確認と探り合い
「はれ?」
思考が纏まっていない状況で、まず視界に入ってきたのは……、飾り気のない木製の天井だった。
ゆっくりと重い身体を起こすと、側には……。
「お? 目覚めたか?」
もしゃもしゃと大きなおにぎりのようなものを頬張る水尾先輩の姿がある。
その形は三角形ではなく真ん丸で、なんとなくソフトボールの三号球を思い出させるような大きさだった。
しかしあの形状……。
軽く放り投げられでもしたら、思わず打ち返してしまうかもしれない。
反射って怖いよね。
「食う?」
そう言って水尾先輩から差し出されたのは、丸っこい部分は同じだけど軟式野球のボールのように少し小さいおにぎりのようなものたち。
「こっちが高田の」
どうやらソフトボールみたいに大きなおにぎりのようなものは水尾先輩用らしい。
確かに見ただけでお腹いっぱいになりそうなそれを、いくつも食べることなどわたしには無理だと思う。
だが、水尾先輩はわたしが見ている前で普通に食べている。
そして、そのお皿の大きさから、始めはもっとあったと推測するけど、どうだろう?
「いくつめですか?」
「さっき食べ始めたから……、5つ?」
思わず聞いてしまったが、返ってきた答えも含めていろいろとおかしいと言わざるを得ない。
「ま、食べなよ。腹が減っちゃ、戦もできんって言うだろ?」
「何と戦うんですか?」
「……この国?」
水尾先輩は冗談めかして言ったのだろうけど、王子さまに追われているわたしにとってはあまり笑えない答えだった。
「先ほど、ちょっと魔力を使ったからな~。国での結界はシオ姉に任せていたし、最近では少年がやってくれていたから、自分でやったのってホント久し振り。加減が難しいから結界って苦手なんだよな~」
「シオ姉?」
「一番上の姉貴」
それはつまり……。
「……アリッサムの王位継承権第一位の方ですか?」
「うん、そう」
探るようなわたしの確認に対して、水尾先輩はあっさりと肯定する。
そして、言葉を続けた。
「で、高田は王位継承権第二位なんだな?」
「はへ?」
思わぬ痛烈なピッチャー返しのような言葉に対して、どう答えて良いか分からない。
そんな権利を持っていることについては、わたしが認識しているわけではないのだ。
でも、その表情から何故だか水尾先輩は確信しているのは分かる。
「そうなるだろ? 公式的にはともかく、この国の国王陛下の娘なんだから」
確かにこの国の王子さまは一人しかいないらしいが……、それでもわたしが第二位というのはどこかおかしい気がする。
わたしはあの国王陛下の血を引いている自覚はないし、それらを示す証拠もない。
人間界みたいにDNA鑑定とかで遺伝子を確認できてしまえば、分からないけど。
「それを示すものをわたしは持ち合わせてないですよ」
だからこそ、あの国王陛下もはっきりと認めることができず、母もすっとぼけてきたのだろうし。
「いや、証拠はあるよ」
「へ?」
「高田自身がこの上ない証拠だ」
そうわたしを指し示した。
「わ、わたしが!?」
ど、ど~ゆ~ことでしょうか?
「私が王女だって知ってるってことは、高田と先輩が聖騎士のあの男に絡まれたことは覚えてるんだよな?」
「え? あ、なんとなく……。でも、その先まではちょっと。あの人が怒った瞬間から記憶がないんで、多分、なんらかの魔法を食らったのかと」
そう答えると、水尾先輩は目を丸くする。
「凄いな。本当に魔法発動の気配より先に害意に反応したってことか。確かにそれなら防御としては最適かもしれん。巻き込まれ事故とかにも反応するんだろうか?」
水尾先輩は何か考え込んでしまった。
「……あの……?」
「恐らくは、状況が分かっていない高田に簡単な説明をさせてもらう。あの男が激高した瞬間、ヤツが魔法を放つ前に高田の魔気が暴発……、というより、発射された」
見事、見事と続ける水尾先輩。
「はい?!」
一方、全く理解できないわたし。
「その反応だとそうなるってことは本当に知らなかったんだな。先輩の口ぶりじゃ初めてじゃないみたいだけど」
「知らない! 知りません!!」
いや、それが本当なら、かなり危険なことではないだろうか?
「それはそれで危険だな。で、その魔気の塊がセントポーリア国王陛下によく似てたんだよ。普段は、封印されているから気付かれることはほとんどないだろうけど、その封印が解けた後は、少しでも感知が鋭ければ分かってしまうかもな」
「セント……ポーリア国王陛下によく似てる?」
自分では分からない。
わたしの魔気が、あの方に……似ている?
たった一度しか会ったことのない男性の姿を思い出す。
金髪で青い瞳。
わたしには全然、似ていないと思った。
「うん、そっくり。親子でもそこまで似てるのって逆に珍しいくらいだ。兄妹とか下手すると双子並に似てる」
「……自覚はありませんが」
「もうちょっと母親側の気配が強ければ誤魔化すこともできただろうが、流石に王族の血は強いってことだな。だからこそ人間である母親の魔気より純粋な魔界人の父親が色濃く出てしまって兄妹みたいになっているのかもしれんが」
「そ、それって結構、大変なことでは?」
わたしが魔力を使ったらバレバレってこと?
「うん、大変。特に正体を隠したいなら今のうちに何とかした方が良い。……露見したら跡目争いは絶対に避けられん」
「流石にそこまでは……」
ないと思いたい。
「甘いな。あのセントポーリアの王子は魔気が弱いんだ。王族であることは間違いないだろうけど、直系ではないと言われても疑う人間はいないかもしれないぐらいに。そんな状況で、王族の気配を漂わせた娘が現れたら、反王妃派に担ぎ上げられるのは目に見えてるぞ」
「おおぅ……。どうすれば……」
そして、反王妃派って多い気もする。
「慣れないうちは魔気の調整が難しいだろうから……。一番良いのは強い魔法具等を身につけることかな。他の魔力を紛れ込ませることで自分の魔力をぼやけさせるんだ」
「そんなことができるんですか?」
「魔法具は基本的に魔力が籠められた道具だからな。ま、先輩のことだからその辺りも考えているだろうし」
水尾先輩は我が事のように考えてくれた。
そして……、そこで何かに気付いたようだ。
「そう言えば、昼間、買い物に行ったろ? 何を買ったんだ?」
「え~っと、食材や薬草、薬品っぽいのと……、ああ、後、ハンカチを買ってもらいました」
わたしはもともと外に出た理由を思い出す。
「ハンカチ?」
そして、わたしの言葉に対して、水尾先輩が怪訝そうな顔をする。
「魔界のハンカチって、石が付いてたりするんですね」
手を拭いたりとかする時に引っかかりそうだけど、まあ、お洒落ってことなんだろう。
まあ、この世界の服や靴とかにも結構、キラキラした石が付いてることが多いから、そんな文化ってことだよね。
でも……、ハンカチにまで付けるって不思議だよね。
「そのハンカチ、今、持ってるか?」
「はい。……あ」
服の帯に入れていたハンカチを取り出して、その変化にビックリしてしまった。
買ってもらって早々、あったはずの石もなくなって……、ぽっかりと穴が空いていたのだ。
それに結構、汚してしまっている。
これは良くない。
人からの戴き物は、大事にしなければ。
「なるほどね」
それを受け取って、水尾先輩はつぶやいた。
「へ?」
「いや、穴については難しいかもしれないけど、別の石をはめるって手もある。汚れについても気にしなくて良いと思うぞ。これならまだいろいろ吸い込みそうだ」
水尾先輩はそう笑顔で続ける。
「そうなんですか?」
「うん、だから汚れも吸い込んだみたいだけど……。これぐらいなら大丈夫だろ」
「土汚れって案外、落ちない覚えが……」
中学校の時、スライディングやダイビングキャッチが日常の部活だったので、その辺りの苦労はよく分かる。
「高田……、ここは魔界だ。ミクロの汚れまで本当に落とす方法はちゃんとある。少年に確認してみると良い。多分、知ってるから」
「……水尾先輩はアリッサムの王女さまですよね?」
あまりにも庶民的な話をしているので、再度、確認したくなった。
「そう。私はアリッサムの第三王女。『ミオルカ=ルジェリア=アリッサム』。これが私の魔名。でも、長いから今までどおりで問題ないよ」
そう言いながら、水尾先輩はいつものように微笑んでくれたのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
 




