魅力的な料理
「ところで、高田は、まだそれを食べないのか?」
水尾先輩からそう促されて、再度差し出されたおにぎりのようなものを手にとった。
どれくらい眠っていたからは分からないけれど、なんとなくお腹も減っている気がする。
だから、わたしは躊躇いもなく口をつけた。
その瞬間、水尾先輩の目が妖しく光ったような気がしたのはわたしの気のせいか?
「ん?」
なんだろう。
この食感と違和感。
差し出されたおにぎりのような物を口にした途端、ジョリッと言う砂を噛んだ時のような感覚があった。
その直後、甘いような辛いような苦いような酸っぱいような独特の風味が口に広がって……。
つまりは……。
「不味いだろ?」
「……美味しくはないです」
なんとか口に入れた分だけは飲み込んだ。
しかし、これ以上食べ続けるのは無理だと判断し、手に持っていたものを、素直にお皿に戻す。
お残しは許されることではないけれど、それでも限度というものはあると思うのだ。
「それが、魔界の普通の料理」
「へ?」
水尾先輩の言葉に思考が停止した。
「本当にどうなってんだろうな。材料も手順も同じはずなのに、出来上がりが全く違うってのは」
「こ、これは……、水尾先輩が作ったんですか?」
水尾先輩は料理が苦手だと聞いている。
それならば……。
「いや、一応、挑戦はしてみたが、私が作ったのは蒸発した」
「じょっ?」
思わず、思考停止をしかかったが、それが冗談では無いことはよく分かる。
わたしも何度か雲散霧消したことがあるから。
つまり、コレは先輩以外の誰か別の人が作ってくれたということだろう。
お残しして申し訳ありません、と心の中で謝っておくことにした。
そして、もう一つ気になることがある。
「水尾先輩が手にしているソレは?」
「コレは少年作。美味いよな~、やっぱ」
「ズルっ!?」
思わず敬語を忘れてしまった。
「人間界に行った時、飯が美味いことに驚いた。魔法力の回復の必要がないこともあるけど、料理自体が難しくはないってはかなり大きかったな。で、魔界に戻って一ヶ月。あの国の飯の不味さを思い出した」
そう言いながら、水尾先輩は7個目のおにぎりを掴んでいる。
九十九は一体、何個作ったのだろう?
「魔界の料理は体力や魔法力回復を主軸に考えるから多少は仕方ないとは思う。何より料理の形を残すことができるだけ凄いことなんだから。でも、まさか魔界に来て、こんな上手いおにぎりが食えるなんて思っていなかったな」
確かに、さっき食べたおにぎりのようなものが本当に一般的な料理というのなら、九十九の料理に水尾先輩が感動している状態も実は大袈裟とは言えない気がする。
同時に、自分はかなり恵まれていたことも分かった。
九十九がいたから、わたしは魔界に来ても、食についてほとんど悩むことも少なかったのだ。
調理法についてはともかく、少なくともこれまでに不味いものを口にした覚えはない。
「そこで、高田に相談なんだが……」
「九十九を水尾先輩の専属料理人にしたい……ですか?」
話の流れからなんとなくそう察する。
九十九がいれば、宣伝などに時間はかかるだろうけど、ここを料理が売りの村にすることができるかもしれない。
そうすれば、迷惑をかけた村への恩を返すということが可能だろう。
さらには、水尾先輩も大喜びってことにも繋がる。
でも、わたしの答えを受けた水尾先輩は何故かきょとんとした顔をした。
そして……。
「……ああ、そんな考えは本当に全然、なかったな」
そう言いながら、少しクスリと笑う。
どうやら、違ったらしい。
「少年を専属料理人にするってのは、かなり魅力的な提案だと思う。でも、それは多分、高田も納得できないだろうし、あの先輩も許さないだろう。加えて、今の私には、それに見合うだけの対価も持ち合わせていない。そこで!」
「そこで?」
「高田の旅に私も付いていく!」
水尾先輩は高々と宣言した。
「はい?」
「そうすれば、美味い飯、食い放題!!」
「……いろいろと突っ込みたいところが山程ある気がしますが、食べ放題は無理だと思います」
九十九は、少し前に「エンゲル係数」というどこか懐かしい単語を口にした。
その上限は分からないけれど、食費による制限はあるということだろう。
「少なくとも美味い飯が食えれば良い!」
なんという不純な動機だろうか。
いや、食欲って言うのは本能からくるものだから、ある意味、限りなく純粋なのかもしれないが。
「少年も先輩も口を揃えて『高田次第』って言うんだよ。まあ、二人の立場的に当然だけどな」
「あ、アリッサムの方々は?」
「説得済み」
昼間のあの男の人を含めた人たちをどう説得したのかは分からないが、水尾先輩が拳を握ってガッツポーズをしている姿を見ると、穏やかな話し合いの場が持たれたとはなんとなく思えなかった。
「高田は私が一緒だと嫌か?」
「嫌というわけではなく、水尾先輩に迷惑がかかることを考えると……」
素直に頷けない。
迷惑がかかる予感ではなく、迷惑がかかる確信だからだ。
「だから、護衛となる人間は多い方が良いだろう? 単純に魔法だけならセントポーリアの正規兵にも、この国の王子にだって私は負ける気はしないぞ?」
凄い自信だ。
でも、わざわざしなくても良い苦労をさせてしまうのは申し訳ないという気持ちもある。
「そんなに九十九の料理は魅力的ですか?」
わたしの言葉に、水尾先輩は一時停止をした。
「う~ん。確かに食いモンが魅力的だとは思うけど、正直オマケみたいなもんだな。どちらかというと、私が欲しいのは情報と知識。こんな所でのんびり平穏に過ごすよりは、動いた方がいろいろと都合が良いと思ったんだ」
「情報と……知識?」
情報はともかく、水尾先輩の知識って相当だと思うけど。
九十九の知らない魔法とかも知っていたぐらいだからね。
「アリッサムについて。女王や王配、王女たちの行方を含めたもの。そして、それらを得るための具体的な方法。何より旅をする知識が私にはないんだ」
「ああ、なるほど」
確かに同じ場所に留まるよりは、移動している方が外から得られるものはある。
「つまり、九十九の料理と雄也先輩の情報収集能力。そして、二人の旅知識があると良いってことですね?」
「そういうことになるな。その対価として、私も高田の護衛に加わる。期限は身内の行方が分かるまで。元々、そのつもりでここまで付いてきたわけだったからな」
「そういえばそうでしたね」
今回、ここでアリッサムの人たちに会ったのはまったくの偶然だった。
彼らがここに滞在せず、動き続けていたら出会うこともなかっただろう。
それに、彼らは自業自得ではあるが、今や身動きができない状況にある。
そしてその件に関しては、水尾先輩は一切関係がないのだ。
王女だからと言って、通りかかっただけで賠償行為というか贖罪行為に巻き込まれるのは気の毒だと思う。
「九十九や雄也先輩には既に話しているんですよね?」
「ああ」
「その上で2人はわたしに判断を任せると」
「そう言ってたよ」
あの2人ならそう言うだろう。
「アリッサムの方々もそれで納得したんですね?」
「ヤツらも今回のことがあったからな。納得したと言うより納得せざるを得ないというのが正しいかもしれない。でも、誤解するなよ。脅迫行為は一切していない!」
「……本当に?」
悪いけど、その部分は少し疑ってしまったことは許して欲しい。
「無理強いすれば、遺恨が残るだけだろ? しっかり誠意を尽くして説得した。ヤツらの言い分や立場も分からないでもないから」
それらを踏まえた上で、結論を出してくれた。
ちゃんと筋を通した上で、そして、危険を承知でわたしたちに付いてきてくれる道を選んでくれたのだ。
「わたしとしては、それが水尾先輩の意思なら断る理由はありません」
彼らが反対していないなら一緒でも大丈夫だってことだろうし。
「本当に一緒に行って良いんだな?」
水尾先輩は念を押すように確認する。
「はい、こちらこそ改めてよろしくお願いしますね」
かくして、わたしたちと「魔法国家の王女」との付き合いはさらに延長されることになったのだった。
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