信用できない家
「この家の人間は信用ならん」
仮にも親族の家で、王子さまははっきりと言い切る。
「だから、シオリ嬢の侍女に、俺の息がかかった者を二人ほど、付けてもらっても良いか?」
しかも、堂々と、間諜をこの家に入れると宣言した。
小細工なしの真っ向勝負。
いや、言っていること自体は、小細工と言えるかもしれない。
しかし、二人の侍女?
もしかして、水尾先輩と真央先輩?
でも、王女さまであるあの二人が、人のお世話をする侍女のお仕事って……、多分、できないよね?
魔法の家庭教師ならできそうだけど、それは侍女のお仕事ではないはずだ。
「それは……」
いきなりの提案にアーキスフィーロさまも言葉を探す。
トルクスタン王子の話はそれほどのものだった。
「アルトリナ叔母上はもともと魔力が強い女性を望んでいたが、その侍女については考えていなかった。そして、当主であるエンゲルクはシオリ嬢の身上に興味を持ったようだが、彼女に付ける人間については、そこまで吟味していない」
トルクスタン王子はさらに言葉を重ねていく。
「シオリ嬢には、まだ碌に仕事を仕込んでもいない新人二人を付けるようだが、交代要員としてさらに二人追加する分には問題ないだろう? その二人の給金については勿論、提案したこちらでもつから、ロットベルク家の懐が痛むことはない」
どこでそんな情報を得たのですか?
当事者であるわたしも、侍女についてはまだ全く知らされていないのに。
いや、本当に付けてもらえるかも怪しんでいたのに。
「家の人事に関して、私は口出しできません」
それはそうだ。
王族であるトルクスタン王子は簡単に言ってくれちゃっているけど、普通は使用人などの雇用とかは当主さまに人事の決裁権限はあるだろう。
細かな内容については、家のことをよく知っている家令やそれ以外の人たちに意見を聞くとしてもね。
「心配するな。アルトリナ叔母上と、フェルガル義叔父上の許可は得ている」
そして、しっかり根回しは済んでいるらしい。
つまり、これって、既に決定事項なのではないだろうか?
「既に前当主夫妻の内諾を得ている時点で、私に許可は要らないのではありませんか?」
アーキスフィーロさまも同じことを思ったのか、呆れたようにそう言った。
「何を言う? 自分の婚約者候補の傍に置く人間だ。性別に関係なく、お前の許可は要るだろう?」
そう言われると納得できる気がする。
確かに、自分の伴侶となる予定の人間の元に、紹介や仲介があったとしても、気に食わない相手が自分の部屋の近くをうろうろするのは嫌だろう。
特にアーキスフィーロさまは真面目そうだ。
仮令、「妻として愛することはできない」と言っていても、婚約者候補に対して、現時点ではかなり誠実な対応をしてくれている。
本当に「愛することはできない」のなら、口約束だけで何も言わずに捨て置いていた方がかなり楽だと思う。
でも、それをしなかった。
そうなると、「愛することはできない」のにも、深い理由があるかもしれない。
「その侍女とは、昨日、殿下の背後にいらした方ですか?」
「いや、アレらは俺のだから、一時的でも、シオリ嬢には貸し出しできん」
昨日も言っていたけど「俺の」って……。
当人たちが聞いていたら、いろいろ複雑な顔をしていることだろう。
昨日、彼女たちは立場上我慢したようだが、別の場所で同じことを言われたら、水尾先輩は魔法を無詠唱で放つだろうし、真央先輩も近くにある物をぶん投げる気がする。
「今は亡き兄上が遺した縁だ。だから、俺はアイツらを粗雑には扱えんし、護る責務もある」
少しだけ、いつもの軽口が影を潜めた。
真央先輩はトルクスタン王子の兄であるウィルクス王子の婚約者だった。
あのまま、何事もなければ、義姉になっていたはずだ。
そして、水尾先輩はそれを介してちょっと遠いけど、姻族、縁戚と呼ばれるものになっていたのかもしれない。
でも、粗雑云々はともかく、護る責務はちょっと違うと思う。
ウィルクス王子の婚約者だった真央先輩も、その妹である水尾先輩も、トルクスタン王子にそこまでの献身は望んでいない気がするのだ。
「他にもいらっしゃると?」
「まあ、一応、侍女候補の人間を連れてきてはいたのだ。本来、専属侍女を伴って婚家へ赴くのは、女性側の権利だからな。それを認めなかったこの家について思うことは多々あるが、そこは国の事情もあるから呑み込んだ」
トルクスタン王子はそう言いながらゆらゆらと頭を振る。
「だが、たった一日で、この様だ。アルトリナ叔母上としても思うところがあったようで、思いのほか、話も早く進んだ」
「そうですか……」
「俺が紹介しようとするその者たちとシオリ嬢なら相性も悪くないとは思うが、お前との相性は全く読めん」
その発言から、どうやら、水尾先輩と真央先輩ではないことだけはよく分かった。
でも、わたしがカルセオラリア城にいた時は、侍女さんたちのお世話になっていなかったのだ。
それなのに、相性が悪くないってどうして分かるのだろう?
そして、わざわざ「侍女」と言っているのだから、あの護衛兄弟たちであるはずもない。
彼らなら、「従僕」だと思う。
仮令、侍女さんたちのお仕事をなんなく熟すと予想できても、彼らは「女」ではない。
その気になれば、彼らが女装できることも知っているけれど、今は、あの体格的に周囲にバレないようにするのはかなり難しそうだと思っている。
身長や声はともかく、あんなに肩幅があって、背中広くて、胸板も硬くて、喉仏が上下して、全身が筋張っている女性はいないと言い切って良いだろう。
だから、彼らはあり得ない。
そして、性転換の魔法はないって聞いている。
つまり、知らない人たちにお世話されることになりそうだが、それはこのロットベルク家から付けられるという侍女さんたちにも言えることだ。
トルクスタン王子がわたしの現状を気に掛けた上で、紹介してくれるなら、悪い人たちではないとも思う。
でも、わたしと相性が良いと思う基準はなんだろう?
「その方々は信頼のおける女性ですか?」
「少なくとも、この家の人間たちよりは」
「結構です。今回のことは、シオリ嬢が慣れ親しんだ専属侍女を連れてくることを拒んだ我が家の落ち度でもあります。反対する理由もありません。当主には、私の口から伝えましょう」
慣れ親しんだ専属侍女……。
そんなものはいなかったから、気もしなかった。
侍女以上の働きができる慣れ親しんだ専属護衛はいたけれど、彼らは異性だ。
連れて来ることなどできるはずもない。
彼らを伴ったトルクスタン王子が好きなように使いそうではあるけれど。
「お前が? エンゲルクに?」
だが、何故か、トルクスタン王子が目を丸くする。
「殿下が直接訴えれば、それは命令となります。我が家に非があるとはいえ、足元を見られる行いは当主も良い気はしないでしょう。私が自分で雇った人間をシオリ嬢に付けると伝える方が、角が立たないかと存じます」
「それは道理だが、お前は、それで良いのか?」
トルクスタン王子の言葉は、何か、含みを感じるものだったが、わたしには分からない。
「構いません。居心地の悪いこの家で、シオリ嬢が少しでも心安らかに過ごせるように手配することが、何もできない自分の婚約者候補としての務めです」
アーキスフィーロさまは時々、自虐を口にする。
それは、彼が言う「居心地の悪いこの家」に原因があるのだろう。
「それなら、顔合わせといくか」
トルクスタン王子はそう言って、何かを取り出した。
毎度、お馴染みとなった通信珠だ。
「アーキスフィーロから承諾は得た。二人とも、入室を許可する」
トルクスタン王子の声と共に、隣室……、従者たちの控え室から扉が叩かれる音がする。
「「失礼いたします」」
そんな声と共に入ってきた二人は、確かに、わたしが一度も見たことがない女性たちの姿だった。
今回の話の補足として、主人公は勘違いしているようですが、兄嫁の兄弟姉妹は姻族には当たりません。
その兄から見て妻の兄弟姉妹は姻族です。
身内枠という意味では、縁戚は間違っていないかもしれませんが、現行の日本の法律上では兄弟姉妹の配偶者の兄弟姉妹は、他人です。
法律は毎度、難しいですね。
尚、作者は法律の専門家ではないので、訂正があればお知らせくださると嬉しいです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




