素直には測られない
雄也さんに続いて、アーキスフィーロさまの水属性魔法によって、今度は九十九の魔法耐性を測ることになった。
わたしが知る限り、護衛兄弟はどちらも魔法耐性がかなり高い。
それは血筋によるものでもあるのだろうけど、彼らの努力の賜物であることも知っている。
魔法耐性は、どの属性の魔法の影響を受けたかでその強さが変わってくるらしい。
具体的には、身内からの補助魔法、他者からの攻撃魔法や防御魔法などを使われてきたかで変化するらそうだ。
勿論、生来の性質によって、耐性が付きやすい、付きにくいはあるようだけど、その回数、強さで強化されることには変わりない。
これも他者の体内魔気によって、自分の体内魔気も影響を受けるという感応症の一種と言えるだろう。
つまり、幼い頃からスパルタ気味な教育を受けてきた護衛兄弟の魔力が強く、魔法耐性も高いことは当然なのだ。
そして、彼らは特に目立った弱点属性もない。
どの属性も満遍なく、かなりの魔法耐性がある。
本来、風属性だと、やや地属性魔法を苦手とする人が多い傾向にあるらしいが、わたしが知る限り、九十九は地属性の魔法も普通に使いこなしている。
そして、わたし自身も分かりやすい地属性魔法よりも、イメージが掴みにくい空属性の魔法の方が苦手だ。
だから、この世界では、人間界にある五行説とか四大元素の考え方や、ゲームに出てくるような属性別の相性というのはないと言い切っても良いだろう。
魔法国家の王女殿下は全属性に耐性があり、さらに全属性の魔法を隈なく隙なく、連発していることからもそれが分かる。
なんとなく火属性だから、水属性に弱そうなのに、水属性魔法をあっさりと蒸発させるような人だ。
「ルーフィス、どうだったか?」
トルクスタン王子がこちらに来た雄也さんに声をかける。
「問題ありません」
そう答える雄也さん。
だが、何に対して問題ないのかを言わないのが、この方である。
「お前が問題ないというのなら、そうなのだろうな」
そして、それに対して深く突っ込まないのが、この王子さまであった。
さて、そんな二人とは別に、契約の間の中央にはアーキスフィーロさまと九十九が向き合っていた。
「それでは、失礼します」
先ほどと同じように、アーキスフィーロさまの低い声が耳に届く。
やはり、最初は「水魔法」だった。
水属性魔法の基本魔法。
大きな球状の水の塊が九十九に向かう。
そこまでは雄也さんと同じ。
でも、ここからが雄也さんとは全く違った。
「「「えっ!?」」」
魔法を使ったアーキスフィーロさま自身と、それを見ていたトルクスタン王子とわたしの声が重なる。
声を出さなかったのは雄也さんだけ。
でも、あれを見て声を出さずにいられるはずがない。
九十九はなんと、アーキスフィーロさまが魔法を放つと同時に、それに向かって突進していったのだ。
わたしはこれまで、魔法耐性を測る時は、その場から動かないものだと思っていた。
実際、雄也さんも動かず、素直にアーキスフィーロさまの魔法に当たっていたのだ。
それなのに、自ら当たりに行く人がいるなんて思わなかった。
アーキスフィーロさまが放った「水魔法」はそのまま九十九にぶつかり、そして、凄い勢いで弾け飛んだ。
普通に「魔気の護り」に当たっただけではあんなに水滴は飛び散らない。
あれは、突進の勢いのせいだろうか?
「今のは……」
アーキスフィーロさまも思わぬ九十九の行動と、その結果に、呆気にとられた様子だった。
模擬戦闘なら、自分に向かってくることもおかしくはないだろうが、今の魔法は、相手の魔法耐性を測るために魔法を放ったはずだ。
美人さんの突進は、正面から見ても迫力があったことだろう。
「ルーフィス、解説」
トルクスタン王子も、何が起きたかよく分かっていないらしい。
そのために、九十九の行動に驚く様子がなかった雄也さんに確認することにしたらしい。
「魔法が最も効果を発揮するタイミングというものがあります」
雄也さんは溜息を一つ吐いた後、口を開く。
いつも聞いていた声に似ているのに、かなり高い声。
でも、無理して出しているようにも感じない。
「そして、その大半は、目標物に到達した時と、術者が設定しています」
「それはそうだろう」
攻撃魔法は、設置型と射出型に分かれる。
設置型は、相手が触れた時にその効果を発揮し、射出型は相手に当たった時にその効果が出るというのは明白だが、それが何の関係があるのだろうか?
「ヴァルナはそのタイミングをずらしただけですよ」
「それに何の意味があるのだ?」
「意外な行動は相手を過剰に警戒させます。何を仕出かすのか分からない相手ほどやりにくいものはないでしょう」
気のせいか、わたしを見ていませんか? 雄也さん。
「つまり、どういうことだ?」
「トルクスタン王子殿下ならば、何をしてくるか予想もできないような対象に対して、いつまでも、相手をしたいと思いますか?」
「あ~、それは避けたいな」
雄也さんを見ながら、トルクスタン王子は苦笑した。
「しかも、自分の魔法を打ち消すどころか、跳ね返そうとする気配のある相手です」
「あ?」
「私なら、何度も対峙したくはありませんね」
雄也さんすら、嫌がるのか。
そして、九十九はアーキスフィーロさまの魔法を跳ね返そうとしたのか。
「跳ね返そうとする気配と言うが、反射の魔法を使ったような気配はなかったぞ?」
それはわたしも思った。
一瞬だけ、九十九の体内魔気が一部に集まった気配はあったが、それは身体強化のようなものだ。
魔法とはちょっと違うだろう。
「自分に到達するタイミングに合わせて、相手が使った属性の魔法耐性を意識的に集中させて、その部分を同じ魔力量にすることができれば、魔法耐性の強化だけで魔法を跳ね返すことができると、私どもに魔法を教えた人間が言っておりました」
ミヤドリードさ~ん!?
この兄弟になんてものを教えているんですか!?
「タイミングと魔法を見極める目と、それなりの魔力量。そして、当然ながら魔法耐性が必要となりますが」
雄也さんはそう言いながら上品にコロコロと笑った。
それは侍女というよりも、貴族の女性に見える笑い方である。
あれ?
性別?
「お前らはどこを目指しているんだ?」
どこか呆れたように問いかけるトルクスタン王子。
それは、わたしが何度も思った疑問だった。
わたしの護衛たちはいろいろな面が凄すぎて、本業が分からなくなることがあるのだ。
いや、今回の技術は護衛としては大事だと思うが、侍女には不要だろう。
「どんなものでも、技能は磨いて損はありません。最近、ヴァルナの周囲には、その技を磨くための適当な相手がいなかったので、丁度良い練習台と思っていることでしょう」
周囲は手加減を好まない王族しかいないから……、ですか。
しかし、貴族の魔法を前に「練習台」とか、どれだけ尊大な言い方なのでしょう?
あれ?
もしかして、九十九にわたしの魔法が効きにくいのって、これも原因の一つなの?
わたしの魔法に合わせて、跳ね返さないまでも、その威力を弱める何かをしている?
「つまり、ヴァルナの魔法耐性は、アーキスの基本魔法を上回っているということになるのか」
「私よりも未熟……、失礼、年若に見えたために手加減してくださったのでしょう。そのために計算が合わなかったようです」
「計算?」
「『基本魔法』を跳ね返せず、飛散しました。タイミングも、威力も見誤ったということになります」
おおう。
手加減されたために、跳ね返すための計算が狂ったということか。
「事前に魔法を見ていたための油断ですね。本来は、相手の繰り出す魔法種類と威力の予想は、体内魔気と大気魔気の集束から予想すべきだというのに不甲斐ないことだと思います」
さらりと言っているけれど、それがとんでもない技術を必要とすることはわたしにだって分かる。
反射魔法などを使わずに、相手の魔法に合わせてタイミングよく自分の魔法耐性を上げる?
しかも、相手の気配と周囲の空気の流れでそれらを的確に判断する?
それは、魔法国家の王女殿下たちでも難しい技術だと思う。
「お前たちは、本当にどこを目指しているのだ?」
先ほどよりも、もっと実感の籠った言葉をトルクスタン王子の言葉に対して……。
「勿論、主人と認めた相手に恥じないように、どこまでも努力する所存でございます」
雄也さんは優雅な笑みを携えて、そう答えたのだった。
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