捜している理由
「いきなり、言われても……、困るよな。悪い。オレ、兄貴みたいに口がうまくねえから。でも……、本当にお前を傷つける気はないんだよ」
そう言いながら慰めるように彼はわたしの頭にポンと手を乗せる。
たったそれだけのことなのに、随分、落ち着いた気がしてくるのは何故だろう?
「いや……、そう、言うんじゃなくて……」
しゃくりあげながらなんとか声を絞り出す。
「混乱は……、確かに……、してるんだ……。でも、コレは、勝手に……出てくるんであって、わたしにも制御不能なもんだから……、気にしないで。話、続けて……。なんで、九十九は、そのこ、と……知ってるの?」
わたしがそう言うと、九十九は少しだけ俯いたが……、顔を上げてわたしを見ながら話し始めた。
「オレがそのことを知ってるのには理由があるんだ」
「り……ゆう?」
「さっき話したろ? オレたち兄弟が捜している二人。それが、お前とその母なんだ」
「え……?」
さっき彼とそのお兄さんは人捜しのために魔界……、惑星アクアってところから、この星に来たって言っていた。
その相手が、わたしたち母子を捜すため……、って、そんなのすぐには信じられない。
「オレたちはある人に頼まれて……、ずっと捜していたんだよ」
「ずっと……?」
確かさっき10年って言ってた。
10年もずっと人捜しをしてたって彼は言ってた。
それは、彼らにとって、決して短い期間ではなかったはずだ。
「ずっと確信が持てなかった。でも、昨日、間違いないと思った。やっと……」
そう言いながら、彼はわたしから少し目線を逸した。
その言葉をどれだけの気持ちをこめて言っているかは分からないけれど、わたし自身が簡単に否定してはいけない気がする。
「ある人って……?」
彼ら自身の意思ではなく、5歳という、まだ少年にも満たない男の子と……、確かそこまで年の離れていないと思われる兄に頼むって……、どれだけ考えが足りてない人なんだろう?
捜すなら自分で来るとか、別の大人を使うとか色々とあっただろうに。
その辺り、文化や考え方が違うんだろうけど、酷すぎる!
「お前、父親のことは知ってんのか?」
「いや、全然。母さんが教えてくれなくて……。……え?」
まさか……、ある人って……?
「お……、とう……、さん?」
そんなわたしの言葉に、彼は何も言わず、ただ首を縦に振った。
「そん……な……」
お父さん……。
わたしにずっと縁のなかったもの。
ずっと心のどこかで引っ掛かっていたのに、あまり考えたくなかった人。
「察しの通りだ。オレたちはお前の父親から頼まれて、ずっとお前たちを捜していたんだ」
その彼の言葉は、自分が思っていた以上に衝撃的、だったのだと思う。
「なんで?」
「え?」
「なんで、お父さん自身が捜しに来ないの?」
気付けば、そんなことを口にしていた。
「それは……」
「魔界人でしょ? 魔法使いなんでしょ? なんで本人が妻と娘を捜さずに他人に……、それも10年前っていったら、九十九は5歳の時からでしょ? なんでそんな小さい子に頼まないといけなかったの?」
「高田……。それには、ちゃんとわけがあるんだよ」
そう言いながらも、九十九が戸惑っているのが分かった。
だから、ますます苛立ってくる。
「どんな理由があっても……、そんなのおかしいじゃない! わたしはずっと……。それに、お父さんが生きてるんなら、母さんだって……」
ずっと会いたかったに決まってるじゃないか。
それなのになんでお父さんが来ないの?
結局、どこかでどうでもいいって思ってるってことなの?
そして、再び、溢れ出す涙。
ああ、恥ずかしい。
男の子の前でこんなに泣くなんて初めてだ。
自分が、涙腺が緩いのを知っているから、できるだけ人前で泣かない努力をしてきたつもりなのに!
彼はそんなわたしを見ながら困ったように言う。
「順を追って話す。結論はその後で出してくれないか?」
そう彼に言われて、少し気持ちが収まった気がする。
確かに、事情を聞く前から責めても仕方ない。
その事情次第ではもっと腹が立つかもしれないけど。
それに……、彼に八つ当たるのは別問題だ。
「分かった……。ちゃんと……聞く……、から、話して」
そう言いながら、制服の袖で目を擦って、わたしは九十九に向き直った。
「お前の父親は、本妻がいるんだよ」
「へ?」
前置きもなく、いきなりの爆弾宣言。
つ、九十九くん?
こ~ゆ~時こそ、お気遣いをくださると本当に嬉しいのですが?
あまりの衝撃に吹っ飛ばされて、涙はしっかり引っ込んだけど、混乱はしてしまう。
……ってことは……つまり、わたしの母は……?
「母さんは、奥さんのいる人と不倫していた。……愛人さんってこと?」
た、確かにそれは、あの母でも娘に言いにくいのは分かる。
何、これ?
昼ドラってやつですか?
「そこがこの話の難しいとこなんだと思う。お前の父親はもともと周りから決められた妻がいたんだが、所詮は形式だけの妻。そこまで心が通ってなかったらしい。身体は別だったみたいだがな」
「かっ!?」
さらりと九十九は真面目な顔でとんでもない話題を容赦なくぶっこんできた。
頼むから、本当にもっと気遣いをください。
わたし、一応、あなたから見て、異性なんですよ?
だって、身体……、身体って……、その……、そういう意味だよね?
「この程度で、そこまで動揺するなよ。顔が耳まで真っ赤だぞ?」
「うるさい!」
動揺するなって言うほうが無理だと思うよ。
日常的に「身体だけの関係」なんて話題にするわけ無いでしょ!?
え?
もしかして、わたしが考えすぎなだけ!?
「続きを話すぞ。いいか?」
「どーぞ!!」
わたしは自棄になって叫んだ。
よし!
もっと凄い話が来ても慌てない!
動揺しない!
見せない!
わたしは気合を入れ直す。
「……というのも、二人の間には一応、息子が一人いるんだよ。オレの一つ上。だから……、お前から見ると異母兄妹ってことになるかな」
わたしに……、血が半分だけ繋がった兄がいる?
これまで兄どころか父もいなかったんだ。
ピンとくるはずもない。
「ところが、どういう経緯かまでは知らないが、お前の母親にも子ができた。つまり、お前のことだけど」
「はあ」
「でも、そうなると黙っちゃいないのが本妻ってやつだ。息子はいても、お前の母親に子供が産まれたらそちらが可愛がられるに決まっている。自分の方に旦那の心はないんだから」
「まぁ、自分の旦那がよそで子供を作って大歓迎するような奥さんも少ないだろうね」
その時点でお互い冷めていない限り、無理だろう。
「そう。そこでお前ら親子を殺そうとしたんだ」
「はい?」
なんですと?
「お前はその存在を知られてから、何度か殺されかけているらしい。オレも人伝で聞いた話だから詳しい話は分からんが」
「こ、殺すって? そんな……」
でも、相手は異星人……いや、魔界人だ。
わたしたちの社会の常識は通用しないのかもしれない。
現に、昨日の方々も「始末」って言葉を多用していた。
わたしたちが考えているより、「命」というものの価値が低いってこともありえる。
戦国時代か!?
「それで、その仕打ちに耐え切れなくなったお前の母は、ここ、人間界……いや、地球に逃げたんだと思ってる」
「はぁ……」
若かりし頃の我が母上の波乱万丈愛憎劇。
とてもじゃないけど想像すらできない。
……というより、母の過去は母自身がほとんど話そうとはしないからだ。
いつも曖昧に誤魔化されてきた。
でも確かに自分の娘に対して「わたしは愛人だった」とは……、母の性格上、言ってもおかしくないけど、普通の母親なら言いにくいのは分かる。
少なくとも、小学生には話しにくい。
今なら、もしかしたら話してくれるかもしれないけど、わたしは中学生になってからは一度も聞かなかった。
「お前の父親が表立って捜せないのもここにある。自らが動けば本妻にバレてしまうからな」
「まあ……、分かったような……」
でも、納得がいかないのも事実だ。
もともとの原因は父親なのに、それでわたしたちの命が狙われるなんて……。
でも、それがなければこのわたしも生まれてすらいないわけで……。
「複雑そうだな。顔がそう言ってる」
「まあね。……ってことは、昨日の方々も、その怖い本妻関係? でも、今まで何もなかったのに」
暗殺者を差し向けられるなんて、ドラマや漫画のように創られた世界だけの話だと思っていた。
でも……、まさか、異星人から狙われるなんて……。
「いや……、あれは多分……」
九十九はそう言いかけて黙った。
そうして暫くの沈黙の後……。
「見つかったんだろう」
そうどこか苦しそうに言った。
「今までは見つからなかったのに?」
「今までは、な。お前たちが今も生きているってその本妻に伝わったのはここ数年のことだ」
「数年……。でも、やっぱりすぐ居場所が分かったってわけじゃなかったってことだよね?」
行動しなかっただけで、もしかしたら、既に魔の手は伸びていたのかもしれない。
「オレたちですら10年だぞ。オレたち以上に情報の少ない奴等がそう簡単に見つけられるわけないだろ?」
「九十九たちは情報があったってこと?」
「そこそこあったよ。依頼したのが父親だからな」
「顔も知らない……ね」
「いちいち突っかかるなよ」
「でも、10年も経てば容姿とかも変わるわけでしょ? 10年前に見つけたっていうならともかく、なんで今頃?」
その辺りが、わたしにはどうしてもよく分からなかったのだ。
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