耐性を測る
さて、わたしの侍女となる予定の二人の魔法耐性を計ることになったわけだが……。
「雄也から……ですか?」
なんとなく、弟の九十九の方からだと思っていたからちょっと意外だった。
いつもこういった状況では、彼の方が先に試されるイメージが強いからだろう。
「なんでも、妹を庇うのが姉の役割だそうだ」
「はあ……」
やはり、姉妹設定。
そして、その優しさが兄弟の時に生かされないのはどういうことでしょうか?
「シオリ嬢は落ち着いたものだな。アーキスの魔法は、王族と遜色ないものだぞ?」
「トルクスタン王子殿下が推すほどの方々でしょう? だから、大丈夫だと信じています」
わたしがそう答えると、トルクスタン王子は破顔した。
わたしが、二人の正体に気付いていることを、彼が知っているかはまだ分からない。
でも、気付かなくても、わたしは同じように答えたとは思う。
少なくとも、このロットベルク家の人たちよりは、トルクスタン王子のことを信じているし、本当に変な人間を付けることを、わたしの護衛たちが許すとも思えないからだ。
「それでは、失礼します」
アーキスフィーロさまの低い声が耳に届く。
まずは「水魔法」。
水属性魔法の基本魔法。
大きな球状の水の塊がルーフィスさんに向かう。
これはわたしの時と同じだった。
雄也さんは、その場から動かず、そのまま、その水を被る。
違った。
「水魔法」に当たった……ように見えるが、多分、身体の表面を覆う魔力の薄い膜によって、水球が弾けたらしい。
でも、驚くほどのことではない。
雄也さんは、知られていないだけで、ライファス大陸の中心国であるイースターカクタスの王兄の息子である。
つまりは、王族。
しかも、鍛錬を欠かさない系の人でもある。
それならば、多少、魔力が強いからといって、普通の貴族の基本魔法程度でどうにかなるとは思っていない。
「もう少し、強めます」
アーキスフィーロさまは、わたしの時にも同じように言って、「氷水魔法」を使った。
だが、今回は違った。
いきなり、その次の段階であった「氷魔法」を使ったのだ。
足元から、氷の塊が突き刺さるように伸びて、当然のように、雄也さんの周囲だけを避けるような不思議な形を作り上げる。
体内魔気の護りによって、周囲だけが凍らなかったらしい。
「トルクスタン王子殿下が紹介される方は、本当に魔法耐性が強いですね」
アーキスフィーロさまは、微かに笑う。
「当然だ。半端な人間を紹介しても意味がないだろう?」
「その通りです」
アーキスフィーロさまは、頷いた。
「それでは、さらに強めさせていただきます」
わたしの時は、無詠唱で氷系の魔法を放った後、「氷嵐魔法」という、心ときめく魔法だった。
「吹雪魔法」
だが、今回、アーキスフィーロさまの口から出た詠唱は、わたしの時とはちょっと違うものだった。
「雪」と「氷」。
果たして、どちらが威力はあるものだろうか?
そして、雄也さんの主属性は、風である。
だから、わたしと同じように風属性魔法である「嵐」が追加されたら、逆に意味がない気もするのだが……。
「熱魔法」
魔法を使って、その場を凌いだのだった。
それを見たアーキスフィーロさまは、軽く頷いて……。
「ルーフィス嬢、ここまででよろしいでしょうか?」
雄也さんに声を掛ける。
「はい」
そして、雄也さんも、裾を摘まみながら、軽く一礼した。
あれ?
ここまで?
わたしの時は、ここから更に「津波魔法」、「氷河魔法」と魔法が強まった覚えがある。
でも、これで終わりなのか。
ちょっとだけ拍子抜けしてしまった。
「シオリ嬢、どうした?」
「いえ、思ったよりも、あっさりと終わってしまったなと思いまして……」
「魔法耐性を測るだけなら、そこまで大きな魔法を使用する必要はない」
あれ?
そうなの?
でも、わたしが、魔力の封印を解放した直後の水尾先輩からの魔法は、いろいろ激しかった覚えがある。
あの時も魔法耐性を測るとか言われて、各属性の魔法の基本から応用まで多種多様の魔法を放たれたのだ。
しかも、どんどん、容赦なく威力を上げられた。
魔法初心者どころか、魔法を使えなかった相手に酷いと思う。
さらに、セントポーリア国王陛下から魔法耐性の確認された時も、最終的には、「暴風魔法」まで使われたと記憶している。
尤も、その後の九十九と組んでセントポーリア国王陛下と対峙した模擬戦闘では、さらに激しい「大暴風魔法」まで使われたから、セントポーリア国王陛下にとっては、魔法耐性を測っている段階ではそこまで大きな魔法ではなかったのかもしれないけど。
「アーキスフィーロがシオリ嬢に行った魔法耐性の測り方は、普通ならやり過ぎだ」
なんと!?
だけど、あの場にいた誰も止める様子がなかったよ?
そして、あなたもその一人ですよね? トルクスタン王子。
「まあ、あそこまで見事に耐えられたら、どこまで耐えるかやってみたくなるのも道理だとは俺も思うけどな」
どうやら、わたしは知らないうちに限界チャレンジをさせられていたらしい。
いや、確かに「試させて欲しい」と言われた時に、そう思ったけど。
だけど、そこまでする必要はなかったということだ。
「わたしは、水尾先輩からも、同じようなことをされたことがあったので、あの計測方法が普通だと思っていました」
「魔法馬鹿であるミオの基準を普通だと思い込むシオリ嬢がおかしい」
それも酷い発言だと思う。
でも、そう言いたくなる気持ちも分かる。
だけど、あの頃のわたしにはそんな知識すらなかったのだ。
そして、そのまま、非常識を常識と思い込むことになったということか。
「その言葉を、そっくりそのまま水尾先輩に伝えてもよろしいでしょうか?」
それでも、「おかしい」と言われて黙っているような大人しい性格はしていない。
これぐらいは言っても良いだろう。
「勘弁してくれ。ミオは昔から、頭に血が上ると、火力と熱が上がるのだ」
心底、嫌そうにトルクスタン王子は答えた。
火力と熱が上がる……、その表現が誇張ではないところが、火属性魔法使いの恐ろしいところである。
でも、そう思うなら、頭に血が上る言動をしなければ良いのにと思うのは、わたしだけだろうか?
まあ、これが、二人の幼馴染としての付き合い方なら、わたしは、何も言うことはできないのだけど。
「シオリ嬢は、ルーフィスの魔法耐性について、どう見た?」
「申し訳ありませんが、水尾先輩の基準しか知らないわたしの意見は参考にならないと思いますよ?」
わたしは一般的な基準を知らない。
周囲には、一般を逸脱した人しかいないから。
そして、このトルクスタン王子も一般から外れた人である。
「シオリ嬢の護衛たちは、一応、基準に……ならないか。ヤツらも十分過ぎるほどの異常者だったな」
なかなかに酷い。
でも、同意する。
彼らも一般人ではないから。
「トルクスタン王子殿下の友人が務まるほどですからね」
類は友を呼ぶという言葉もある。
トルクスタン王子だけでなく、多分、わたしたちの周囲に集まる人たちはそういうことなのだろう。
「それは確かに、って、それは、俺も異常者ってことか?」
「王族に連なる人を、わたしは正常だと思っていませんよ」
規格から外れた人たちしかいないのだから。
「王族基準ではこれが正常なのだ」
「そんな人外を基準に持って来られても困ります」
「人外って……。俺はまだ一応、人の枠内に収まっているつもりなのだがな」
トルクスタン王子はわたしの言葉に苦笑する。
だが、言わせていただきたい。
人の枠内に収まっていたら、魔法国家の王女殿下たちの攻撃を防ぐことすらできないと思うのですよ?
尤も、それはわたしにも言えることだ。
いつから、わたしは「人外」になっちゃったんだろうね?
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




