事後処理
「それで、アーキス? ロットベルク家としては、この痴態とも言える状況をどうしてくれるつもりだ?」
わたしが落ち着いた後、トルクスタン王子はアーキスフィーロさまに向かって、改めて冷ややかな口調でそう告げる。
そうは言っても、アーキスフィーロさまは確かにロットベルク家の人間ではあるが、この様子だと、今回の騒動の欠片も絡んでいないだろう。
寧ろ、わたしが何事もなくて安堵してくれたほどだった。
それに、第二令息である。
事件を起こした当事者でも、責任を負うべき当主さまでもないのだから、家の人間たちが引き起こした事態の後処理をする立場も権限もないと思うけど、違うのかな?
「俺はお前にシオリ嬢を託したのだ。お前なら信じるに値する、と。それなのに、来て早々、ここまでの愚行を次々と見せつけられるとは思わなかった。この家がいろいろおかしいことは承知だが、ここまで外れだったとはな」
「そちらより引き渡されたならず者たちと、その手引きをした者たちについては、当主の手によって既に処理済みと伺っています」
処理!?
今、アーキスフィーロさまはさらりと言ってくれたけど、それってどういう方面の話でしょうか?
普通に処罰を与えたって話ですよね?
まさか、なんとかに口なしのような状況にはなっていませんよね?
「ふん。一応、状況が読めないほどではないのか」
トルクスタン王子はどこかつまらなそうに言った。
「それでは、ヴィバルダスについては?」
「兄については、当主自らが始末をつける、と」
「温いな。どうせ、エンゲルクがぐだぐだと言い訳を並べて、見逃すのだろう?」
トルクスタン王子の目が鋭くなった。
この家の人がわたしに対してしようとしたことは、かなり悪質な行為だったと思う。
外から人を引き入れ、集団で性的な暴行を加えさせようとか、かなり性格の悪い発想だろう。
さらに言わせてもらえば、人を使って自分の手を汚さない辺りも姑息だ。
今回は、わたしの「魔気の護り」は、わたしが眠っている時が一番強いから難を逃れることができたみたいだし、万一の時は、多分、隣室にいたという護衛が護ってくれたことだろう。
でも、これが、何の手段も持たない女性だったら、洒落にならない事態だったはずだったと思う。
何の非もないはずの犠牲者がいなくて良かった。
そして、この部屋に侵入してきたヴィバルダスさま。
この人は本当に救いようがないと思うが、自ら考え、行動した結果でもある。
やっていることはアレだが、わたしの部屋への侵入者たちの雇い主よりはマシだとも思える。
そして、侵入した先にいたのが雄也さんなら、未遂ってこと……だよね?
そうだよね?
ちゃんと結果を聞いていないからはっきりとは言えないけれど、大丈夫だとは思う。
それに、ヴィバルダスさまが何かしそうな気配があって、事前に水尾先輩と真央先輩を別の場所に避難させていたのだから、多分、それなりの罠を仕掛けていた気がする。
少なくとも、二人に気遣う必要がないから。
あの人のことだから、二度とできないようにお灸をすえていても、驚かない。
そして、いずれにしても、それらは未遂の話だ。
だが、トルクスタン王子としては腹の虫がおさまらないのだろう。
どちらも目的は違っても、わたしに対する明確な悪意だ。
自分が連れてきた人間に対して、ソレを平気で行える意識の低さ、警備上の問題点、家の人間に対する管理の甘さなど、いろいろな部分が気になるのだと思う。
「それに、今のままでシオリ嬢を護れると思うのか?」
トルクスタン王子はさらに鋭い瞳を向けた。
「それは……」
アーキスフィーロさまが言葉に詰まる。
だけど、これってアーキスフィーロさまはそこまで悪くはないよね?
どちらかと言えば、ロットベルク家そのものが悪いのだ。
当主さまならともかく、その息子には、屋敷内の警備や警護の権限はないと思う。
仕方がないから、間に入ることにした。
「トルクスタン王子殿下」
わたしはトルクスタン王子の名前を呼びながら近づいて……。
「あまり、わたしの婚約者候補さまを苛めないでください」
そう言いながら見上げてみた。
どうせ、本心ではないのでしょう?
アーキスフィーロさまがこの家で打てる手には限度があることを、トルクスタン王子はわたし以上にはっきりと知っているはずなのだ。
それなのに、わざわざ呼び出して、ネチネチと責めるのは……、苛め、嫌がらせ、可愛がりと呼ばれている種類のものになるのだろう。
反応を見ながら、楽しんでいるか、試しているのだと思う。
トルクスタン王子も王族なのだ。
親族と言っても、相手を見極める必要があることは分かっている。
それでも、現状で、あまりアーキスフィーロさまを追い詰めても良いことなどない気がした。
真面目な人は、揶揄うだけでも真剣に受け止めてしまう傾向にある。
そのため、アーキスフィーロさまがストレス過多になってしまう気がした。
「わたしなら、大丈夫ですから」
トルクスタン王子と同じように、陰ながら護ってくれている人たちもいるのだ。
そして、そのおかげで、多分、アーキスフィーロさまよりも、もっとずっと恵まれている。
「シオリ嬢」
「はい」
トルクスタン王子が、わたしに呼びかける。
「今の『あまり、わたしの婚約者候補さまを苛めないでください』という台詞を、この辺りを掴んで、もっと上目遣いで言ってくれないか?」
そう言って、袖を指し示された。
「……はい?」
意味が分からず、首を傾げる。
でも、断る理由も特にないので、そっとその袖を摘まんで……。
「あまり、わたしの婚約者候補さまを苛めないでください?」
トルクスタン王子の顔を見ながらそう口にする。
身長差があるので、指定されなくても、自然と上目遣いになるのだけど、これで良かったのだろうか?
この行動の意味が分からないので、ちょっと疑問形になってしまったが……。
「これは、なかなか心に迫るものがあるな」
トルクスタン王子は妙に良い笑顔でそう言った。
訳が分からない。
だが、満足されたようなので、良いのかな?
「さて、アーキスフィーロ」
あ、また呼び名が変わった。
「今のままでは、お前はこの素直で可愛らしく騙されやすい婚約者候補を護り切ることができそうにないことがよく分かったわけだが……」
なんか、先ほどよりも修飾語が追加されましたよ?
素直はともかく、騙されやすいってどういうことでしょうか?
確かに言葉の裏を読むのは苦手だけど、そこまで騙されやすくはないつもりですよ?
「これらを踏まえた上で、お前はどうするつもりだ?」
そう言ったトルクスタン王子の視線は鋭くアーキスフィーロさまを捉える。
でも、口元は笑っていた。
なんとなく、何かを試しているかのような顔。
「シオリ嬢をこのまま、元の部屋に戻すつもりはありません」
アーキスフィーロさまは臆することなく答える。
「ですが、この屋敷内で、私の手が届くところは限られています」
まあ、家の差配って、普通は当主さまとか、執事長……家令だっけ? ……にしか権限がないだろうからね。
もしくは、家のことだから、当主夫人?
でも、その方は、昨日の顔合わせの場にも顔を出されなかった。
それだけ、自分の子やその婚約者候補に興味を持つような人ではないということだ。
あれ?
そうなると、わたしのあの部屋の手配って誰がしたのだろう?
ロットベルク家の面々に受け入れられた以上、あの状況は当主命令とは思っていない。
そして、家令が仕えるべき当主の決定に逆らうとは思えないから、侍女長とかそんな感じの人たち……になる?
駄目だ!!
貴族に使える人たちの上下関係がさっぱり分からない!!
この点において、不勉強すぎる!!
アーキスフィーロさまは少しだけ、迷うような素振りを見せたけれど、わたしの方を見ながら……。
「トルクスタン王子殿下にお許しいただければ、地下にある私が管理している部屋の一つにて、シオリ嬢をお守りしたいとは思いました」
そうはっきりと言い切ったのだった。
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