないのだろうけど、日常生活のお仕事で魔法バトルに突入することはないのだ。
実際、セントポーリア国王陛下に仕えているあの母に、魔法耐性などほとんどない。
母は確かに古代魔法の使い手ではあるが、やはりこの世界とは違う人間界で生まれ育った人間なのだ。
それでも、セントポーリア国王陛下に仕えることは許されている。
それは母の能力を買われてのことだ。
その国の魔力保持者の頂点でもある国王と呼ばれるような人間の近くでも、魔法耐性がない人間もいる。
「そのため、わたしがこの二人を試す必要性を感じません」
わたしが注意して魔力の暴走を起こさなければ良いだけの話だ。
そして、もし、起こしてしまったら、まあ、その時はその時だとも思っている。
ある種、観念するしかない。
先ほど魔力暴走を起こしかけた時、カルセオラリアの王族であるトルクスタン王子がその対応に焦ったらしい。
それだけで、普通の人ではいずれにしてもわたしの魔力暴走をなんとかする術がほとんどないってことが分かる。
ショックだけど。
嫌だけど。
認めたくはないけど。
だからといって、その事実から逃げるわけにはいかないのだ。
「そして、やはり、トルクスタン王子殿下からのご紹介なので、信頼ができるという点が大きいのだと思います。この家の家人たちに対して含むところがあるならば、それに恥じない能力を持つ人をわたしに付けてくださることでしょう」
この点においては、雄也さんと九十九だと知っているから、信じるのではない。
このロットベルク家に仕えている人たちに対してあれだけ、散々な評価を下したトルクスタン王子なのだ。
そこで似たような種類の人たちをわたしに宛がえば、同類ということになってしまう。
だけど、真っすぐな性格のトルクスタン王子はそんなことはしないだろう。
まず、信用できない人間は始めから使わない。
それはカルセオラリア城にいた時から知っている。
わたしたちの応対をしてくれる人たちも皆、良い人だったから。
尤も、わたしの世話のほとんどは、護衛兄弟たちがしてくれたから、あまり接していないこともあるだろうけどね。
そして、この方は、わたしを友人として扱ってくれている。
そんな人だから、雄也さんと九十九でなくても、わたしはちゃんと受け入れたことだろう。
「なるほど。こいつらではなく、俺をシオリ嬢は信じてくれるのか」
トルクスタン王子は口元に手をやりながらそう言った。
「それに、アーキスフィーロさまの魔法にあれだけ耐える方々です。わたしが改めて魔法耐性を測る必要はないでしょう」
寧ろ、九十九に対しては、かなり激しい魔法だったと思う。
多分、昨日、わたしに向かって放った魔法よりも強かったんじゃないかな?
大きな魔法ではなく、一点集中型の魔法か。
あんな使い方もあるんだね。
「アーキスフィーロ。シオリ嬢本人はこう言っているが?」
「シオリ嬢が問題ないのなら、そちらの二人を付けることに対しては、私も何も言いません」
アーキスフィーロさまも承知してくれた。
これで、何の問題もなくなったわけだ。
いや、あとは当主さまに認めてもらう必要もあるけれど、そちらはなんとかなるだろう。
「それでは、ルーフィス、ヴァルナ。こちらに来てくれますか?」
二人の名を呼んで招き寄せる。
「わたしが、あなたたち二人に望むのは、侍女のお仕事です」
できるだけ堂々と、そして優雅さも忘れないように告げる。
上手くできているかは分からないけれど、わたしの言葉に、雄也さんと九十九が、スカートの裾を持ち、同時に身体を傾けて頭を下げた。
本来、男性のはずの二人は、どこでそんな所作を身に付けたのだろうか?
そんな疑問を持ちつつも、言葉を続ける。
「その上で、信頼関係を築けたらと思います」
いや、既にわたしは信頼している。
決して裏切ることはない忠臣。
いざとなれば、命懸けで護ってくれることもよく知っている。
「畏まりました」
「貴女の御心のままに」
雄也さんはともかく、九十九の言葉はやや重い気がする。
これは、考え過ぎ?
わたしが意識しすぎているだけ?
「庶民であるわたしは貴族としての作法を存じません。そのためにお世話することは大変でしょうが、よろしくお願いいたします」
そう言いながら、わたしはカルセオラリアの礼をした。
二人は、トルクスタン王子の手の者として紹介されている。
それならば、カルセオラリアの人間として扱う方が良いだろうと思ってこの礼を選んだ。
「承知致しました。シオリ様のご期待に添えるよう、精進いたします」
雄也さんはそう言いながら微笑み……。
「畏まりました。一日でも早く、シオリ様にお寛ぎいただけるよう、努めさせていただきます」
九十九は、表情を変えずにそう言った。
ぬ?
雄也さんはいつもとあまり変わらないけれど、九十九の方は、かなり違う気がする。
なんとなく、不機嫌モードの時に似ているが、体内魔気はかなり落ち着いているから、それとも異なるようだ。
これはキャラ作りみたいなものだろうか?
ぶっきらぼう、不愛想な侍女さん。
……漫画にはよくある設定な気がする。
悪くはない。
会って間もない侍女さんだというのに、いつものように甘く過保護な状態なのは、かなりおかしいからね。
少しずつ、人間関係を構築していくような付き合い方にしていく方が良いかな?
でも、侍女さんのお仕事ってどんなことをするのだろうか?
イメージ的にはお世話係。
身支度のお手伝いとか、お出かけの付き添いとか、だよね?
召使いとも言われる家事使用人とは、役割が違ったはずだ。
だから、掃除や洗濯、料理などの家事はしなくても良いだろうけど、この二人はやってくれそうだな。
この辺りはおいおい覚えていくことにしよう。
「それでは、当主に伝えてきます。シオリ嬢は、ここで暫くお待ちいただけますか?」
アーキスフィーロさまがわたしにそう確認してくる。
「わたしはご一緒しなくてよろしいのでしょうか?」
わたしの侍女の話だから、わたしも行った方が良いと思うのだけど……。
「はい。ですが、トルクスタン王子殿下には、申し訳ございませんが、一緒にご足労願ってよろしいでしょうか?」
「ああ、分かった」
アーキスフィーロさまはわたしの申し出をやんわりと断り、トルクスタン王子と一緒にこの契約の間から出て行ったのだった。
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