護るための方法
アーキスフィーロさまはわたしの方を見ながら、はっきりと言った。
「地下にある私が管理している部屋の一つにて、シオリ嬢をお守りしたいとは思いました」
え?
どういうこと?
「待て、アーキスフィーロ。シオリ嬢は未婚の令嬢だぞ?」
「勿論、同室にするつもりはありません。私が持つ地下の部屋は全部で5つあります。その内の一つをシオリ嬢に貸し与えたいと考えました。それならば、本邸よりは私の目が届きます。幾分、今よりはマシでしょう」
あの場所ってそんなに部屋があるのか。
そして、一人が持つ部屋数としてはかなり多いだろう。
でも、昨日見た限りでは控え室、書斎で、それ以外だと寝室ぐらいだと思うのだけど、他には何がある?
お客さまと接する応接室……は、書斎がその役目をしていたっぽいよね?
「控室、書斎、寝室、遊技場、従僕待機室のどれを与えるつもりだ? まさか、寝室か?」
いや、それはないだろう。
一番、くつろげるはずの部屋を客人に与えてどうするのか?
そして、その中で、遊技場だけがよく分からない。
言葉の響きから、なんとなく、ゲームセンターなどの娯楽施設を思い出す。
そう考えると、趣味の部屋?
でも、それなら「遊戯室」だよね?
もしくは、「娯楽室」?
「普段、使っていない遊技場の一部を変えます」
「ああ、あそこは無駄に広いからな」
トルクスタン王子は知っているらしい。
しかし、無駄に広い遊戯室?
ますます持って、ゲームセンターのイメージが強くなる。
いやいや、この世界にそんなものはない。
どんなにあの世界に似たような街並みがあったとしても、電気がないこの世界では、ゲーム機などの電化製品の再現ができないのだ。
「だが、あの場所は、アーキスの寝室からしか出入りができないのではなかったか?」
「書斎からでも出入りはできますし、普段は鍵を掛けています」
「内鍵は?」
「必要とあらば、取り付けましょう」
わたしが考えている間にも話が進んでいく。
よく分からないまま、わたしは、アーキスフィーロさまの部屋の隣室に部屋を移すことになりそうだ。
「アーキスの寝室からも行ける点が気になるかもしれんが、シオリ嬢はどう考える?」
「わたしに選択肢はないでしょう?」
そもそも、客人といえなくもないが、既にこの家にとっては当主さまの息子の婚約者候補の身となったのだ。
家の人間から嫌がらせのようなことをされたとしても、与えられた部屋に対して文句など言えない。
だから、あんな部屋でも生活する気になったわけだしね。
「いや、身の安全とかそういった意味の話だ。アーキスフィーロの私室と接するような場所になるが、大丈夫か?」
「? アーキスフィーロさまなら、大丈夫ではないですか?」
少なくとも、洋服ダンスに仕掛けを施して侵入してくることはないとは思う。
そんなことをするつもりがあれば、始めから「妻として愛することはできない」など余計なことを言わず、婚約者にして断れない状態にした上で「婚姻前に子作りをする」と、強要をすれば良いだけだ。
でも、それはせず、ある意味、誠実な態度を示してはくれた。
だから、そういった意味では安全な人だと思う。
だが、わたしの答えにトルクスタン王子はどこか、釈然としない様子だった。
「アーキス。これが、シオリ嬢だ」
「そのようですね」
さらに、何故か、そんなことまで言われてしまう。
先ほども似たような言葉を聞いた気がするけど、それよりも少しだけ扱いが悪くなった気がした。
「まあ、この客室も油断ならんことは分かっているから、下手な場所に置くよりは、お前の手と目が届く場所の方がマシだとは思うが、それでも……、なあ……」
トルクスタン王子は何やら迷っている。
まあ、口調や言動の割に、わたしの護衛以上にお堅いところがある人だ。
婚姻前の男女が扉を隔てているとはいえ、近くで生活するというのは受け入れがたい部分はあるかもしれない。
だが、それよりも、さらりと言われたけど、この客室も油断ならないって何!?
実は、ここも変な仕掛けとかがあったりするの?
「トルクスタン王子殿下。双方が合意の上の話です。それ以外に、シオリ嬢をお守りする妙案があれば、是非、ご教授ください」
アーキスフィーロさまは、トルクスタン王子から言われて、わたしを護る手段を考えただけだ。
そして、アーキスフィーロさまは、手持ちのカードから、それを選んだ。
「俺の案を口にしても良いのか?」
トルクスタン王子はクスリと笑った。
同じ部屋で親し気に会話をしていても、トルクスタン王子は他国の王族だ。
願いを口にしてしまえば、それは命令に等しい。
確かにこの場でその希望を拒むことは可能かもしれないが、その後が怖い。
そのことを言っているのだと思う。
「構いません。殿下がシオリ嬢の不利益になるようなご提案をされる方ではないと信じておりますので」
「まあ、シオリ嬢にとって悪い提案をする気などないがな」
ヤツらが怖いし……。
トルクスタン王子の台詞の後に、そんな呟きが聞こえた気がするのは気のせいか?
そして、この場合の「ヤツら」ってどなたたちを差しているのでしょうか?
わたしに過保護な候補が多すぎて分からない。
尤も、目の前にいるこの方も、わたしに結構、甘いのだけど。
幼馴染の友人であり、友人が仕えている相手とはいえ、普通、一国の王子さまが、ここまで気に掛けてはくれないよね?
わたし自身は、その出自はともかく、庶民でしかないのだから。
それも、限りなく「庶子」に近い「私生児」という、なんとも不安定な立場である。
今回の話は、全く何も話していなかったのに、それを察してくれたトルクスタン王子からの助け舟だ。
一も二もなくとまでは言わないが、護衛たちとも何度か話した結果、考えられる限りマシだろうと判断した。
だから、これ以上、過剰に護られるのはちょっと申し訳ない気もする。
最低限の護りだけで良いのだ。
公式的な身分。
この世界で、これに勝る立場と護りはない。
他に公式的な身分を得るなら、イースターカクタス国王陛下のツテだろう。
今も「寵姫」と「息子の嫁」と「養女」へのお誘いの話が、さりげなく雑談に混ざりながらも何度も届くが、いずれも護衛兄弟からは大反対されている。
冗談だと分かっていても、「寵姫」の話が多いのは何故だろうか?
そして、見た目はともかく、自分の父親よりも実年齢が年上の殿方の愛人は流石に御免だし、あまり良い評判を聞かないイースターカクタスの王子殿下の妻とか苦労する未来しか見えない。
一番、現実的なのは「養女」だが、前に当人たちの前で宣言したとおり、わたしの父親は一人で十分だ。
あの人以外に「父」は要らない。
それ以外では「聖女」だが、それは王侯や神官たちを引き寄せるだけで、わたしの護りどころか、かえって、危難を増やすだけだと思っている。
「聖女の卵」の段階でも、神官たちの目が嫌なのだ。
これが「聖女」となれば、その危険が増大することは間違いないだろう。
死んだ後、普通の人間のように「聖霊界」に行けないことはもう決定しているようだし、その点については諦めた。
死んだ後のことは、未来の自分に任せよう。
「正直、アーキスの手が届く範囲にシオリ嬢を置く案は、悪くないと思う。まだ候補とはいえ、家が認めた婚約者ではあるから、外聞もそこまで問題にはならん。ヴィバルダス辺りが難癖を付ける可能性はあるが、ヤツは今回のことで黙るしかなくなったとも思う」
まあ、他国の王族の部屋に侵入した時点で、目的が違ったとしても、いろいろアウトだよね。
しかも、目的が違うと言っているのも、当人の弁だけだろう。
その気になれば、王族の部屋へ侵入したことを理由に、その罪を上乗せすることも可能だ。
「それと俺の案を合わせれば、そこそこ護りは固くなるとは思う」
トルクスタン王子もやはり、何か腹案を持っていたらしい。
いや、今回の呼び出しは、これが本題なのかもしれない。
「そうは言っても、俺の提案もありきたりで大したことはない。そして、少なくともアーキスの許可が要るとは思っている」
トルクスタン王子は何やら楽しそうに笑いながら……。
「この家の人間は信用ならん。だから、シオリ嬢の侍女に、俺の息がかかった者を二人ほど、付けてもらっても良いか?」
そんなことを言ったのだった。
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