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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 弓術国家ローダンセ編 ~

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ホコリ高き部屋

 これはどういうことだろうか?


「ここがシオリ様のお部屋となります」


 そう言って、ロットベルク家の女中さんっぽい人に案内された先にあったのは、見事に()高き部屋だった。


 誤字ではない。


 埃が積もっているのだ。


 吹けば飛ぶのは綿埃。

 払えば舞うのは土砂埃。


 こう指でツツっとやらなくても分かるほどの驚きの黒さである。


 これは、まず、婚約者候補として、お掃除頑張れってことだろうか?

 いや、魔法があるこの世界で、ここまで汚すことができるってある意味凄いね。


「承知しました。ご案内ありがとうございます」


 わたしが笑いながら一礼すると、案内した女性は驚いた顔をした。

 どうやら、思っていた反応と違ったらしい。


 どんな反応を期待されていたのだろうか?


 怒る?

 泣く?

 戸惑う?


 はっはっはっ。

 仮にも貴族に嫁ぐつもりで来た女が、そう易々と感情を見せると思われているのは心外ですよ?


「あなたが、わたし付きの方になるのでしょうか?」

「い、いえ。(わたくし)は案内だけですので、これで……」


 そう言って、立ち去られてしまった。


 どうやら一人で頑張れってことらしい。

 まあ、その方が良いか。


 もしかしたら、魔法の腕を試されている可能性もあるね。

 わたしは、魔力の強さだけと思われているかもしれない。


 そうなると、気合を入れて、この部屋を綺麗にした方が良いのかな?


 さて、何と言おうか?

 普通に考えれば「お掃除」だろう。


 だが、何か違う

 ここまで埃が積もっていれば、見えない汚れも怖い。


 なんだっけ?

 ハウスダスト?


 アレルギーの元にもなるって話だったよね?


「少しずつやるか」


 幸い、この部屋にある家具は、無駄にでかい洋服ダンスと鏡台、机、寝台ぐらいだ。

 こまごまとしたものはない。


『ハウスクリーニング』


 わたしは一番適していると思う言葉を()()()()


 魔法で大事なのはイメージだ。

 多少、言葉が違っても、なんとかなる。


 その言葉の響きで、わたしがどう考えるかが大事なのだ。


 つまり……。


「うん、綺麗になった」


 たった一言()()()()()でも、部屋を綺麗にすることだってできるようだ。


 光り輝いてはいないけれど、床、壁、天井、家具を含めた部屋そのものが綺麗になったことは分かる。


 これが、貴重品があったり、他人の物があったりすると、やりにくかっただろう。


 だけど、幸いにしてこの場にあったのは、備え付けられていた家具と、積もりに積もった埃だけだった。


 それなら、埃を消すだけでも全然、印象は変わるだろう。


 本当は言葉を口にする方がもっと効果的だと分かっているけれど、わたしが気付けないだけで、この部屋に盗聴とか覗き見系の魔法具がないとも限らない。


 それならば、完全に無詠唱魔法にした方が良いだろう。

 いつもよりも、しっかりとイメージすれば、多少、効果が落ちても大丈夫だ。


「お布団、チェ~ック!!」


 寝台の布団には埃っぽさはない。

 でも、宿泊施設のように柔らかい寝台ではないようだ。


 掛布団も薄い。


 これまで、いつも寝心地の良い布団で寝てきたわたしとしては唸りたい部分ではあるが、それは贅沢と言うものだろう。


 でも、念のために……。


『クリーニング』


 さらにお布団を綺麗にする。


 寝る所だからね。

 ここは慎重すぎる方が良い。


 心なしか、さっきよりふこふこ感も上がっている気がする。


 それならば……。


『お布団、乾燥』


 そう強く考える。

 できるだけ、ふこふこになるように、布団を干した時のあの心地良さを思う。


「良し!」


 わたしのお布団に対する思いはかなり強かったらしい。

 いつもの護衛が準備する物に近しいふこふこ感溢れる物が誕生した。


 いや、これ、()()()()()()()()()()()()()()


 あの薄かったお布団が、多少、干したぐらいでこんなふっくらもこもこになるって、いろいろおかしくないかな?


 でも、デザインはそのままである。


 それなら、問題はないか。

 これで、何か、家の人に言われたら、弁償するってことで良いだろう。


 あんな薄いお布団よりは、ふっくらなお布団、それも新品になった方が喜ばれるだろうからね。


「さて、どんどん、いきましょうか!」


 寝床の確保はできた。

 次は衣類だ。


 ここに来る時に、準備するから、何も持ってこなくても良いと言われていた。


 それって、婚約者候補にならなくても、一応、準備されていたってことなのだろうか?


 でも、この部屋の有り様からはそうとは思えない。


 自分よりも遥かに大きい洋服ダンスを開くと、そこには……。


「うわあ……」


 空っぽではなかったが……、なかなか()()()()()()()があった。


 これは、虫食いの跡だろう。

 この丸っこい穴の数々は、刃物で切ったようには見えない。


 下の引き出し部分にあるのは、アンダーウェアだったが、それらもなかなかの穴開きっぷりである。


 これはアレだね。

 間違いなく、嫌がらせってやつだろう。


 少女漫画にたまにあるヒロイン苛め?


 昔読んだバレエがテーマの少女漫画は、ひらひらしている(チュチュ)に一見、分かりにくいように切れ目を入れて、舞台上で激しい動き(踊り)をすると、どんどん裂けていくとかもあったな。


 あれって、今、考えるとかなり酷い嫌がらせ行為だったと思う。


 だけど、今回のこの服たちはもっと手が込んでいる。

 妙な執念を覚えるほどだ。


 でも、一体誰が、こんな暇な嫌がらせをしたのだろうか?


 しかも、事前に準備していたってことは、アーキスフィーロさまの婚約者になりたい人が来たら、この部屋に案内するようにしていたってことだろうか?


 わたしが来た時点では、まだ本決定どころか、仮決定でもなかったのに。


 つまり、わたし個人を狙ったというよりも、アーキスフィーロさまの婚約者になる女性を標的にしたと言えるだろう。


 そうなると、わたしを認めてくれた当主さま、前当主夫妻、アーキスフィーロさまがこんなことをするとは思えないし、話が通じないようなヴィバルダスさまからも特別、嫌われていたわけではないっぽいから、このお屋敷の使用人たちかなあ?


 まあ、当主さまのお部屋にいた人たちも含めて、質は悪そうだったからね。


 流石に仲介人となったトルクスタン王子にはこんなことをやらないだろうから、わたしだけに集中攻撃をしているのかな?


 しかし、埃だらけの部屋とか、虫食いの服とか、よく準備したものだと感心する。

 暇人というよりも、かない根が暗い人の仕業かもしれない。


 もしくは、そんな魔法があるのかも?


 どちらにしても、やっていることは、性悪、陰険、悪辣な行為ではある。


「ふむ……」


 とりあえず、服を一着、取り出してみた。

 虫食いも一箇所ではなく、数箇所に及んでいる。


 これは、虫にとっては美味しい服だったのかもしれない。


 それなら……。


『補修』


 そう考えてみた。


 他にも「再生」とか「新品」とかも考えたけれど、せっかくだから、元をあまり変えたくなかったのだ。


「虫食いの穴はふさがったかな? 補修跡も分からないね」


 手に取ってよ~く見ると、補修されているのが分かるというプロの仕事のような補修された服になった。


 わたしの一言魔法は、ここでも十分、通用するらしい。

 いや、自分の想像よりも仕事が細かい気がする。


 まるで、魔法だ。

 うん、魔法だった。


 あの「ゆめの郷(トラオメルベ)」で、この魔法が使えるようになったのは幸いだったと言えるだろう。


 まさか、いきなり護衛の召喚とかするわけにもいかない。

 万一、覗き見系の魔法がこの部屋にあったら、一発でアウトだ。


 でも、覗き見されている可能性があるままというのも、ちょっと困るな。


 わたしの着替えとかを見ても誰が得するのかも分からないけれど、単純に部屋の中を覗かれているというのが嫌だった。


 そんなの、どこかの紅い髪の人だけで十分だ。

 そして、この部屋には窓がないから、あの人も、多分、覗けないとは思う。


 さて、今回の対策方法はどうしよう……?


『覗き見防止』

『盗聴防止』


 ちょっと自意識過剰な行動かもしれないけれど、念のために対策は大事だよね?


 用心しすぎるに越したことはない。

 この場には自分しかいないのだ。

 自分を護ることができるのは、自分だけである。


 いや、もしかしたら有能な護衛たちは既に何らかの形で動いている可能性もあるのだけどね。


 この部屋にある魔法具を全て破壊することも考えたけれど、部屋を維持する大事な物までうっかり壊してしまうかもしれないのでそれはやめておいた。


 この辺りはもっと護衛たちに確認しておくべきだったな。

 身の護りを彼らに任せすぎていた弊害かもしれない。


「この様子だと、食事にも何か仕掛けられそうな気がする」


 そろそろお腹がすいてきたけれど、これまで、全て護衛に任せていたような食事はもう期待できない。


 そして、食事に仕掛けられるとしたら、異物混入かな?

 毒とか、薬とか、そう言ったものも警戒するべき?


 流石に、いきなり致死量の毒はないだろうけど、腹痛を引き起こすものとか、下剤とかはありそうだ。


「初日からこれか~」


 いや、初日だから、この程度で済んでいるのかもしれない。

 命を狙われるようなものではなく、漫画のような嫌がらせである。


 そして、わたしはこんなことで涙を零すような可愛らしい少女ではなく、寧ろ、絵の参考資料にしようと思うような女である。


 この場には筆記具がないから、描くことはできなくても、目に焼き付けて記憶することはできるのだ。


 それにしても、侍女になる人が付けられるという話ではあったけれど、この様子だと、そちらもあまり期待できない。


 先が思いやられるね。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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