趣味の悪い誘導
わたしが、ロットベルク家に来て、アーキスフィーロさまの婚約者になった次の日。
いきなり、魔力の暴走という珍しい状態を引き起こしかけた。
落ち着いた今でも、思う。
あのまま放置したら、大変なことになっていた……、と。
「トルクスタン王子殿下。咄嗟の英断、ありがとうございます」
そう言いながら、トルクスタン王子に御礼を言った直後……。
「シオリ嬢。トルクスタン王子殿下に貴女が、礼を言う必要はありません」
「え……?」
思わぬアーキスフィーロさまの言葉に耳を疑った。
あのままでは、どうなっていたか、予想ができない人ではないだろう。
抑制石で、体内魔気を押さえつけていても、誤魔化しきれないほどの魔力の変動があったはずだ。
だから、トルクスタン王子が抑え込まなければ、そこにあったのは大惨事だったと思う。
同時に、自分の魔力の強さもある程度、バレてしまったかなとも思った。
この部屋はトルクスタン王子によって、かなり強めの結界が張られていたから、外には漏れていないと思うけれど、流石に、同じ室内で、しかも制御できずに荒れ狂い始めた魔力を目の前で見せてしまったのだ。
これで、気付かれないはずがないだろう。
「貴女が魔力暴走を起こしかけたのは、トルクスタン王子殿下の趣味の悪い誘導によるものです」
アーキスフィーロさまは言葉を続けるが……。
「趣味の悪い誘導……ですか?」
はて?
何のことだろうか?
心当たりがない。
「誤解をさせるような言葉を意図的に選び、シオリ嬢の精神を揺さぶりました。あれだけの言葉では、トルクスタン王子殿下付きの侍女が、愚兄によって、危険な目に遭いかけたと思っても仕方がありません」
ああ、そうなのか。
わたしは確かにトルクスタン王子の言葉によって、水尾先輩や真央先輩を「囮」にしたと思い込んだのだ。
だから、精神的に不安定になってしまったことは認めよう。
それは、アーキスフィーロさまが言うように、トルクスタン王子によって、意図的にそう思考の誘導をされたと言えなくもないのだけど……。
「仮にそうだったとしても、それで自分の感情を制御できなくなってしまうのは、未熟だというのは確かなことでしょう?」
これがトルクスタン王子だったから、なんとかなっただけの話だ。
わたし一人ではどうにもならなかった。
そこは認めるべき部分である。
「それに、もっと悪意を持って、わたしを引き摺り落そうとする方々にとっては、それだけの隙をわたしが見せただけでも大変喜ばれるかと存じます」
人間はそれができてしまうほど知能を持った生き物だ。
それだけに質が悪い。
「だから、誘導されたとはいえ、あれぐらいで魔力の制御もできなくなるほど感情を揺らしてしまったわたしが、まだまだ足りていないことには変わりないとは思いませんか?」
自分では魔力も感情も、大分、制御できるようになったと思っていた。
だけど、今回のことで思い知らされる。
自分のことならともかく、友人を出されると、わたしは簡単に心が制御できなくなってしまうらしい。
「シオリ嬢……」
だけど、アーキスフィーロには、何故か、痛ましいものを見るような顔をされてしまった。
いやいや?
わたし、そんな顔をされるようなことを言っていないよね?
単純に、わたしがこの方の表情を読み切れていないだけ?
「貴女の、高潔な志はご立派なことではありますが、それでも、トルクスタン王子殿下に御礼を口にするのは別問題だと思います」
高潔……、な、……志?
そんなものを持った覚えなどない。
アーキスフィーロさまは何をもってそう思われたのだろうか?
元同級生の思考はちょっと分からない。
でも、真面目な人なんだろうなとは思う。
婚約者候補でしかないわたしに対しても、ここまで気にしてくれているのだから。
「揶揄われて、思考を揺らされたことは、確かに少しばかり酷いと思いましたが、それと魔力の暴走を抑え込むのは別の話でしょう?」
トルクスタン王子がどこまでこの結果を予測していたかは分からない。
だが、わたしが魔力の暴走を引き起こすのは別の話だ。
ちょっと揶揄おうとしただけなのに、いちいち魔力の暴走をされていては、世の中、おいそれと友人に対しても、軽口を叩けなくなってしまうだろう。
「他者の魔力が暴走するのを抑え込むのは至難だと伺っております。流石は、空属性最高位であるカルセオラリアの王族ですね」
結界魔法に関しては、魔法国家の第三王女殿下ですら舌を巻くほどである。
彼女の火属性最高の魔法すら、幾重も防護結界を張れば、恐らくは凌いでしまうだろうと言っていたのだ。
だが、「凌ぐ」だけである。
それは、魔法が効かないわけではなく、耐え抜くだけの話ということだ。
そして、それでも、魔法国家の王女殿下の魔法力は、おかしいほど膨大であることは、わたし自身もよく知っている。
ただ一撃の大魔法を耐えきったとしても、次々に魔法が放たれるのだ。
本当に、割に合わないよね。
「いや、暴走の兆候段階だったからな。まだ、俺でもなんとかなるものだっただけだ」
トルクスタン王子が肩を竦めながら、溜息交じりに言う。
「あの様子では、シオリ嬢が本格的に暴走した後では、魔法国家の王族たちを探すか、その国の国王陛下にお出まし願うか、あるいは、神の遣いとも言われているストレリチアの大神官に懇願するかのどれかだろうな」
そんなに激しい予測なのか、わたしの魔力暴走。
幸い、魔法国家の王族たちは、身近にいる。
だけど、彼女たちは表に出せない。
どの国にいても、国王陛下にお越し願うのはまず無理だろう。
セントポーリアとイースターカクタスは来てくれそうな気がするが、いろいろと別の問題が生じそうなので、当然、却下だ。
大神官……、恭哉兄ちゃんにお願いするなら、聖堂を通せばいけるかな?
でも、あの方との繋がりもあまり表沙汰にしたくない。
トルクスタン王子はわたしと恭哉兄ちゃんが友人関係にあることは知っているから、万一の時は頼んでおこう。
水尾先輩と真央先輩を表に出したくないと言えば、二つ返事で引き受けてくれるだろう。
「どこの御落胤かは俺も分からんが、アーキスフィーロ。これが、シオリ嬢だ。理解はできたか?」
トルクスタン王子はアーキスフィーロさまにそう言うが、流石に、なんとなく気付かれている気はする。
シルヴァーレン大陸でここまで魔力が強い人間など、そう多くはないから。
セントポーリアの王族である、ダルエスラーム王子殿下ですら、わたしほどではないのだ。
「はい。まだ完全に理解できた自信はありませんが、少しぐらいは分かった気がします」
「安心しろ。俺も似たようなものだ。シオリ嬢は底が知れない」
何気に酷いことを言ってませんか、トルクスタン王子?
あなたの幼馴染たちよりは、マシかと思いますよ?
底が知れないというのは彼女たちのことを言うのだ。
「まあ、シオリ嬢の反応を見たくて、わざと言葉を選んだ点は悪かった」
その後に、小さくこっそりとアーキスフィーロさまには聞こえないぐらいの声で、「ヤツらからも止められていたんだがな」とも続けた。
どうやら、わたしの護衛たちは止めたらしい。
わたしが魔力暴走を起こすことは予想されていたようだ。
それはそれで、やはりわたしの底は浅く、行動も心情も読みやすいのだとも思う。
「その点については、わたしとしても良かったと思います」
それをしたのが、トルクスタン王子だったから何とかなったのだ。
わたしのことを何も知らない人が同じことをしていたら、本当に救いようがない結果になっていたことだろう。
もっと精神鍛錬が必要なことはよく分かった。
わたしは気合を入れ直す。
ちょっとやそっとでは折れない心。
揺らがない精神力。
これを目標に頑張ろう!!
そう心に強く誓ったのだった。
でも、道は遠そうだなあ……。
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