二人の女性
「「失礼いたします」」
そんな声と共に入ってきた二人は、確かに、わたしが一度も見たことがない女性たちの姿だった――――が!!
この場で思わず叫ばなかったわたしを褒めてください。
いや、誰もわたしの事情なんか知ったこっちゃないだろうから、自分で自分を褒めよう。
叫ばなかったわたし、とても、偉い!!
隣室から現れた二人の女性は、わたしの前でカルセオラリアの礼をする。
カルセオラリアのトルクスタン王子が連れてきた侍女さん候補だ。
それは正しい。
「トルクスタン王子殿下より、シオリ様の侍女として任命されました『ルーフィス』と申します。至らない点は多々あるかと存じますが、これから長くお仕えさせてください」
そう口を開いたのは、エメラルドグリーンの髪を丁寧に編み込んで、後ろでお団子のように纏めている紅い瞳の背が高い迫力美人。
身長は水尾先輩と真央先輩と同じぐらいだと思う。
そちらについてはまあ、良い。
「同じく、トルクスタン王子殿下より、シオリ様の侍女として任命されました『ヴァルナ』と申します。身命を賭してお仕えいたしますので、これからお側に付くことをお許しください」
続いてそう口上を述べたのは、濃藍の髪をポニーテールにして、綺麗な翡翠の瞳をわたしに真っすぐ向けている可愛らしい女性。
……うん、女性に見えるんだ。
二人とも。
その華奢な体型は、ちゃんと女性なんだ。
少なくとも男性の骨格ではない形をしている。
だけど、分かってしまう。
何、やってんの!?
わたしの護衛たち!!
化粧でかなり雰囲気を変えてはいたものの、その顔は間違いなく、見覚えがある人たちだった。
いや、雄也さんの方は切れ長の美人さん過ぎて、ちょっとだけ自信がなかったけど、九十九については、多少雰囲気を変えたぐらいで、このわたしが間違えるはずがない!!
どんな姿になっていても、体内魔気を誤魔化しても、乳兄妹であるわたしには絶対、見抜けてしまうのだから。
そして、さり気なく言っていたけど、その口上は絶対、重い!!
少なくとも、初めましての主人に向けるような言葉ではないよね!?
隠す気がないってことで良いかな!?
いやいや、わたしが突っ込むべきところはそこだけではない。
二人とも、その体型、どうなってるの!?
明らかに男性には見えないのだ。
あれだけ筋肉質だった二人が、華奢で少しだけ丸みを帯びた身体になっている。
殿方特有の上下する喉仏も見た当たらないし、そのためか、声も高い。
何がどうして、そうなった!?
え?
性別を変える魔法は知らないって聞いたはずだから、これは、幻覚魔法とか、幻影魔法?
でも魔法を使っているような気配も感じられない。
もう一度思う。
何がどうしてそうなった!?
「シオリ嬢。この二人をシオリ嬢に付けて良いか?」
妙に笑顔のトルクスタン王子からそう確認されて……。
「ハイ、ダイジョウブデス。モンダイアリマセン」
そう答える以外のことが、わたしにできるはずもなかった。
思わず大声で叫ばなかったことだけでなく、うっかりこの場で意識を飛ばさなかったことも偉いと思うんだ。
これは、本当に、トルクスタン王子も納得の上の話なのか?
そして、もしかしなくても、これが、雄也さんが言っていた「陰から護る」ってことでしょうか?
陰どころか、めちゃくちゃ、表に出て護る気満々じゃないですか!!
嬉しいけど。
本当に、嬉しいけど!!
こんな方法はありなのか!?
「ならば、アーキスフィーロの方はどうだ?」
「…………」
トルクスタン王子に確認されたアーキスフィーロさまは、わたしに向かって礼をしたままの二人をじっと見つめている。
ここまで見事な女装? なら、その正体がバレることはないとは思う。
雄也さんの方とは、一度だけ顔を合わせたことがあったはずだけど、それは三年以上も昔の話だ。
九十九の方も同じく三年以上も前だし、見たのは遠目だったはずだ。
しかも、夜。
身体強化をしても、見える視界には限度があるだろう。
そして、化粧で雰囲気を変えている顔だけでなく、その髪と瞳の色も、何より、体型! 体型が全く違うのだ。
これで、彼らを殿方だと看破するのは難しいと思う。
わたしも九十九がいたからこそ確信できているだけなのだから。
ある意味、ズルいかもしれない。
それでも、そんなに穴が開くほど見つめている姿を見ると、わたしの方がドキドキしてしまう。
もしかして、本当に気付いている?
「このお二人の魔法耐性をトルクスタン王子殿下はご存じですか?」
だが、違った。
アーキスフィーロさまは、この二人の性別を疑って凝視していたわけではなかったようだ。
二人は魔力をかなり押さえている。
だから、アーキスフィーロさまは、その魔法耐性が心配になったらしい。
「二人は、そこらの貴族の魔法程度なら軽く捌くはずだが、試すか?」
「はい」
そして、わたしに対して魔法耐性を計ったように、この二人の魔法耐性も確認することになった。
わたしの魔法だけでなく、水尾先輩の魔法も捌く二人だ。
これについてはそこまで心配はしていない。
だが、今、二人の体内魔気は、押さえているだけでなく、表面上に出ているのは、光属性が強い気がする。
これは、わたしとの繋がりを気付かせないために、主属性である風属性を封印しているのかもしれない。
だけど、血族属性……、両親の属性の方が強く出ているっぽいのだ。
二人の出自を知る身としては、それはそれで、いろいろとハラハラ、ドキドキしてしまう。
誰か、そろそろ身体に優しい胃薬をください。
「ルーフィス、ヴァルナ。事前に話していたとおり、お前たちの採用のためには、この男による合否判定が必要なようだ」
トルクスタン王子が二人に向かって不敵に笑った。
「そのために、場所を変えるぞ。流石にこの客室で暴れるわけにはいかん」
相手の魔気の護りの強さを確認するために、魔法を放つ必要があるのなら、いくら結界を張っても限度はあるだろう。
ましてや、ここは人様の家でもある。
いくら既にいろいろと迷惑を掛けられているからと言って、その仕返しのようなことをしてはいけないだろう。
そんなわけで、わたしたちは地下の「契約の間」へと場所を移動することになった。
魔法が外に漏れないという点では同じアーキスフィーロさまの居住区画である「封印の間」の方ではないのは、何故だろう?
誰でも出入りすることが許されている「契約の間」よりも、私的空間であるそちらの方が、誰かに見つかりにくいのに。
「名目上は、侍女の査定だ。移動する姿が、誰かの目に留まる方が良い」
そんなわたしの疑問にはトルクスタン王子が答えてくれた。
「アーキスフィーロの魔法に耐えられるというだけで、この家では身分に関係なくあっさり採用されるだろう」
「そうなのですか?」
「それだけ、そこの男が異質なのだ。まともに世話をできる人間がないから、地下に隔離されることになる。そして、数人の怪我をしても問題ない世話役に押し付ければ良い。それが、近年のこの家の考え方のようだ」
世話をする人間を人身御供扱いとか。
怪我をしても問題のない世話役って考え方も酷い。
何より、アーキスフィーロさまは、この家の……、貴族の第二令息なのに。
「勿論、その件に関しての言い分も分からなくはない。誰だって、自分が耐えられないような魔法を、全く意味なく向けられることは遠慮したいものだからな」
言われてみると確かにそうかもしれない。
視点を変えるだけで随分、物の見方が変わる。
「まあ、そんな異質な相手でも、ヤツらなら何も問題はないだろう。自分より魔力の強い人間が、強大な魔法を振りかざしても、笑いながら捌くような変態たちだからな」
「変態って……」
それまで感心して聞いていたのだが、最後の言葉でいろいろ台無しである。
「だが、間違いなく実力はある。性格的には癖が強く、かなり扱い辛いかもしれんが、シオリ嬢なら大丈夫だろう」
「そうだと良いのですが……」
確かに、何の前情報もなく、彼らを御せる気はしない。
兄は話を聞いてくれているように見せかけて、さり気なく誘導してくるような人だし、弟は話を聞いた上で、真っすぐ説得してくるような人なのだ。
あれ?
今は女装しているのだから、姉と妹になるのかな?
それとも、血が繋がっていない設定?
でも、顔も体内魔気も似ているのだから、他人設定はちょっと無理だと思う。
「ちょうど、準備も終わったようだ。まあ、ヤツらの実力を見て、シオリ嬢がその目で改めて判断してくれ」
「分かりました」
どうやら、打ち合わせの結果、一人ずつ判定するらしい。
魔法耐性の話だからね。
だけど、その体内魔気判定。
普通に終わってくれる気がしないのは何故だろうか?
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




