礼を欠く
「シオリ嬢の部屋に侵入しようとしたヤツらが、シオリ嬢自身によって撃退されるとか、この家はいろいろおかしいだろ?」
そんなトルクスタン王子からの問いかけによって、わたしの頭と口から導き出された答えは……。
「は……?」
王族相手に、そんな礼儀を欠いた言葉だった。
「失礼しました、トルクスタン王子」
すぐさま、自分の失態を悟って、礼をする。
「ですが、先ほど口にされたことはあまりにも……」
「信じられないのは分かるが、事実だ。昨夜、シオリ嬢の部屋に侵入しようとしたならず者たちが、全部で7名。いずれも、シオリ嬢によって撃退されたと報告があった」
「……はい?」
勿論、わたし自身がそんなことをした覚えはない。
いや、それ以上にならず者って何!?
確か破落戸とか、チンピラとか、そんな意味だったよね?
そして、7人って、多くない!?
いつの間にそんな大立ち回りがあった?
「それは、トルクスタン王子殿下の従者たちが、わたしを守ってくださったということでしょうか?」
心当たりがあるとすれば、それしかない。
実際、わたしが寝る前に、部屋に現れた護衛が一人いらっしゃる。
そして、その人物なら、7人という多人数が相手でも、その辺の人間相手に後れを取るとも思えない。
何度も、それ以上の人数を蹴散らしている様を、ずっと近くで見てきたのだから。
「いいや。そのつもりで、従者を一人、シオリ嬢の部屋の近くに置いていたのだが、ヤツが、手を貸す暇もなかったらしい」
「……さようでございますか」
口ではそう答えたが、内心はパニック全開だった。
「トルクスタン王子殿下」
アーキスフィーロさまが口を開く。
「私も、その部分において、詳細が分かっておりません。シオリ嬢の部屋に侵入者が数名現れ、そして、その全てが意識を奪われたとしか聞いていないのです」
「ああ、そうか。アーキスには、その結果しか伝えられていないのだな」
トルクスタン王子は軽く息を吐いた。
「話としては、単純なものだ。シオリ嬢が寝た頃、を見計らって、隣室より、侵入者が現れ、部屋に押し入ろうとした所、眠りに就いていたはずのシオリ嬢の『魔気の護り』によって吹っ飛ばされたらしい」
「魔気の護りで……」
アーキスフィーロさまがわたしを振り返る。
護衛から何度も聞いていたけれど、わたしの魔気の護りは本当に有能らしい。
「俺の手の者は、その隣室にいたわけだが、気配を消して暗闇に潜んでいたために気付かれずに目の前を素通りされたと言っていた」
本当にあの護衛兄弟は、忍者だと思う。
気配を消して暗闇に潜むって、護衛というよりも暗殺者っぽいけどね。
「勿論、俺の手の者には、有事の時以外にシオリ嬢の部屋には入らぬよう、言い含めてはいる。だから、そんなに睨むな、アーキス」
いや、しっかり侵入してきましたよ?
あれは、わたしがうっかり名前を呼んでしまったからだろうけど。
でも、通信珠を使った覚えもなかったのに、どうしてわたしの声が聞こえたのかと思えば、まさか、お隣の部屋にいたとか!!
そりゃ、お耳がかなり良い護衛の耳には声が聞こえちゃうよね?
あの部屋、防音とか、遮音とかはしていないだろうからね。
「隣室から侵入って、移動魔法でも使ったのですか?」
わたしの護衛のように。
「いや、隣室の壁の一部が外れて、シオリ嬢の部屋にあるクローゼットの奥に入れるような仕掛けになっていたらしい」
「はいっ!?」
「なっ!?」
さらりと告げられたトルクスタン王子の言葉に、わたしとアーキスフィーロさまの驚愕の声が重なる。
でも、何も知らなかったのなら、驚くのは無理ないだろう。
わたしは気付かなかったけれど、あの虫食いの服がいっぱい入っていた洋服ダンスの奥に、そんな仕掛けがあったの!?
そして、それって、この家の警護的にはどうなの!?
明らかに忍者屋敷のような仕掛けがある部屋だったってことだよね?
それで、虫食いとはいえ、洋服がぎっしりと詰まっていたのか。
その洋服で、洋服ダンスの奥の違和感を消そうとしたのだろう。
だから、わたしの護衛は、洋服ダンスを開けて、その奥までしっかり確認していたのか。
彼は、あの時に気付いていたのだ。
明らかに、侵入者を誘致するような、その洋服ダンスのとんでもない仕掛けに。
いや、元は、脱出経路だったのかもしれない。
何者かに襲われて、追い込まれて、逃げて、洋服ダンスに隠れたように見せかけて、魔法を使わずに隣室へと逃げ込むというルートならあっても不思議ではないだろう。
「恥知らずな……」
低い声で呟かれたアーキスフィーロさまの拳がさらに固く握られた。
「だが、相手が悪かったな。シオリ嬢の『体内魔気の護り』は寝ている時こそ、その真価を発揮するそうだ。普段は、当人の優しさが邪魔をして手加減されているが、眠っている時、無意識の時は、確実に、敵対している者の意識を奪うほどの威力の空気の塊が放出されると聞いている」
その情報は、わたしの護衛からですね。
同じことを言っていた覚えがある。
わたしは寝ている方が、凶悪だと。
どれだけ、眠りの邪魔をされるのが嫌なんだろう。
なんとなく、某有名RPGで墓荒らしのような行動をしている際、「我らの眠りを妨げるのは誰だ」というメッセージを思い出す。
うん。
確かに眠りの邪魔は良くないよね。
「隣室に侵入しようと、その7人が同時にその狭い入り口に殺到していたらしいからな。回避の間も与えぬ一撃必殺だった聞いている」
頭の中に「勇ましいちびの仕立て屋」というグリム童話の表題が過る。
同時にその童話に出てくる「一撃七殺」という四字熟語も。
「トルクスタン王子殿下……。侵入者の方々は、ご無事でしょうか?」
あの護衛が「凶悪」と称するほどの「魔気の護り」だ。
しかも、7人同時に吹き飛ばしたという。
それならば、人様の家で、その犠牲者第一号が出ていたらどうしよう?
「そこで、侵入者の心配をするな。もともと、良からぬことを企んでいたような輩たちだ。寧ろ、意識を奪う程度で済ませる必要もなかった」
とりあえず、犠牲者第一号はまだ出なかったらしい。
でも、無意識って怖い。
寝ている間の自分は本当に信じられない生き物だ。
「良からぬこと……とは……?」
アーキスフィーロさまは、わたしのしでかしたことよりも、そちらの方が気になったらしい。
「アーキスは、ヤツらの目的の方も聞かされていなかったのか」
トルクスタン王子は少し、虚空を見た後……。
「ああ、そうか。それは、従者たちが拷……、いや、少しばかり強めに尋問した結果だったな」
そんなことを言った。
ちょっと待ってください?
今、「拷問」って言いかけませんでしたか?
しかも尋問も「強め」とか!?
さらに「従者たち」って複数形なのは何故!?
「幸い、悪巧みを吐かせるのに長けた者たちを連れてきたからな。俺は何もせずに見ているだけで済んだ」
わたしの脳内ツッコミが追い付かない!!
「トルクスタン王子殿下。誤魔化さずに言ってください」
だが、アーキスフィーロさまは、退かなかった。
「シオリ嬢にはあまり聞かせたくない。ならず者が侵入し、ふっ飛ばされた事実だけで良くないか?」
わたしに聞かせたくないのは、それは尋問から分かった侵入者の目的ですか?
それとも、尋問内容ですか?
そして、このトルクスタン王子の態度から、あの護衛たちによって口止めされている可能性はある。
「トルクスタン王子殿下。あの部屋に侵入しようとした人たちの目的については、わたしも知りたいです」
それでも、そう思うのは自然だろう。
目的が分からなければ、今後、自衛することもできない。
既に防衛に成功したとしても、それは一度だけの話だ。
侵入者が複数だったならば、誰かから雇われたとか、命令されたとかその可能性が高い。
そして、この家に来た初日からそんなことをしでかすような相手なら、一度の失敗で諦めるとも思えなかった。
そう考えると、やはり、その理由は知っておきたい。
「先にも言ったが、あまり面白い話ではないぞ?」
「脅迫目的ですか? それとも、傷害目的ですか?」
単に脅すことが目的だったとしたら、まだ可愛い方だと思う。
だが、傷害……、始めから傷つけることが目的なら、碌な相手ではないだろう。
「どちらかと言えば傷害だな」
警告もなしに、いきなり攻撃をしかける短慮な方らしい。
来た早々、なかなか手荒い歓迎だ。
だけど、これで分かったと思う。
「その人たちの目的は、わたしに性的な暴行を加えることだったということでしょうか?」
わたしはそう結論付けたのだった。
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